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第六話



「お釣りの二十円です。ありがとうございました」


「ありがとうございました~」


 お昼も過ぎた頃だからか、今の人が出ていったことでお店にはお客さんがいなくなった。

 静かになったお店の中は、店長の趣味でかけられているクラシック音楽だけが優雅に流れている。



 藤川先輩の件から一週間ほどが経ったわけだけど、周りで変わったことはほとんどない。

 いつも通りのテンション感だし、距離感が離れたりということもなかった。

 先輩が心の内に隠していた言葉は、いまだにハッキリと覚えている。

 何か力になれないか考えたけれど、変に気を使っても先輩は気づいてしまうだろう。だから今は、このバイトの空気感を崩さないようにするだけ。

 ただ一つ、あの件から変わった出来事と言われれば──



「笹倉くん。最近、ミオさん来ないけど何か聞いてる?」


「これといって特には。そもそも、なんで俺が聞いてると思うんですか」


「知り合いみたいだったし」


「あれは巻き込まれただけで……」



 あの一件からミオさんは喫茶店に来なくなった。

 それまでは毎日来ていたくらいだったから、一週間も来ないのはおかしいと言っていいはずだ。



「むむむ……もしかして、抜け駆けして魔法を教えてもらおうとしてるんでしょ?」


「はぁ……まだそんなこと言いますか」


「だって~、なんか親しくなりすぎじゃなかった?」


「俺としてはもう距離を取りたいくらいです」


「それはダメ! あの人がもし本物の魔女だったらもったいないでしょ。普通の人とは違うオーラがあったし」


 この一週間話して分かったことだけど、どうやら先輩は、黒い霧を吐き出していたときの記憶がないらしい。

 それはつまり、ミオさんが魔女だということを今も先輩は知らないわけで……。

 悩んだ末に俺は、ミオさんの魔女の力は秘密にしたままだった。


「せっかくだから、バイト終わったらミオさんの家に行ってみてよ。私、この後は用事があるからさ」


「明日にでも先輩が行けばいいじゃないですか」


「それが……行き方がなんかうろ覚えで、ハッキリと思い出せなくて。笹倉くんなら、覚えてるでしょ?」


 俺を行かせたいが為の口実かとも思ったけど、どうやら先輩は本気で言っているっぽい。森みたいなところで分かりづらかったし、仕方ないか。

 結局先輩に乗せられる形で、俺はバイト終わりにミオさんの家へと向かった。








「あの、笹倉ですけど」


 何回かインターホンを押してみるけど返事がない。

 大きな声で呼び掛けてもそれは変わらず、洋風の屋敷から反応は返ってこなかった。

 留守なら帰るか。そう思って最後にダメ元で扉を引いてみると──ガチャリ。



「開いた……」



 鍵をかけていなかったのだろうか……。こんなところに人が来るなんて考えにくいけど、少し無防備すぎる気がする。

 玄関の扉が開けられたというのに、声どころか物音一つ聞こえてこない。


「ミオさん? 入りますよ~」


 出直すべきなんだろうけど、俺は招き入れられるようにゆっくり足を踏み入れていた。

 相変わらずの汚い屋敷。古そうな本から、生活で出たのであろうゴミまで。廊下を埋め尽くす大量のモノ。

 前にも来たリビングを覗いてみるけれど、ミオさんはいなかった。

 さすがに他のところを探すのはな……。

 引き返す前に、散らかったリビングをもう一度見回す。



「うわっ……!」



 モノが散らかっててパッと見は気づかなかったけど、テーブルに隠れて人の脚が覗いていた。

 恐る恐る間を縫って近づいてみると、そこに倒れ混んでいたのは、見るからに顔色が悪いミオさんだった。



「ミ、ミオさん! 目を開けてください! 何があったんですか?」



 必死に呼び掛けると、唇を震わせてなんとか口を開こうとしてくる。



「お……」


「……お?」


「お腹すいた……」






 ※






「キミが料理上手だったなんて。わたしの家で専属シェフとして働く気はない?」


「お断りします」


 あの後──冷蔵庫にあった卵でスクランブルエッグを作って、消費期限の分からないパンを差し出したら、すぐにミオさんは元気を取り戻した。

 というか、スクランブルエッグ程度で料理上手って……。

 その発言だけでも、料理をしない人なんだなって分かってしまう。


「あの喫茶店の倍の給料を出すって言ったら?」


「お金の問題じゃないです!」


「そっか。まあ、キミの本命はあの先輩だもんね」


「そういうわけでもないですけど……」


 食べるのか喋るのか、どっちかにしてほしい。

 キャラでもないだろうに、肉食動物のような勢いでパンにがっついて……。その状態でからかわれても俺のほうが困る。


「そんなことより、どうして空腹で倒れるくらい食べてなかったんですか」


「例のお守りを調べるのに、つい夢中になっちゃって」


「なにか分かりました?」


「いいや。魔力が探れないように上手く施されていた」


 普通の人だったら、この言葉も馬鹿馬鹿しいと思うんだろうな……。数週間前の自分も、絶対にそう思っていた。

 だけど、あんな体験をすればこの人が魔女だということは信じるしかない。


「じゃあ、また悪い魔力に取り込まれる人が出るかもしれないってこと……」


「そうなるね。魔女の数が少ない分、仕掛けた人物の目星はついているんだけど」


「なら、早く捕まえれば……!」


「それが出来たらやっている。あちこち飛び回るようなやつばかりだから面倒なんだよ」


 また先輩がああいう風になったら。そう思うと、つい焦りの気持ちが出てくる。

 先輩じゃないにしても、他の知り合いのああいう姿は想像するだけで怖かった。




「そこで提案なんだけどさ────」




 話の雰囲気を変えるような声色に顔をあげると、ミオさんと目が合う。

 メガネのレンズ越しに向けられる、宝石のような瞳。

 時折見せてくるその真剣な眼差しは、深く吸い込まれそうになる。



「このまま協力関係を続けるっていうのはどう?」



「協力関係……」



 正直、あまり気分は乗らなかった。

 あの黒い霧を吐き出している光景が、妙に脳裏にこびりついている。


「俺なんか役にたたないと思いますよ? 藤川先輩のときだって、結局何もしてないですし……」


「魔女同士だと魔力に敏感になるって言ったでしょ。わたしが下手に接触すると、取り込まれた人に危害が加わるかもしれない。その点、人間のあなたなら、わたしの助手として相応しい」


 それに──と、言葉を続けようとしてミオさんは黙り込む。

 十数秒待っても、リビングは沈黙のまま。居心地が悪くなった俺はたまらず声をあげる。


「……どうしたんです?」


「いや、多分これはキミの先輩から聞くべきなんだろうね」


「言い渋るくらいなら教えてくださいよ」


「わたしが言ったって意味がない。どうせ、あのときの話題も避けてるんでしょう?」


「それは……」


「とりあえず、協力関係のことは考えておいて。またお店に行ったときに返事を聞くから」



 そう言い残してミオさんは、大量のモノに包まれた二階へと姿を消してしまった。

 先輩から聞いたほうがいい──その言葉の真意は理解できないまま。

 心の中の曇りは色濃くなるばかりで、帰り道の足取りは来るときよりも重く感じた。



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