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第四話


 植物を挟んだ先の歩道では、たくさんの人たちが止まることなく流れていく。

 こんな都会のど真ん中にもカフェはもちろん存在していて、バイト先との雰囲気の違いを感じる。

 向かいの席に座る藤川先輩の話し声も、集中しないと聞き逃すほどだ。


 今日は藤川先輩とデートという体で、カフェと本屋巡りをしていた。

 だというのに、俺の心はそんな貴重な体験にも全く集中できず。このあとのことを考えるばかり。



「でさ、そこの描写はヒロインが密かに抱く恋心を表現したんじゃないかなって……。お~い、笹倉くん?」


「えっ、はい!? ど、どうしたんですか」


「それは私のセリフだよ。今日はなんか、ぼーっとしてるみたいだけど体調悪い?」


「すみません……。人の数に酔ってただけなので、心配しないでください」


 いつもの様子で話す先輩を見て、俺は気を使わせないようになんとか笑顔を作る。

 せっかくの先輩とのデートなのに、こんな思いをしないといけないなんて……。

 俺の心をここまで張りつめさせている原因は、数日前──例の魔女との会話だった。





「このまま放っておいたら、キミの先輩は死ぬよ」


「はっ? 死ぬって……」


「精神が乗っ取られて、魔力を注いだやつの操り人形になる。それは人間にとって、死と同等のことのはず」


「そんな馬鹿なことが起こるわけ……」


「信じられないと言うなら見捨てればいい。キミの先輩は、一ヶ月後にはバイトに来なくなっているかもしれないけれど」


「……俺は何をすればいいんですか」


「わたしの家に、その先輩を連れてきて。そうすれば悪い魔力を取り除いてあげる」





 例の魔女──ミオさんが言っていた協力というのは、先輩から感じる悪い魔力を消す手伝いだった。

 そんなものがあるのかもまだ半信半疑だし、あったとしたら先輩は死んでしまう。それだったら、言う通りにしておいたほうがいいんだろう。

 ミオさんは、俺たちがデートに行くことも何故か知っていたようで、連れていく約束も今日この日になっている。

 つまり、このあと理由をつけて先輩を連れ出さなくてはならないわけだ。


「落ち着いた喫茶店も好きだけど、賑やかなところも人間観察ができて楽しいね~」


「変わった趣味してますね……」


「そういう私は嫌い?」


「先輩らしくて良いんじゃないですか」


「ふふっ。その答え、笹倉くんらしい」


 そのとき先輩が見せた頬を緩める表情は、いつもの笑顔とは違う違和感を感じた気がした。

 その違和感がなんなのか、具体的には分からなかったけど。



「このあとはどうしよっか? デートらしく水族館とか行く?」



 どうやって切り出そうか、一日ずっと悩んできたけどここが良いタイミングだろう。

 西日が照らすカフェのテラス席で、俺は先輩を見つめながら口にした。



「藤川先輩。この間、すごく幻想的なところを見つけたんです。よければこの後、行きませんか?」



 なんだそのキザな誘い方は。自分で言ってて気持ち悪くなるわ。

 これが一日考えて出した答えだと思うと、自分が虚しくなる。


「え~そんなこと言われたら期待しちゃうけど……。あっ。もしかして、愛の告白されちゃったり?」


「そんなつもりは微塵もないですけど、もしそうだったら大変なので、そういうことは言わないほうがいいですよ」


「つれないなぁ。まっ、今後に期待だね!」


「勝手に期待しないでください……」


 先輩がからかってくれただけまだ助かった。だけども、これで当初の目的は達成だ。

 都会でのデートはここまでにして、見慣れた景色の街へと戻ることに。





 ミオさんの話では、あの森のような道の入り口に結界を張っているらしい。俺たちが、そこを通ったら迎えに来てくれるということで話もしてある。


「ここら辺にこんなところあったんだ~」


「バイトの帰りにたまたま見つけたんです。少し暗くなってきたので気をつけてください」


 前に来たときは、ミオさんの後ろを着いていくだけだったから少し不安ではあった。

 本当に迎えなんて来てくれるのだろうか……。俺だけの力だと、ちゃんと戻れるかもすでに怪しい。


「私もたまに通るけど、全然気づかなかったなぁ。もしかして、エルフとか住んでいたりして!?」


「先輩、ファンタジー好きすぎません?」


「だって、そういうのって夢があるじゃん」


「そうでもないよ」


「きゃあっ!」


「おわっ!」



 突然入り込んできた声、そして抱きついてきた先輩。

 二重の意味で心臓が止まりそうになりながらも、俺は抗議の視線を声のした方向へ向ける。



「ビックリするなぁ。そんなに叫ばないでよ」


「……それはこっちの台詞なんですけど」


 なんで、脅かしてきたそっちがため息をつくんだか。

 こんな森の中でも、ミオさんは相変わらずの格好をしていた。


「ああっ! 魔女だ!」


「先輩、一応お客さんですよ」


「あっ……。す、すみません」


「気にしなくていいよ。魔女なのは本当だから」


「えぇっ? 本当って……」


「この人の言うことは聞かないほうがいいです」


 話すと長くなりそうな予感がしたから、スルーさせてもらおう。

 とにかく俺はミオさんに目線を送って、話を進めるように促す。


「でもでも、なんであなたがこんなところに……。まさか、魔法の練習とか……?」


「家が近くだから散歩してただけ。よければ来る? 美味しいフレンチトーストを作ってくれるお礼に、お茶くらいなら出すけど」


「いいんですかっ!? 行くよね、笹倉くん?」


「……せっかくだしいいんじゃないですか」


 こんなノリノリな先輩に悪い魔力があるって、やっぱりデタラメなんじゃないかと思ってくる。だけど、ここまで来た以上は付き合うしかない。

 目印になりそうなものがない木々の間を進んでいくと見えてきたのは、非現実感が漂う洋風の小さな屋敷。

 二回目でも、やっぱりこの家の外観には目を奪われる。そして、家の中の感想も前に来たときと変わらず汚いの一言だった。




「はい、わたし特製の紅茶。気に入ってもらえると嬉しいけど」


「いい香り……。いたただきます」


「今日は紅茶なんですね」


 毒とか盛られてないだろうな……。

 俺だけのときはインスタントのコーヒーだったから、ずいぶん手間暇かけられている。




「うん、紅茶のほうが仕込みやすいからね」




 何がですか、そう聞こうと思ったところで────カップが割れる音とともに、藤川先輩が床へと倒れこんだ。



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