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第二話



「はぁ……」


「どうした、そんな深いため息なんかついて」


「頭のおかしいことを真剣な顔で言われたら、お前なら信じるか?」


「もっと話を聞いて、それが本当なのか自分で判断できるところまで確かめてから答えを出す」


「なんとも的場らしいな……」


 机に突っ伏しながら、前の席の的場が放った言葉に俺は苦笑を浮かべる。

 高校に入学してから三ヶ月。的場は俺の唯一の友達と言ってもいい。

 非常にサバサバと意見を言うタイプだから、俺はよく愚痴をこぼしている。


「笹倉がそんな態度になるってことは、またバイト先で何かあったか?」


「まあ、そんなとこ」


「そりゃ災難だったな。俺には解決できそうにはないから、とりあえず頑張れ」


 人によっては冷たく感じるであろう態度も、俺にとっては心地よい距離感だった。

 ひとまず俺の中の悩みを晴らすには、的場の言う通り、自分が判断できるところまで確かめないといけないのだろう。





 ──わたし、魔法が使えない魔女なんだ。





 昨日、バイト先の常連客である魔女の格好をした人にそんなことを言われてから、俺の頭はずっと混乱していた。

 ここだけの秘密とでも言うようなあの仕草。ヤバい人だとは思いながらも、あの綺麗な表情が妙に忘れられなかった。

 それが原因か、誰にも話すことが出来ないままで。バイトの先輩にも誤魔化して、正直に言えていない。


 そもそも、魔法が使えないのに魔女ってなんなんだよ。魔女だということを証明できるものなんてあるのだろうか。


 馬鹿馬鹿しいと切り捨てればいいはずなのに、どうにも気になって考えてしまう。

 結局、その日の授業は何も入ってこないまま終わり、バイトに行く時間になってしまった。





 高校入学とほぼ同時に始めたバイトは、客足もまばらなちょっと古めの喫茶店。

 古めとは言っても汚いわけではなく、アンティーク用品などのこだわりもあるオシャレな雰囲気のお店だ。

 裏口から入ると、客席から聞こえてくる話し声がいつもより騒がしく感じた。


「あっ、笹倉くんやっと来てくれた~。ごめん、少し時間早いけど手伝ってくれる? 注文がいつもより多くて」


「わかりました、すぐ行きます」


 どうやら、緊急事態らしい。慌ただしい声の主は、バイトの先輩────藤川有栖先輩のものだった。

 エプロンをつけて客席に出たら、五人グループのお客さんがすぐ目に入る。一度にこんなまとまったお客さんが来ることはほとんどないから、この状況はちょっとした事故だ。

 なんとか手分けをしながら乗り切ると、バイトに入って三十分も経ってないのに結構な疲れが襲ってきていた。



「ふぅ、助かったよ~。ありがと」


「グループのお客さんが来ると、やっぱり大変ですね……」


「だねぇ。ごめんだけど、ちょっと休憩もらってもいい? 今日、講義なくて昼から入りっぱなしで」


「落ち着いたみたいですし、こっちは任せてください」



 藤川先輩とは、ほとんどシフトが被っていることもあって自然と仲良くなった。

 というか、俺がこのバイトで関わりがあるのは店長以外だと藤川先輩だけ。

 黒髪ロングという清楚な見た目に反して、冗談もよく言う話しやすい人でもあった。


 先輩も休憩へ行き、いつもの落ち着きを取り戻した客席。

 だけども、その片隅に例の自称魔女の姿を見つけたことで嫌な現実に引き戻された気分になる。

 お店に入ってきたときは、慌ただしかったから気にする余裕もなかったけど……。一度また目にすると変な意識をしてしまう。

 彼女は、今日も相変わらずメニュー表を眺めていた。


「ねえ、注文いい?」


「あっ、はい」


 呼ばれて少し身体が強ばったけれど、いつも通りを装う。

 どうする、昨日の件について聞くべきなのか。


「フレンチトーストのセット。ホットコーヒーでお願い」


 俺が悩んでいる間にも、彼女からはいつもの注文が。

 ただ、今日はそれだけで終わりではなかった。



「あと、もう一つ注文したいものがあるんだけど」



「えっ、まだ注文あるんですか?」



 あまりにも意外だったから、つい本音が出てしまった。

 咄嗟に言い繕おうかとも考えるけど、俺に出来ることは謝って注文を聞くことだけだ。



「すいません、失礼なことを。それでもう一つのご注文は……」



「キミの時間が欲しいなって」



「はっ?」



「分からない? ナンパしてるのが」



「……そういうのはお断りなんで」



 さっきの俺の謝罪を返してもらいたい。とにかく、関わるとろくなことがない気がする。

 別に忙しいわけではなかったけれど、俺は逃げるようにカウンターに戻った。






 結局、来てすぐが忙しさのピークで、それ以降は程よく暇な時間が流れてバイトが終わる。

 例の自称魔女も、いつも通りの時間を過ごすとあっさり店を出ていった。普段よりも少し疲れた一日が終わりホッとする。

 けど、昨日からの疑問はなにも解決できていないまま。街灯の少ない薄暗い夜道を、俺はもくもくと足を進める。



 ──なんで、今日はあんなことを言ってきたんだろう。



 今日一日の中で特におかしかった出来事は、やはり魔女の行動だ。

 昨日から妙に気になって仕方がない。いつの間にか、先輩より俺のほうが興味を持ってないか……。

 一旦、頭から消そうと、立ち止まって左右に大きく首を振る。


 それから改めて足を進めると、夜道の端っこ────しゃがんで草むらを見つめる女性の姿が微かに見えた。


 あの特徴的な真っ黒のローブ。顔を見なくても、誰だか分かってしまう。

 気づかれると面倒な気がしたから、俺は足音をたてないよう静かに後ろを進む。



「やあ、待ってたよ」



 視線だけを動かすけど、人らしき人は俺しかいない。

 自分を魔女と言う人なんだから、木々に話しかけてもおかしくはないよな……。うん、そう思うことにしよう。

 気づかないふりをして、さらに早足で通りすぎようとすると────



「ちょっと。無視はよくないと思う」



「おわぁっ!」



 まるで瞬間移動でもしたかのように、彼女は俺の目の前に立っていた。

 さっきまで俺の後ろにいたはずなのに、どうして……。

 振り返ってみても、しゃがんでいたはずの姿はもちろん消えていて。現実ではありえないものを見た気分だった。


「すごい顔してる。まあ、人間がそんな反応するのも当然だろうけど」


「な、なんですか、今の……」


「ちょっとした魔女の力。言ったでしょ、魔法は使えないけど魔女ではあるって」


 いたって何事もないような口調で、とてもじゃないけど信じられない発言をしてくる。

 なんなんだ、この人は……。それに、魔女の力と魔法の違いがよく分からない。

 魔女のコスプレをした頭のおかしい人ってだけでは、俺の頭は片付けられなくなってきている。


「魔女だか魔法だかはとりあえず置いておいて、何の用です……?」


 とりあえず置いておくものではないけれど、こうしないと話が進まないだろう。

 すると、普段は動きの少ない彼女の表情に怪しげな笑みが宿る。



「わたしの秘密を知ったからには、少し協力してもらおうかと思って」




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