古典落語「小言念仏」声劇版
原作:古典落語「小言念仏」声劇版
台本化:霧夜シオン
所要時間:約25分
必要演者数:2名
(0:0:2)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
●登場人物
ご隠居:とあるお家のご隠居。
事あるごとにお小言を言う。
奥様:ご隠居の奥さん。
お小言の多い亭主にも負けてない。
●配役
(※枕は1セリフのみなので、どちらでも好きな方が兼ねて下さい。)
ご隠居:
奥様:
※:【注1】
作中、ご隠居役はひたすら扇子か何かでどっか硬いのを叩きながら
木魚を叩く演技をしてください。
全編通してほぼ叩きっぱなしになりますが、時々いい具合に叩くの
止めてセリフを言うと良い感じになるかもです。
【注2】
なみあみだぶ、のセリフは適当な節をつけて若干歌うようにすると
良い感じになるかと思います。他の演者が台詞を言っている時も
ひたすらなむあみだぶしてますが、その時はトーンを下げて聞こえ
やすくすると感じ良いです。】
枕:世の中に宗教と呼ばれるものは様々あります。
宗派によって教義はさまざまに異なり、人はより自分の心の拠り所に
しやすい宗派を信仰するものです。
日本だと仏教が多いですが、信心深い人になると毎朝お仏壇の前に
座り、お念仏を唱える。
けど毎朝毎朝やってるとはいえ、それが本当に信心の深さからきてい
るかと言うと、人によっては決してそうではない。
どちらかというと、朝起きて歯を磨かないと気持ち悪いとか、朝食は
必ずとらないと心持ちが悪いとか、そういうものに近い心境でやって
るんじゃないでしょうか。
その証拠に家の者に小言を言いながらお念仏を唱えるなんてとんでも
ない人もいるわけでして。
ご隠居:さて…今日も仏様にお念仏をお上げしないとな…。
【お鈴を鳴らすSEあれば】
【ここから木魚を叩く動作】
ぁ、あっ、ん”ん”っ。
な~むあみだぶなむあみだぶ【×6~8くらい、ここは真面目に】
ばあさんや、おいおばあさんや。
ちょっとこっちへおいでよ。
奥様:【遠くから】
はぁーいー、何ですー?
ご隠居:何ですじゃないよ、呼ばれたら来なさいよ。
【二拍】
奥様:はいはい、どうしたんですかおじいさん。
ご隠居:お仏壇をごらん、お仏壇を。
お仏壇の天井をごらんってんだよ、ええ?
蜘蛛の巣が張ってるじゃないか。
ダメだよ、あんなとこに蜘蛛を住まわせといちゃ。
綺麗に掃除をしなさいってんだよ。
奥様:いやですよおじいさん。
湯治で五日ばかりお家空けてたんですから、蜘蛛だって巣の一つも
掛けますよ。
いいじゃないですか。ええと…なんて言いましたっけね…、
茶河劉ノ助のアレみたいで。
ご隠居:芥川龍之介の蜘蛛の糸だって言いたいんだろ。
知ったかぶりのシッタカブッダするんじゃないよ。
仏様がやるから意味があるんだ。
人間が下手に真似するもんじゃない。
な~むあみだぶなむあみだぶなむあみ
あとな、お花も取っ替えなさいよ。
お花取っ替えなくても水だけ取っ替えとくとな、
ぐーんと花持ちが違うんだから。
奥様:今朝おじいさんが起きる前にやりましたよ。
花だって三日前に替えてます。
そんなに気になるんでしたら、ご自分でやったらどうなんです?
いくら花の持ちが良くたって、おじいさんの態度が鼻持ちならない
と、仏様だって喜びませんよ。
ご隠居:なに花持ちと鼻持ちを掛けてドヤ顔してんだ、まったく…。
落語の聞きすぎだよ。
な~むあみだぶなむあみだぶなむあみ
誰だいこのお線香曲げて立てたのは。
お線香はまっつぐ立てろって何べん言わせるんだい。
わからないんだなあ。
奥様:最初はしゃんと立ってましたよ。
数珠でも当たって傾いたんじゃないんですか?
それかおじいさんが偏屈だからお線香も真似したんですよきっと。
ご隠居:なにさりげなく亭主サゲてんだい。
まだサゲるのは早いんだよ。5分もたってないじゃないか。
そんな事よりこっち見なさいよ。
お線香曲げて立てるから、周りが灰だらけだ。
たまにはお線香立て掃除して、灰をふるいに掛けたらどうだって
んだい、ええ?
奥様:いやですよおじいさん。
灰をふるいに掛けたって古い灰しか残りゃしませんよ。
新しい灰が全部落ちちゃうんですから。
”新灰(心配)”は、無いですけどね。
ご隠居:だから落語にかぶれてるんじゃないよ。
見ろ、お線香よりマッチ棒のが余計に立ってんじゃないか。
マッチの棒立ててたって、仏様喜びゃしないよ。
奥様:またご自分の事を棚上げして。
そのマッチ棒の卒塔婆の山、ほとんどご自分で作ったんじゃありま
せんか。
ご隠居:何うまい事言ったつもりになってるんだよ。
まったく……はぁー、なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ。
なんだい、もうお供物さげちゃったのかおい。
上げるより下げるほうのが早いんだなこのうちは。
みーんな生き仏が食っちまうんだろ。
なーむあみだぶなむあみだぶなむあみ
乗せといたの、アレぁちょっと良い餅菓子だったんだよ?
みんな食っちまう奴があるかい。
俺だってちょいと目を付けてて楽しみにしてたんだよ。
一つくらい残してくれたって良さそうなもんだ。
奥様:あらごめんなさい。
昨日お友達が見えた際にお出ししちゃったのよ。
ご隠居:な~むなむなむあみだぶなむあみだぶなむあみ
おーい子供起こして学校にやらないと遅くなるぞー。
奥様:今日は開校記念日だとかでお休みですよ。
ご隠居:なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむなむ
おい鉄瓶が滾ってるぞ。
【二拍】
鉄瓶が滾ってるってんだよ。
【二拍】
おぉい鉄瓶の蓋がさっきからパックンパックンパックンパックン
言ってんのがわからねえのかい!
鉄 瓶!
蓋きらねえと噴きこぼれるぞ。
奥様:そんなにおっしゃるなら、一旦お念仏止めてご自分でやればいいじ
ゃありませんか。
ご隠居:いったん始めたら最後まで止めない事にしてるんだよ。
いいから早く鉄瓶なんとかしなさい。
奥様:はいはい。
ご隠居:な~むあみだぶなむ
あみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ
飯が焦げくせえぞー。
【二拍】
飯が焦げくせえってんだよ!
奥様:ウチじゃありませんよ、お隣です。
ご隠居:なに、お隣?
お隣だって飯が焦げていいわけないだろ。
教えてやんなさい、まだ若夫婦なんだから。
奥様:はいはい、言ってきますよ。
【遠くで】
お隣さーん!
ご飯が焦げてますよー!
ご隠居:な~むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ
なむなむなむあみだぶ
赤ん坊が這って来たぞー。
【一拍】
赤ん坊がこっち這って来たよ。
なむあみだぶなむあみだぶなむあみ
赤んぼそっちへ連れてけ。
赤んぼそっちへ連れてけってんだよ、
お念仏の邪魔になるじゃないか。
奥様:いいじゃありませんか。
お念仏聞かせてあげたら。
ご隠居:な~むあみだぶなむあみだぶなむあみ
いいから赤ん坊連れてけって!
俺のツラぁのぞき込んで変な顔してんだよ。
なむなむなむあみだぶなむあみだぶ
【赤ん坊に】
…ばぁ。
なむあみだぶなむなむ
赤ん坊がなんか考えてるから気を付けろー。
首かしげたまんま動かなくなっちゃったんだよ。
奥様:おやまあ、何でしょうね?
ご隠居:何でしょうじゃないよ、こっち来てごらんこっち。
ちょっとこっち来て、赤ん坊そーっと持ち上げて、そーっと。
奥様:ぼうや、むずかしい顔してどうし…あら…あらあらあら。
ご隠居:あーぁ、やっちゃったよこらぁな。
しょうがないんだよ、赤ん坊なんだから。
いいからその鉄瓶の湯こっち持ってきて、
畳こぼしてぼろっ切れ持ってきて拭きなさい。
奥様:あらあら、ぼうや、ちょーっとこっちで待っててね。
ご隠居:早く、鉄瓶の湯をじかに畳へこぼしていいから、
ぼろっ切れ持ってきて拭きなさい!
奥様:いま拭いてますよ。
そんなに怒鳴らなくたっていいじゃありませんか。
ご隠居:あ~みだぶなむあみだぶなむあみだぶなむなむ
畳の目なりに拭くんだよ。
奥様:あたしを何だと思ってるんです。
嫁いできてウン十年、家事全般きちんとこなせる相手に対して
それはないんじゃありませんか。
聞いてらっしゃるんですか!
ご隠居:な~むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ
なんだようるさいね。
あのね、人がお念仏あげてるとこで話しかけんじゃないよ。
そんなことされたら、信心に身が入らないだろ。
奥様:あちこち気を散らしながらやってるおじいさんに言われたくありま
せん。
はいはい、邪魔者はお台所に引っ込んでますよ。
【二拍】
あ、御御御付の実を考えてなかったわね。
おじいさーん。
おじいさーん! お付けの実は何を入れますー!?
ご隠居:なむあみだぶなむあみだぶなむなむなむあみ
お付けの実なに入れましょう?
そんなものはね、ゆんべのうちに考えて支度して、
それから寝るんだ。
今頃になって考えてる奴があるかよ。
奥様:しょうがないじゃありませんか。
昨日はついつい内職で午前様だったんですから。
お芋入れましょうかー?
ご隠居:午前様ってツラかよ。しわくちゃ梅干し顔じゃないか。
お芋ってお前、そんなもの慌てて入れたってな、胸が焼けて
屁ばかり出るじゃないか。
お、表をドジョウ屋が通るから呼べ、あれ入れっから。
奥様:え、何ですって?
ドジョウ屋さんをお付けに入れるなんてそんなこと、
できるわけないじゃありませんか。
ご隠居:ドジョウ屋を入れるんじゃない、
ドジョウを入れるんだよ、何言ってんだい、バカだな。
早く呼ばないと、ドジョウ屋むこう行っちゃうぞ。
奥様:はいはい。
【そんなに声を張らずに】
ドジョウ屋さーん!
ご隠居:あのな、もっと大きい声で呼ばないからドジョウ屋に聞こえない
んだよ。
なむなむあみ
ほら、早く呼ばないとドジョウ屋がむこうっ、
ドジョウ屋ぁぁーーーーーーーーい!!!!!
なむあみだぶなむあみだぶ
ドジョウ屋ぁぁーーーーーーーーい!!!!!
なむなむあみなむあみだぶ
なむあみだーーーーーーーーい!!!!!
【なむあみ~と同じリズムで】
どじょやのどじょがの——あべこべになっちゃったよこれ。
ぁ~こっちこっち。
細っかいとこはいいんだ、柳っ葉ってぇとこの、うん。
値段いくらか聞いてごらん、値段。
奥様:ドジョウ屋さん、おいくらですか?
はあ、12銭。
おじいさん、12銭だそうですよ。
ご隠居:12銭? 高ぇぞ12銭は。
2銭まけろ!
?どした?
すぐまけた?
ぁ~惜しい事したな、もう1銭値切っときゃ良かったなこらぁ。
奥様:そんなさもしい了見、いけませんよ。
ああドジョウ屋さん、気にしないでね。
ご隠居:んな~むな~むなむあみ
【声を落として】
ほらほらほらぼんやりしてっちゃダメだよぼんやりしてちゃ。
ぼんやりしてっちゃだめだよって!
ドジョウ屋がむこう向いてる隙に、2~3匹つかみ込め。
奥様:【声を落として】
なんですか、仏様の前で。
普段小言つきながらお経をあげてるから、そんな浅ましい考えが
浮かぶんです。
鬼の空念仏じゃありませんか。
ご隠居:お前は何にも知らないんだね。
それは鬼がそら、念仏を唱えるぞ、と掛け声を上げた事から
できた言葉なんだ。
奥様:まあ、おじいさんこそあたしが何にも知らないと思って、そんな
屁理屈をこねるんですか。
こねるのはおうどんかお餅だけになさって、
くだらない言い訳は、屁と一緒に始末してくださいな。
ご隠居:いいから、お代払ったらドジョウ持ってこっち来なさい。
ザル入れたってダメだよ、鍋に入れるんだ鍋に。
鍋入れてね、蓋して隙間から酒注ぎこむんだよ。
そうするとドジョウが酒吸いこんで美味くなるんだ。
奥様:はいはい、ほんと昔から自分が不利になると誤魔化すんですから。
お酒を入れて…。
【二拍】
ホントに吸ってるのかね、これ…。
ご隠居:んな~むあみだぶなむあみだぶ
どうだー、ドジョウ苦しがって暴れてんだろー。
奥様:平気な顔して泳いでますけどー?
ドジョウにも酒呑みいるんですかねー?
ご隠居:えっ、平気な顔して泳いでる?
ドジョウの呑んべえなんざいてたまるかよ。
…酒薄いんじゃねえのかそれ。
そのまま火ぃ掛けちまえ。
ドジョウがバタバタ暴れて鍋から飛び出すといけねえから、
鍋の蓋ァしっかり押さえてろー。
奥様:はいはい。
【二拍】
あら、鍋が…おじいさーん、鍋がゴトゴト言い出しましたよー。
ご隠居:な~むあみだぶなむあみだぶなむあみ
え、ゴトゴトゴトゴト言ってる?
おぉ聞こえる。
そらァドジョウが苦しがって暴れてんだよ、ええ?
へへへ面白れぇなぁ。
な~むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみ
…だいぶ静かになったな、蓋取ってみろ。
奥様:あら…、
おじいさーん、ドジョウがみんな上向いてひっくり返っちゃってま
すよー!
ご隠居:なに、腹ァ出してみんな浮いちゃった?
はははは、ざまあみろィ。
な~むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ
はぁ、ドジョウの供養になっちゃったなこりゃ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
柳家小三治(十代目)