最終話. そして、未来へ
朝の陽射しが、久方ぶりに柔らかな金色を町に届けていた。冷たく張り詰めていた空気は、ゆっくりとほどけ、春の訪れを感じさせる暖かさを帯びていた。
町の中央広場では、人々が集まり始めていた。菜々美の裁判の最終審理――すべてが決まる瞬間を、町中が見守っていた。
裁判所の扉が重たく開き、静寂の中に裁判官の低く重々しい声が響く。
「証拠および証言の提出はすべて完了した。これより、判決を言い渡す。」
菜々美はリュウ、ガイデンと共に立ち上がる。傍聴席には、アリスとマークの姿もあった。彼らの眼差しはまっすぐに、壇上に立つ彼女へと向けられていた。
判決文が読み上げられる間、菜々美はただ黙ってその言葉に耳を傾けていた。けれど――
「よって、被告・菜々美には無罪を言い渡す。」
その一文が読み上げられた瞬間、会場内はどよめきに包まれた。歓声ではない。驚き、そして静かな安堵。それが波のように広がっていく。
「やった……!」
アリスが涙ぐみながらマークの腕を掴み、小さく叫んだ。リュウは深く息を吐き、ガイデンはわずかに目を閉じて、言葉なき勝利を噛み締めていた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう……」
菜々美の瞳にも、静かに涙が浮かんでいた。
審理が終わり、裁判所を出た菜々美たちのもとには、町の人々が集まり始めていた。中にはかつて距離を置いていた常連客たちの姿もある。彼らは迷いながらも近づき、菜々美に頭を下げた。
「ごめんよ……信じ切れなくて……でも、またあのカフェのハーブティーが飲みたい。今度こそ、信じたいんだ。」
その言葉に、菜々美は小さく頷いた。
「ありがとう。私も、また皆さんと笑い合える日を待っていました。」
そのやり取りの後方で、ヴァレリーが静かに彼女に歩み寄る。
「……あなたの真実が証明されたことを、心から嬉しく思います。」
「ヴァレリーさん……本当に、ありがとうございました。」
「私は、正義を尽くしただけです。ただ――王族の中にも、ミリアムの計画に協力していた勢力があったこと、それは確かです。」
「ええ、でも……それでも、真実は届いた。」
ヴァレリーは頷き、少し微笑んだ。
「これからは、あなたのカフェがこの町の光であり続けることを、私は願っています。」
数日後。
営業停止が正式に解除され、菜々美のカフェは再び扉を開いた。
その日は、記念日といってもよかった。入り口にはアリスが花を飾り、マークは厨房で朝早くから仕込みに取りかかっていた。リュウは変わらぬ表情で店内の防備を点検しており、ガイデンは入口の横に控え、客の様子をさりげなく見守っていた。
「いらっしゃいませ!」
アリスの明るい声が響く。続々と訪れる客たちは、かつての常連客に加え、新しく噂を聞きつけた者たちもいた。
「このハーブ、前より香りが深くなった気がするな。」
「おかえりなさい、菜々美さん。」
「やっぱり、ここのお茶が一番落ち着くよ。」
菜々美は、感謝の気持ちを胸に、客たち一人ひとりに笑顔を返していた。
午後になり、ひとりの女性が現れた。銀の髪、王族の印をさりげなく刻んだブローチ。ヴァレリーの背後に控えるその姿は、王女アリエルだった。
「このカフェが、ここまで人々の心を動かすとは……」
アリエルは、静かに席につき、カウンター越しの菜々美に言った。
「私は、あの裁判をすべて記録として残すよう命じました。そして、王族内部の調査も進めます。これは、あなたが勝ち取った正義です。」
「王女様……」
菜々美は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。これからは、誰にも操られない、本当の信頼を築いていきたいです。」
「その心が、きっとこの町を支えていくのでしょう。期待していますよ、菜々美。」
アリエルが微笑む。
その夜、カフェの灯は遅くまで消えなかった。
人々の笑い声、湯気の立つカップの香り、静かに流れる音楽。
かつて失われかけた風景が、今こうして戻ってきた。
「また、ここから始めましょう」
菜々美が呟いたその言葉に、誰もがそっと頷いた。
すべてが終わり、そして、未来が始まる。




