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60. 証言の連鎖

曇天の朝、菜々美のカフェにかすかな緊張が走っていた。


営業停止中の静かな空間に、椅子の軋む音と紙の擦れる音だけが響いている。


テーブルの上には、前日ヴァレリーに提出した巻物と書類の写しが重ねて置かれていた。


「……これが、本当に裁判で通用すればいいんだけど」


アリスの小さな声が、静寂を切り裂くように響く。

彼女の視線は、未だ心を決めかねている証言者の名が記されたリストに向いていた。


「まだ足りないのよ。これじゃ『巻物は見つかったが、関係が不明』って扱われかねない」


ガイデンが筆を止め、手帳を閉じながら言った。

彼女の顔には焦りよりも、冷静な計算が浮かんでいた。


「つまり……証人を増やすってこと?」


マークが問いかけると、ガイデンは頷いた。


「ええ。実際に『ミリアム』や『アーウィン』の行動を見た、もしくは被害を受けたと明言できる者の証言が必要。町の中で噂されていた“脅し”や“失踪”、それが事実だったと、誰かが声を上げれば――」


「……きっと、誰かは話してくれる」


菜々美が静かに口を開いた。

彼女の目は疲れを湛えながらも、確かな光を宿していた。


「私たちのカフェを愛してくれた人たちが、こんな仕打ちを望んでるとは思えないわ。だから、諦めない」


その言葉を聞いたアリスは、小さく頷き、リストを手に取った。


「わたし、回ってくる。話してくれる人がいるかもしれない」


「俺も行く」


マークが立ち上がった。

彼の目は決意に燃えていた。


その日、町には小さな変化が訪れた。


アリスとマークはかつての常連客や、ミリアムのカフェで働いていた元従業員の家を一軒一軒訪ね歩いた。

はじめは皆、戸惑いと不安を隠そうとしたが、アリスの率直な言葉と、マークの誠実な眼差しが、少しずつ彼らの心を揺さぶった。


「ほんとうに……信じていいの?」


ある年配の女性が、涙をこらえながらそう言った。


「もちろんです。私たちは、ただ事実を知りたいだけなんです」


アリスの言葉に、女性は震える手で差し出された紙を握った。


午後には数人の証人候補が菜々美のカフェにやって来た。

ヴァレリーが用意した証言記録のための帳簿が開かれ、一人ひとりが自分の経験を語り始めた。


「……あれは数週間前のことでした。私、ミリアムのカフェで“お客様専用の部屋”に呼ばれて。そこでアーウィンに言われたんです。“余計なことは言うな。言えば家族が困ることになる”って」


「最初は冗談かと思ったけど、笑えませんでした……あの人、本当に、目が……冷たくて」


別の若者がそう口にした時、菜々美の手が無意識に強く握られていた。


夕方近くになり、一人の青年が戸を叩いた。

彼は以前、裁判で偽証をした人物の兄だった。


「……弟は、脅されてました。病気の母の薬を止めるとまで言われて。……あいつ、泣きながら話してくれました。俺、もう黙っていられません」


彼の証言は詳細で、脅迫の具体的な日時や場所、アーウィンの言動まで明らかにした。


証言が集まり始めたその頃、ガイデンはヴァレリーのもとを訪れていた。


「彼らの証言をまとめたわ。数はまだ少ないけれど、どれも濃い内容よ」


ヴァレリーはそれを受け取り、黙って読み始めた。


やがて、一枚目を読み終えた彼女は、目元をわずかに細めた。


「これは……思った以上に重い」


「ええ、そしてまだ氷山の一角でしょう」


「分かりました」


彼女は机の上に書類を並べながら言った。


「このまま監査報告に加えます。裁判の場で提出すれば、流れは変わるかもしれません」


「そう願うしかないわ」


ガイデンは小さく頷き、椅子を立ちかけたが――ヴァレリーが静かに言葉を続けた。


「……でも、そのためには“最後の証人”が必要です」


「最後の……?」


「以前、ミリアムと近しい立場にいた人物。名前は明かせませんが、その者が証言台に立てば、裁判官の心証は決定的になるでしょう」


「その人物は……名乗り出るかしら?」


「それは……私の方で何とかしてみます」


ヴァレリーの言葉に、ガイデンは深く頷いた。


その夜、菜々美のカフェはいつもより遅くまで灯りがともっていた。


窓の外では冷たい風が木々を揺らしていたが、店の中には、穏やかな希望の灯がともっていた。


「……ありがとう、二人とも」


菜々美は、アリスとマークの方を見てそう言った。


「皆が話してくれるようになったのは、きっとあなたたちのおかげよ」


アリスは照れたように笑い、マークは静かに頷いた。


「でも、まだ終わってないわ」


ガイデンが言葉を締めくくる。


「裁判までは、あとわずか。その間にやるべきことは、まだある」


窓の外、町の明かりが夜の帳の中でかすかに揺れていた。


だが、そのひとつひとつが、人々の勇気と希望の証であることを、菜々美は静かに感じていた。

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