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59. 封じられた記録

夜の帳が町を包み込む頃、リュウとガイデンはふたたび、町外れにあるミリアムのカフェ裏手に姿を現した。


今回は、前回のような非公式な潜入ではない。

監査官ヴァレリーの許可と命を受けての“正式な再調査”であった。


とはいえ、動きは慎重そのものだった。


表向きにはまだ営業中の華やかなカフェ。

その裏に隠された真実を、これ以上世間に知られる前に押さえなければならない。


「監査官からの通達が通っているとはいえ、油断は禁物よ」


ガイデンは低く囁き、カフェの裏門を見張る兵士に文書を差し出した。

兵士たちは一瞥し、重々しく門を開く。

手慣れた動きと無言のやり取り。


そこに、まるで「ここは誰かの秘密の城」であるかのような緊張感が漂っていた。


「案内はこちらです」


一人の兵士が無言で先導し、二人を地下への石階段へ導いた。

硬い靴音が、石の壁に反響する。

空気は冷たく湿っており、前回来たときよりも、どこか静けさが深い。


地下に降りた先――そこは、まるで王族の軍事書庫を思わせるような構造だった。


無骨な石のアーチと古びた棚。

その奥に、中央の大きな机。

そこに散らばる紙の束と巻物は、今も前回のまま残されていた。


「記録が消されていない……奇跡ね」


ガイデンは手袋を嵌め直し、慎重に一枚一枚の文書を確認していく。


机の上にあったのは、見覚えのある地図と配送帳簿、そして奇妙な書式で書かれた配合指示書だった。


「ここに記されている植物……“サンセリカ”に“黒蓮根”を掛け合わせたもの……こんなハーブ、王立薬学研究所にしか扱えないはずよ」


「その配合で、胃腸系の異常と神経障害……全部、被害者たちの訴えと一致してる」


リュウは顔をしかめ、拳を握る。


「これを菜々美の畑に紛れ込ませたってわけか」


「まだあるわ」


ガイデンは一冊の帳簿を開いた。


中には、流通記録と物資管理の印が綴られていた。

そこに、明らかに“王族の関係者”とされる名が数度登場する。


「ここ……“セイス家”の刻印」


彼女が指差した紋章は、双獅子の印を持つ――王族でも特に古く由緒ある名家、セイス家のものであった。


「まさか……ミリアムがそこまで繋がってるのか?」


リュウの声が低くなる。


「表には出てこない一族よ。だが、薬品・情報管理では長年にわたり王宮と密接な繋がりを持っていたはず」


さらに、その傍らには暗号文のように書かれた数通の巻物があった。


「これが……例の“指示”かしら」


文は古代王国時代の魔法符号を模したもので、即座の解読は困難だった。

しかし、行の並びと記号の位置に、一定の規則性が見られた。


「翻訳者がいれば、すぐに意味を読み解けるはず。命令書の可能性が高いわね」


リュウは辺りを見渡しながら、他の書棚も物色する。


「こっちには、流通経路の地図と……これは、アーウィンの署名だ」


そこには、現在この施設の管理を一手に担っている男・アーウィンの署名入り文書があった。

内容は“ハーブ管理の施行命令”と題され、配合者の名前が伏せられたまま記されていた。


「この文書があれば、アーウィンと現場の管理を直接結びつけられる」


「ミリアムとの繋がりが明文化されていれば完璧だったけど……これでも十分よ。セイス家、アーウィン、そして例のハーブ」


慎重にすべての文書と巻物を封筒にまとめ、二人は地下を後にした。


数刻後。菜々美のカフェに戻ると、ヴァレリーがすでに彼らの帰還を待っていた。

護衛を連れず、控えめな外套を羽織った彼女は、静かに目を伏せたまま立っていた。


「戻りました。証拠はすべてこちらに」


ガイデンが封筒を差し出すと、ヴァレリーはそれを両手で受け取り、すぐにその場で封を解いた。


一枚、また一枚と、彼女の手が文書をめくっていく。


目を細める。眉がわずかに動く。

だが、表情の変化は最小限にとどめられていた。


「……確かに、これは重大な記録です。巻物は専門家に翻訳を依頼し、王室の監査室にも提出します」


「王室……」


菜々美が不安げに口を開く。


「それは、危険じゃないんですか? セイス家が関わっているとしたら、王族の中にも……」


「その可能性はあります。だからこそ、王宮内部の“中立監査局”に回します。私にも、賭けです」


ヴァレリーのまなざしには迷いがなかった。


「巻物が正式に認められれば、裁判で提出されます。そして、その記録の正体が暴かれれば――菜々美さん、あなたの潔白も証明されるはずです」


「……ありがとうございます」


菜々美は深く頭を下げた。


その夜、文書は秘密裏に監査局へ提出され、厳重な検証が始まることとなった。

闇に包まれていた陰謀の記録は、ようやく光の下に置かれた。


だが、それが町と王族の間にどんな波紋を呼ぶか――まだ、誰にも予測はできなかった。

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