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55. 監査官の来訪

町に新たな緊張が走る中、菜々美たちはカフェで監査官の到着を待っていた。王族が派遣した監査官がどのような人物なのか、彼がどちらの立場に立つのか、まだ誰にも分からない。ただひとつ確かなのは、この監査官が菜々美の運命を大きく左右する存在になるということだった。


「どんな人が来るんでしょうか……?」


アリスが落ち着かない様子でカウンターの布を何度も整えながら言った。


「まともな人間ならいいが……。」


リュウが腕を組みながら窓の外を睨む。


「ミリアム側に取り込まれている奴なら、最悪の事態になりかねないな。」


「今は何も決めつけずに、様子を見るしかないわ。」


ガイデンが冷静に言った。


菜々美はそんな二人のやり取りを聞きながら、胸の奥に不安を押し込めるようにしていた。これまでの裁判での扱いを考えれば、王族が公平に審査を行うとは到底思えなかった。しかし、もし監査官が本当に公正な立場でこの件を調査するのであれば、逆転の可能性もある。


「菜々美さん……大丈夫ですか?」


マークが控えめに尋ねると、菜々美は小さく微笑んだ。


「ええ……でも、正直不安はあるわ。」


「大丈夫です!」


アリスが自分自身に言い聞かせるように声を張る。


「私たちが今までやってきたことをちゃんと見てもらえば、きっと分かってもらえます!」


「……そうね。」


菜々美は深く息を吸い込み、気持ちを整えた。


その時、カフェの扉が重々しく開かれた。


店内の空気が一気に張り詰め、全員の視線が入り口に集中する。そこに立っていたのは、黒い礼服に金の装飾を施した長身の男だった。冷たい灰色の瞳を持ち、鋭い目つきで店内を見回す。彼の後ろには、数人の護衛と役人たちが控えていた。


「王族監査官、ヴァレリー・フォン・ルーベン。」


男は冷ややかに名乗った。


「本日より、この件に関する調査を行う。」


低く威厳のある声が、カフェの中に響く。リュウはすぐに彼の態度を警戒し、ガイデンも慎重に様子を伺った。


「本日は挨拶と状況確認のために来た。今後、必要に応じて更なる調査を行うことになる。」


ヴァレリーは、まるで品定めをするようにカフェの中をゆっくりと見渡した。そして、菜々美の前に歩み寄る。


「君が、この店の店主か?」


「……はい。」


菜々美は緊張を隠しながらも、まっすぐ彼を見つめた。


「私は菜々美。このカフェを経営しています。」


ヴァレリーは少しの間彼女を見つめた後、淡々と続けた。


「既に裁判が進行している件について、王族の監査官として独自の調査を行う。君の店の経営状況、ハーブの管理、そして町の住民との関係……それら全てを確認させてもらう。」


「私たちは何も悪いことはしていません。」


菜々美が静かに言うと、ヴァレリーは冷笑を浮かべた。


「それは、私が判断することだ。」


その一言に、店内の空気がさらに重くなる。リュウが思わず口を開きかけたが、ガイデンが制するように軽く腕を引いた。今は余計な刺激を与えるべきではない。


「まずは資料を確認させてもらおう。」


ヴァレリーは、役人の一人に合図を送り、持参した書類を広げた。その中には、菜々美のカフェの売上記録、仕入れの詳細、そして町の住民からの証言がまとめられていた。


「この記録によれば、君のカフェでは特定のハーブが使用されており、それが問題視されているとある。」


「ですが、そのハーブは私たちが意図的に育てたものではありません。」


菜々美ははっきりと答えた。


「誰かが仕組んだものだとしか思えません。」


ヴァレリーは書類をめくりながら、ゆっくりと問いかける。


「では、その証拠は?」


「……それを今、探しています。」


菜々美は言葉を詰まらせながらも、必死に訴えた。


「このカフェのハーブは安全です。今まで何年も無事に営業してきたのに、突然問題が起こるなんておかしいんです!」


「ほう。」


ヴァレリーは興味深げに眉を上げた。


「確かに、突然問題が起こったのは奇妙だ。しかし、それを証明できなければ、ただの主張に過ぎない。」


リュウが苛立ちを抑えながら言葉を発した。


「なら、そっちが持ってる証拠はどれだけ確かなものなんだ?」


「それをこれから検証する。」


ヴァレリーは冷静に答えた。


「だが、私が見る限り、現状では君たちに有利な材料は少ないようだな。」


ガイデンが鋭い目で彼を見据える。


「あなたは、公正な立場で調査を進めるつもりなのかしら?」


「当然だ。」


ヴァレリーは淡々と答えた。


「王族の名の下、私は事実のみを見極める。」


その言葉がどこまで信用できるのか、まだ分からない。しかし、彼が今後の裁判に決定的な影響を与えることだけは確かだった。


「それでは、しばらくこの町に滞在し、詳しく調査を行う。」


ヴァレリーは書類を閉じ、立ち上がった。


「近いうちに再び話を聞かせてもらうことになるだろう。」


そう言い残し、彼は護衛を引き連れてカフェを後にした。店内には重たい沈黙が残る。


「……どうなるんでしょうか?」


アリスが不安そうに呟く。


「まだ分からない。」


菜々美は拳を握りしめながら答えた。


「でも、絶対に負けない。私たちのカフェは何も間違っていないんだから。」


リュウとガイデンは静かに頷いた。ヴァレリーが本当に公正な調査をするのか、それともミリアムの陰謀に加担するのか。それを見極める戦いが、ここから始まる。

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