47. 光と影の交錯
裁判が進むにつれ、菜々美のカフェを取り巻く状況は、さらに厳しいものへと変わっていった。町の住民たちの間で、菜々美に対する疑念がますます膨らみ、「彼女のカフェは本当に安全なのか」という声が日々大きくなっていく。これまで菜々美を支えてきた常連客たちも、不安げな表情を浮かべながら距離を置き始めていた。
「菜々美さん、どうしてこんなことに……?」ある日、アリスがハーブの鉢を整えながらぽつりと呟いた。その声はどこか震えており、不安を隠しきれない様子だった。
「分からないわ……でも、私たちはこの場所を守らなきゃいけないの。」菜々美は必死に笑顔を作って答えたが、その表情はどこか硬かった。
店内はいつも以上に静まり返っていた。かつては常連客たちの笑い声や話し声で賑わっていたカフェだったが、今ではテーブルのほとんどが空席のままだった。菜々美はカウンター越しにその光景を見つめながら、心の中で何度も自問していた。「私たちが間違ったことをしていないのに、どうしてこんなことに……。」
マークも手を止めて静かに口を開いた。「菜々美さん、もし無実を証明できなかったら、本当に僕たちのカフェは……。」
「証明するわ。」菜々美は強い口調で言った。「必ず真実を明らかにする。」
その言葉にアリスとマークは小さく頷いたが、不安の色が完全に消えることはなかった。
一方で、リュウとガイデンは、裁判所の外で動き始めていた。菜々美を陥れた裏に誰かがいることは確信していたが、その正体を明らかにするには確たる証拠が必要だった。特に、最近町外れにできた新しいカフェ――ミリアムが運営していると噂される店に注目していた。
「明らかにあのカフェが怪しい。」リュウは腕を組みながら市場の通りを歩いていた。「菜々美のカフェが営業停止になった途端に、あっちの店が繁盛し始めてる。何か仕組まれてるとしか思えない。」
ガイデンは静かに頷いた。「でも、あのミリアムという女性は表には出てこないわね。店の運営は彼女の部下たちが担っているみたい。直接証拠を掴むには慎重に動かないと。」
二人は町外れのカフェへ向かう道を慎重に進んだ。菜々美のカフェとは対照的に、この新しいカフェの周囲は活気に溢れており、歩道には訪れる客たちが次々と出入りしている様子が伺えた。リュウとガイデンは、賑わいを見せるその光景を前にして、一瞬足を止めた。
「菜々美のカフェがこんなに大変な時に、ここだけが繁盛しているなんて皮肉だな。」リュウが低い声で呟く。
ガイデンは冷静な目でカフェを見つめながら答えた。「これだけ人が集まる理由、何か裏があるはずよ。菜々美のカフェの評判が落ちるタイミングと、この店が繁盛し始めた時期があまりにも重なりすぎているわ。」
二人はカフェの正面を避け、建物の側面に回り込んだ。そこには広い窓がいくつかあり、店内の様子が見える。窓越しに覗くと、豪華な装飾で彩られた店内が目に飛び込んできた。金色と白を基調とした優雅な内装に、天井から吊り下がるシャンデリアがきらきらと光を反射している。壁には高級感あふれるハーブのディスプレイが並び、上品さを演出していた。
「すごい装飾だな……。まるで貴族の館みたいだ。」リュウが感嘆混じりに呟く。
「ええ、それだけじゃないわ。」ガイデンが指を窓の奥へ向ける。「あそこを見て。」
店内では、特別なハーブティーが振る舞われているらしかった。テーブルには華やかなガラスのティーポットが並び、客たちはそれを囲んで楽しげに会話をしている。彼らが笑顔で口にするハーブティーは、美しい赤や深い緑色をしており、ティーポットの中でハーブがふわりと広がる様子が見えた。
「一見すると、完璧なカフェに見えるわね。でも、これだけじゃ何も分からない。」ガイデンが静かに続ける。「中に入るのはリスクが高い。まずは外側から何か怪しい点がないか探りましょう。」
リュウは頷き、二人は慎重にカフェの周囲を歩きながら観察を始めた。
カフェの裏手には、小さな搬入口があり、従業員らしき者たちが忙しなく出入りしていた。彼らは大きな木箱や布で覆われた荷物を次々と運び込んでおり、その中にはハーブの束が含まれているようだった。
「荷物の量が多いな……。」リュウが呟く。「これだけのハーブ、どこから調達しているんだ?」
「菜々美の畑よりもずっと大規模な供給源があるか、あるいは――」ガイデンはそこで言葉を切った。
「あるいは?」リュウが促す。
「どこかから無理やり調達している可能性もあるわね。」ガイデンが目を細める。「この店の運営費と仕入れルートがどうなっているのか、調べてみる必要があるわ。」
二人は搬入口の様子を観察しているうちに、出入りする従業員の中に見覚えのある顔があることに気づいた。それはかつて菜々美のカフェの客だった人物で、常連というほどではないものの、何度か店に足を運んでいた記憶があった。
「あいつ……菜々美の店にも来てたよな?」リュウが低い声で言う。
「ええ、間違いないわ。でも今はここの従業員のようね。これは偶然かしら。」ガイデンの口調は疑念に満ちていた。
従業員たちが荷物を運び込むのを確認した後、二人は木陰に隠れながらさらに店を観察した。正面玄関から出てくる客たちの中には、かつて菜々美のカフェに通っていた常連の顔もちらほら見受けられた。その光景に、リュウは拳を握りしめ、声を低くした。
「あいつら……菜々美のカフェが大変なときに、よくこんな店で笑ってられるな。」
ガイデンは冷静な表情を崩さずに答えた。「怒りをぶつけるのはまだ早いわ。私たちがここにいる目的を忘れないで。証拠を掴むことが最優先よ。」
リュウは深呼吸をして感情を抑え込み、頷いた。「分かった。無駄に目立つような真似はしない。」
二人はさらに注意深く周囲を見渡したが、決定的な証拠を掴むには至らなかった。
「次のステップに進む必要があるわね。」ガイデンが呟いた。「具体的な証拠を掴むには、内部の情報が必要になるわ。誰か協力者を見つけるか、別の方法で店の裏側を探るしかない。」
「時間はあまりない。」リュウが険しい表情を浮かべた。「菜々美の裁判が進むにつれて状況はさらに厳しくなる。奴らの動きを止めるには、急がなきゃならない。」
二人は再び視線をカフェに向けた。その煌びやかな外装の裏に隠された秘密を暴くために、次の行動を計画する決意を固めていた。
その夜、カフェに戻ったリュウとガイデンは、菜々美に自分たちが見たことを報告した。
「やっぱり、ミリアムのカフェが怪しい。」リュウは険しい表情を浮かべながら言った。「俺たちの常連客まであっちに流れてる。噂が広がったタイミングといい、すべてが計画的だ。」
「そうね……でも、直接の証拠がなければ裁判では何もできない。」菜々美は重いため息をつきながら答えた。「それに、町のみんなが私を信じてくれなければ、証拠があっても意味がないわ。」
「諦めないでください!」アリスが突然声を上げた。「私たちはずっと菜々美さんを信じています。このカフェがどれだけ素晴らしい場所か、みんなに分かってもらえるように頑張りましょう!」
マークも頷きながら言葉を重ねた。「そうです。僕たちにはまだ時間があります。リュウさんとガイデンさんが証拠を見つけてくれれば、きっと状況を変えられるはずです。」
菜々美は二人の言葉に胸を熱くしながら、静かに笑みを浮かべた。「ありがとう。絶対に負けないわ。みんなのためにも、このカフェを守り抜く。」
翌日、リュウとガイデンは再び町外れのカフェへと向かった。彼らは店の周囲を注意深く観察しながら、ミリアムが裏で糸を引いている証拠を掴むべく行動を開始した。その先にどんな困難が待ち受けているのかは、まだ誰にも分からない。だが、菜々美のため、彼らは決して諦めることはなかった。