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40. 新しい日常へ

夕闇の帳が静かに下り、菜々美たちは温泉街の中心にある広場で一息ついていた。街灯がぽつぽつと灯り、どこか幻想的な雰囲気が漂う。ついさっきまで解決に奔走していたトラブルの名残はもうどこにもなく、まるで嵐の後の静けさのようだ。


「ふぅ……何とか落ち着いたみたいね。」菜々美はほっと息をつき、隣のリュウに微笑みかけた。


リュウは疲れた様子で伸びをしながら、「お前が冷静に動いてくれたおかげだよ」と返した。「まったく、温泉旅行でまで事件に巻き込まれるなんて思わなかったけどな。」


彼の言葉に、菜々美は少し照れくさそうに笑う。「でも、みんなが協力してくれたからこそ解決できたんだと思う。ありがとね、リュウ。」


「俺はただ、君の後ろで動いてただけだろ。ま、次は本当にのんびりさせてもらうからな。」


そのやり取りを、ガイデンが手に持ったカップを啜りながら満足げに見守っていた。カップからはほのかに甘い香りが漂い、湯気とともに広場の冷えた空気に溶け込んでいく。「ふふ、さすがは菜々美だね。まあ、これで温泉旅行も一段落だ。明日の帰り道は心配事なしで楽しめそうだよ。」


「それ、私のハーブティーね?どう?」菜々美はカップに目をやる。


ガイデンは口元を緩めながら頷いた。「素晴らしい出来だよ。レモンバームとミント、それにほんのり甘い香りは……カモミールかい?トラブルの後に飲むには最高だ。」


「そう、それがポイントなの。疲れた心と体を癒す特製ブレンドよ。トラブルの時に役立つのはこれだけじゃないからね、覚えておいて。」菜々美が胸を張ると、リュウが思わず笑った。


「確かにこれは効くな。頭がすっきりしてくる感じがする。」


「でしょう? だからこそ、この特製ブレンドを完成させたんだから。みんなで協力したご褒美ね。」菜々美は笑顔を浮かべながら、カップの中身を啜った。口の中に広がる爽やかな味と香りに、自分でも癒される。


広場の中心には湯けむり塔が立ち、白い蒸気をゆったりと吐き出している。その光景に見惚れるように菜々美は視線を向けた。何かを思い立ったように顔を上げる。


「ねえ、せっかくだから、最後にもう一回温泉に入らない?」


その提案に、リュウは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべて頷いた。「そうだな。せっかく来たんだし、もう一回ゆっくり浸かるのもいいかもな。」


彼らは温泉宿に戻り、浴衣姿で露天風呂へ向かった。夜の冷えた空気の中、露天風呂から立ち上る湯気が心地よい。湯船に足を浸した瞬間、じんわりと全身が癒されていくのを感じ、菜々美は思わずため息を漏らした。


「やっぱり温泉って最高ね……。」湯船に肩まで浸かりながら、菜々美はポツリと呟く。


夜空には無数の星が輝いていた。菜々美はその星空を見上げ、自然と目を細めた。「こんなにたくさんの星、久しぶりに見た気がするな……。」


リュウも隣で腕を湯船の縁に乗せながら、同じ空を眺める。「この温泉街は空気が綺麗だから、星もよく見えるんだろうな。ま、普段の町も悪くないけど、こういう場所もたまにはいいよな。」


湯気の向こうから、ガイデンがくすくすと笑う声が聞こえる。「何だかんだで、みんな楽しんでるじゃないか。こうして一緒にのんびりできるのは、貴重な時間だよ。」


菜々美は湯船に頬杖をつき、小さな笑みを浮かべる。「本当にそうね。トラブルもあったけど、来てよかったわ。今度はカフェの常連さんたちも誘ってみるのもいいかもしれない。」


リュウが顔を上げて、明るい声で応じた。「それはいいな。みんなで来ればもっと賑やかになるだろうな。まあ、今度は平和であることを願うけど。」


ガイデンも頷く。「温泉とハーブティーなんて相性抜群だろうし、そういうツアーがあってもいいかもしれないね。」


湯の温もりに身を委ねながら、菜々美たちは未来の話に花を咲かせた。穏やかな夜の静けさが、彼らに一時の安らぎを与えてくれる。


翌朝、山々を照らし始めた朝日が宿の窓辺を優しく染め上げていた。鳥のさえずりが静かな温泉街に響き、菜々美は深呼吸を一つしてから荷物をまとめた。昨日のトラブルや楽しいひとときを思い返しながら、少しだけ名残惜しい気持ちを抱えている。


「準備、終わったよ!」荷物を肩にかけ、部屋を出ると、廊下の先で待っていたリュウが手を挙げた。


「おう、早いな。俺の方も終わったし、出発するか。」


「ガイデンは?」菜々美が尋ねると、リュウは呆れた顔をして首を横に振った。


「あの人、最後の温泉だとか言って、朝風呂にのんびり浸かってるらしい。まあ、待つしかないな。」


菜々美は苦笑しながら頷いた。ガイデンらしい気ままさに、文句を言う気にはならない。


しばらくして、ようやくガイデンが宿の入口に姿を現した。湯上がりの顔は満足げで、伸びをしながら「いやあ、朝の温泉は格別だね。君たちももう一回入ってきたらどうだい?」と笑う。


「さすがにもう時間がないよ!」菜々美が声を上げると、リュウも肩をすくめながら笑った。「まったくだ。帰ったらカフェが回らなくなるだろ。」


宿の女将に礼を言い、三人は宿を出た。外に出ると、空は快晴で澄んだ青がどこまでも広がっていた。朝の冷たい空気に触れながら、菜々美たちはゆっくりと温泉街の道を歩き出す。道の両脇では、店主たちが開店準備を始めており、活気ある声が聞こえてきた。


「結局、もう一泊くらいしたい気分だね。」ガイデンがのんびりと歩きながら言う。


「いやいや、帰らないとカフェが回らなくなるだろ。」リュウが笑いながら突っ込みを入れた。


「ほんとよ。帰ったらまた忙しくなるんだから。」菜々美は少し前を歩きながら振り返ると、冗談めかして言った。「私たちがいなくて、あのカフェが回ると思う?」


「だったら少し休んだっていいだろ?」ガイデンがのんびりと微笑むと、リュウが苦笑いを浮かべながら「ま、そう言われりゃそうかもな」と応じた。


「でも、次の新メニューを考えるのも楽しみだわ。」菜々美が前を向き直りながら呟いた。その言葉にリュウは目を丸くして首を振った。


「ったく、働き者だな。せめてもう少し休みを満喫したらどうだ?」


「夢中になれることがあるのは素晴らしいことだよ。」ガイデンが柔らかな声でそう言うと、菜々美も小さく微笑みながら頷いた。


温泉街を抜ける道すがら、彼らは昨日までの出来事を振り返った。自然と笑顔が浮かぶのは、良い思い出がたくさんできたからだろう。


「次に来る時は、カフェの常連さんたちも連れて来るのもいいかもね。」菜々美が言うと、リュウが歩きながら答えた。「それは面白そうだな。ただ、あんまり人数が多いとまた大騒ぎになりそうだけど。」


「それも悪くないじゃない。」菜々美は明るい声で笑った。


ふと、菜々美の心に一つの思いが浮かんだ。それは、カフェをもっと楽しい場所にしたいという意欲だった。温泉地のように訪れる人たちが癒され、幸せな時間を過ごせる場所を作りたい。そんな想いが胸の中に広がっていく。


「次はどんなハーブを取り入れようかな……。」菜々美は独り言のように呟いた。その言葉に気づいたリュウが、肩越しに彼女を見て笑った。


「お前、本当にハーブのことばかりだな。」


「だって、それが私の夢だから!」菜々美は振り返って明るく笑った。


山々が朝日に染まり、金色の光が彼らの背を押しているように感じられた。新しい日常が、彼らを待ち受けている。その旅路は、まだ始まったばかりだ。

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