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38. 嵐

夕方、旅館に戻ってきた私たちは、川での楽しい時間を思い出しながら温泉に入る準備を整えていた。川遊びの余韻が残る中で、リュウが「さあ、次は温泉だな」と肩を大きく伸ばし、少しずつ気持ちをリセットするかのように姿勢を正した。温泉で体と心を癒し、明日からの英気を養おうという雰囲気が漂っていた。


「早く温泉に浸かって、疲れを取りたいよ」とマークも笑顔で続け、他の仲間たちも同意するように頷いていた。アリスとガイデンはすでに浴衣に着替えており、すぐにでも温泉に向かう準備が整っている。ガイデンは昔ながらの浴衣姿がしっくりきていて、まるで旅館の一部と化しているようだった。


「よし、じゃあ行こうか」と私が提案し、一同が温泉に向かって歩き始めた。そのとき、リュウがふと立ち止まり、窓の外の景色に目をやった。


「あのダム、崩れてないよな?」彼が急に思い出したかのように言うと、私たち全員が少し驚いたように川の方を振り返る。あの川のダム――私たちが遊びで作った小さな石の堤防だ――のことを言っているのだ。


「崩れてるかどうかなんて気にする必要ないわ。遊びで作ったものだし、何も問題ないでしょう」とアリスが笑いながら軽く言い、ガイデンも「小さなダムが川に大きな影響を与えることなんてないわよ」と優しくリュウに言った。その言葉に、私たちは少し安心し、再び温泉へと向かい始めた。


夕暮れの穏やかな時間は旅館の外からも美しく、カレンドラの山々はオレンジ色に染まり、旅館の温泉が立ち込める湯気と相まって、幻想的な光景を作り出していた。その光景を見ながら、私は少しずつ心が解放されていくのを感じた。


「今日は本当にいい日だったな」とリュウがつぶやきながら、再び歩みを進める。


「そうね。川遊びも楽しかったし、久しぶりに自然と触れ合えたのはリフレッシュになったわ」とアリスが穏やかに答えた。


「温泉に入って、今度こそしっかり疲れを取ろう。体が重いんだよ」とマークが少しだけため息をつきながら、期待に満ちた顔で笑みを浮かべる。


ガイデンもその光景を見て微笑みながら、「自然の力には、やっぱり不思議な癒しの力があるわね。今の私たちには、それが必要だわ」と同意していた。


みんなの間には安堵感と期待感が混ざり合っていたが、その一瞬後、突如として窓の外から異様な風の音が鳴り響いた。強風が突然吹き荒れ、窓ガラスが震える音とともに、旅館全体が揺れるほどの激しい風が巻き起こったのだ。さっきまでの穏やかさはどこへ行ったのか、風が激しく吹き込み、周囲の木々がざわついている。


「なんだ……この風は?」リュウが驚いて眉をひそめ、急いで窓に駆け寄った。


「変な風だな……この時期にしては不自然すぎる」リュウの声には不安の色がにじみ、私たちも彼の元に駆け寄った。外を見下ろすと、さっきまで穏やかだった川が異様な様子を見せ始めていた。


「おかしいぞ……川が……」リュウの声が硬直し、私たちも思わず川の方に目を向けた。何かが起こっている。川の水面が泡立ち、異常なほどに渦を巻き始めていた。川はまるで生き物のようにうねり、暴れ出したかのようだった。


「何かが……起きているわ」とアリスが不安そうに呟いた。


その瞬間、川の水がまるで爆発するかのように盛り上がり、大きな塊となって動き始めた。私たちは息を呑んだ。水の塊がどんどんと大きくなり、形を変え、ついには巨大な人型の姿を現したのだ。


その体全体は水でできており、ゆらゆらと揺れながら私たちを見下ろしていた。冷たい青い光を放つ目が、まるで私たちを睨んでいるようだった。


「な、なんだあれは?」リュウが後ずさりし、私たちも動揺して身を引いた。その姿は明らかに怒りをたたえていて、川全体がその存在に呼応するかのように荒れ狂っている。


「水の……精霊?」とガイデンが驚いたように呟いた。


「精霊だって?」リュウが彼女を見つめる。


「そうよ。自然の中には、時折こうした精霊が宿ることがあるわ。これはおそらく、川を守る精霊ね」とガイデンは慎重に説明する。


「でも、なんでこんなに怒っているんだ?」とアリスが困惑しながら尋ねる。


「川の流れに何か異変が起きているのかもしれない。精霊は自然の調和を乱されることを嫌うから、それが原因で怒っているのかも」とガイデンが神妙な顔で推測する。


その間も、精霊は激しく唸り声を上げていた。まるで洪水のような轟音が周囲に響き渡り、その怒りはますます強まっているように感じられた。


「これは……戦うべきか?」リュウが剣を手に取ろうとするが、私はその手を止めた。


「待って、リュウ。まだ分からない。もしかしたら話が通じるかもしれない」と冷静に呼びかけた。怒りにまかせて行動するのは得策ではない。まずは相手の意図を探るべきだ。


「だけど、このままだと暴れ出すかもしれないぞ……」とリュウは焦った表情を見せる。


精霊の目は鋭く、冷たい青い光が私たちを見据えている。周囲の川の水がさらに渦を巻き、川の流れが乱れていく。精霊の怒りがそのまま自然に影響を与えていることは明白だった。


「何かを訴えかけているのかもしれない。でも、それが何なのかが分からないわ……」とアリスが不安げに呟いた。


その時、ふと私は昼間の川での出来事を思い出した。私たちが作ったあの小さな石のダム……。まさか、あれが原因なのか?


「もしかして……私たちが原因かもしれない……」と私は急に不安が膨れ上がり、声を上げた。


「ダムのことか?」リュウが驚いた顔で私を見る。


「そうかもしれない……あのダムが川の流れをせき止めてしまったのかも。それが精霊を怒らせたんじゃないかしら……」私は胸の奥に不安を抱えたまま、推測を口にした。


ガイデンが考え込むようにして、「自然の精霊は調和を大切にする存在だからね。もし川の流れが乱されたことで怒っているなら、元に戻してあげれば精霊も鎮まるかもしれないわ」と分析を進めた。


「よし、まずはダムを壊しに行こう」とマークが即座に行動を提案した。


私たちはすぐに川へ向かって駆け出した。

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