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35. 夜風に吹かれて

夜の静寂が旅館全体に広がり、私は布団の中で目を閉じていた。温泉と美味しい夕食で心も体も満たされ、心地よい疲れが襲ってきていた。温泉の湯気に包まれた体がほてり、眠りに落ちる準備が整っていく。隣でアリスが深い息をつき、もうすっかり夢の中にいるようだった。ガイデンも落ち着いた息遣いで、すぐに眠りについたことがわかる。


それでも、なぜか私はすぐに眠ることができなかった。今日の楽しい時間が頭の中でぐるぐると回っていて、心のどこかにまだほんの少しの緊張が残っているのを感じる。布団の中で身じろぎをしてみたが、頭の中の思考は途切れることがなかった。


その時、微かに障子が開く音が聞こえた。私はそっと目を開けて見ると、リュウとマークが布団から抜け出して廊下へと静かに歩いていくのが見えた。どうやら眠れないのは彼らも同じらしい。


私はそのまま寝ようとしたが、どうしても気になってしまい、彼らが出ていった後の静かな部屋にただじっとしていることができなかった。そっと布団から起き上がり、静かに廊下へ出てみた。障子の外に出ると、リュウとマークが旅館の中庭に向かっているのが見えた。


私は彼らの会話を邪魔しないよう、少し離れた場所から様子を伺っていた。夜の空気はひんやりとしていて、心地よい風が頬を撫でていく。中庭には薄暗い提灯がいくつか灯っており、その光が池の水面に揺れる影を作り出していた。


リュウが池の縁に腰掛け、空を見上げながら話し始めた。「マーク、俺たち……これからどうするんだろうな?」彼の声には、いつもの強気な態度ではなく、どこか迷いが含まれていた。


マークはその横に座り込み、同じように空を見上げる。「そうだな……レオンのこともあって、なんか俺たちの旅は一段落した感じがするけど、実際はこれからが本当の試練なのかもしれないよな」


「レオンがいなくなったことで、俺たちもこれからどう進むべきかを考えなきゃいけない。でも、正直言って、俺はまだ彼の死を完全には受け入れられてないんだよ」リュウの声が少し震えているのが分かる。


マークはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと話し始めた。「俺もだよ。レオンが死んだ時、俺は何もできなかった。それがずっと胸の中で重くのしかかってる。あの時、もっと強ければ、もっと早く気づいていれば……そんなことばかり考えてる」


リュウは小さく頷き、手で池の水を軽く触った。「あいつがいなくなってから、俺たちは前に進むことを決めた。でも、進むほどに彼の存在がどれほど大きかったかを思い知らされるばかりだ。レオンがいたから、俺たちはいつも安心していたんだと思う。だけど、今はそのレオンがいない……」


「そうだな……レオンが俺たちを守ってくれてたんだ。気づかないうちに、彼の影に守られてたんだと思うよ。でも、だからこそ、俺たちは彼の意思を継がなきゃならないんだろうな」とマークが静かに語りかける。


リュウはため息をつき、夜空を見上げた。「俺たちは強くならなきゃいけない。彼のためにも、自分たちのためにも……だけど、それが簡単じゃないのは分かってる。これから先、何が待っているのか、正直不安なんだ」


マークは少し考え込んだ後、真剣な声で言った。「でもさ、俺たちにはまだ希望があるよ。レオンが残してくれたものがある。彼が守ろうとした世界、彼が信じた未来……それを俺たちは守っていかなきゃならないんだ。たとえ辛くても、俺たちには彼の分まで生きて、そして戦っていく力があるんだよ」


リュウはその言葉にじっと耳を傾けていたが、やがて静かに頷いた。「そうだな……レオンがいなくても、俺たちはやらなきゃいけないんだ。彼が命を懸けて守ろうとしたものを無駄にはできないからな」


二人の会話が少しずつ沈黙に変わり、ただ夜の風が中庭を吹き抜ける音が聞こえた。彼らが話している間、私は静かにその場に立ち尽くしていた。リュウとマークの言葉は、私の心にも深く響いていた。私たちはこれからどう進むべきか、彼らと同じように悩んでいたからだ。


その時、マークがふと笑いながらリュウの肩を軽く叩いた。「でも、今はとりあえずこの温泉でしっかり休もうぜ。明日のことは明日考えればいい。今日はとにかく、ゆっくりする時間だろ?」


リュウも少し笑いながら、「確かに。今は休むことが一番だな。あんまり考えすぎるのもよくない」と、肩の力を抜いた。


その瞬間、私の心も少し軽くなった。彼らの言葉に救われた気がした。未来のことは確かに不安だけれど、今はただ、今この瞬間を大事にすればいいんだと。私たちは今、この場所で休んでいる。それだけで十分なんだと感じた。


私はそっとその場を離れ、再び布団へと戻った。リュウとマークがまた部屋に戻ってくるのを感じながら、私はゆっくりと眠りについた。彼らの温かい言葉が、私の心に静かな安心感を与えてくれた。静かな夜が続き、提灯の柔らかな灯りに包まれながら、私たちはそれぞれの思いを胸に抱え、眠りへと落ちていった。

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