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33. 温泉

カレンドラの旅館に到着した私たちは、さっそく温泉に入る準備を始めた。

長い旅路と、戦いの疲れが体に蓄積されていたため、温泉に浸かるという考えだけでも少しだけ活力が戻ってくる気がした。

広い和室に案内され、それぞれが浴衣に着替え始めると、部屋に温泉の湯気が届くような穏やかな空気が流れてきた。


「お前、浴衣くらいちゃんと着ろよ」とリュウが、浴衣の着付けに手間取っているマークをからかいながら、肩を叩いた。

マークは帯を適当に締め直して「大丈夫、大丈夫。こんなもんだろ」と笑い飛ばすが、その様子を見たアリスが軽くため息をついた。


「もう少し身だしなみを整えなさいよ。温泉旅館に来ているんだから、最低限の格好は大事よ」と、冗談混じりに注意を促す。

アリスの表情には、少し緊張がほぐれた様子があり、私も安心した。普段の戦闘中の張り詰めた空気が、温泉の話になると一瞬にして解けていくのがわかる。


「まあまあ、せっかく温泉に来たんだし、少しくらいだらしなくてもいいだろ」とリュウが笑いながら、アリスの横に立ち私たちは全員で温泉へ向かう準備が整った。


外に出ると、温泉街の夕闇が深まり、旅館の周囲にはぼんやりと提灯が灯されていた。

ぽつぽつと湯気が立ち昇り、夜の静寂の中で風が心地よく感じられる。温泉へ向かう道を進むうち、私たちの間には心地よい期待感が漂っていた。


「ここが温泉か……」とリュウが感嘆の声を漏らしながら、露天風呂の広大な景色に見惚れていた。

湯船からは遠くの山々が一望でき、涼しい風が私たちを包み込む。


「これはもう、最高のリラックスだな!」と、マークが声を弾ませ、早速湯船に飛び込みそうな勢いで足を進めた。

しかし、その直後、アリスが案内看板を指さしながら眉をひそめた。



「ちょっと待って、これ……混浴よ」



その一言で場の空気が一変する。リュウとマークは一瞬驚き、同時に「え?混浴?」と声を揃えて反応した。


「本当よ。この旅館、露天風呂は男女一緒に入るみたい」とアリスが真剣な表情で説明する。彼女の顔には既に温泉への期待が消え、代わりに困惑が浮かんでいる。


「いや、待て待て。混浴なんて聞いてなかったぞ」とリュウが焦り気味に言いながら、あたりを見渡す。

私も思わず同じように看板を見て、「えーっと、どうする?後にする?」と声をかけたが、状況は変わりそうにない。


「まあ、別に問題ないだろ?温泉に入るだけなんだし、そんなに気にするなよ」とマークが肩をすくめ、まったく気にしていない様子を見せた。


「いや、気にするだろ!」とリュウが真顔で突っ込み、アリスも「そうよ、普通気にするわよ!」と苛立ちを隠せず同調する。


「じゃあ、私は後で入るから、先にみんなで入ってきて」と、アリスが顔を少し赤くして湯船から一歩引こうとした瞬間、ガイデンが静かに彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫よ、アリス。こういうのも旅の一興よ。心配せずに楽しみましょう」と、年配のガイデンが優しい笑顔で言うと、アリスも少し安心したような顔を見せた。


「まあ……ガイデンがそう言うなら……」と、アリスは気まずそうにしながらも湯船の方へと向き直り、私たちも次々と湯船に浸かっていった。


しかし、リュウとマークが明らかに落ち着かない様子を見せた。

普段の戦いでは冷静沈着なリュウですら、頬が少し赤くなっている。男性陣がドキドキしながら視線を泳がせる姿が、何とも可笑しい。マークは一瞬アリスに目を向けたが、すぐに目をそらしていた。


「おい、マーク、何か変だぞ」とリュウが小声で言うと、マークは慌てて「いや、別に何もない。温泉が熱いだけだ」と焦って答えた。


「そう?なんか二人とも落ち着きないわよ?」と、アリスが少し不思議そうに言う。


「そ、そんなことないよ。ほら、リラックス、リラックス!」リュウは無理に笑いながら、湯船の底を見つめていた。


私もその様子を見て、「やっぱり混浴って緊張するものなのかもね」と言いながら、二人の動揺した様子に思わず微笑んだ。


「いや、まあ、タオルがあるし、そんなに気にしなくても……」リュウが言いかけたが、顔が赤くなっているのは明らかだった。


「本当に、みんなリラックスしてる?」と私が冗談を言うと、全員が一瞬沈黙し、そして笑いがこぼれた。


「いやぁ、これは……最高だ」とリュウが湯の中に入りながら大きく伸びをし、その瞬間から疲れが徐々に消えていくのを感じている様子だった。


「ふぅ……本当に疲れが取れていくな。こういう場所、もっと早くに来るべきだったかもな」とマークも同じように、肩までお湯に浸かりながらリラックスしていた。


私は周囲の湯気に包まれながら、戦い続きの日々が少しずつ遠ざかっていく感覚を味わった。温泉の温かさが、体中にしみわたり、自然と息が深くなっていく。


「みんな、気をつけてね。あんまり長く浸かりすぎるとふやけちゃうわよ」とガイデンが笑いながら注意を促すと、マークはお湯の中に顔まで沈めそうになりながら「ふやけるってどういう感じなんだ?」と首をかしげた。


「いや、あんた本気で言ってるの?本当にふやけるわよ!」アリスが冷たい目で鋭く突っ込むと、マークは「まあ、ふやけても温泉だしな!」と全く気にしていない様子で返事をした。


そのやりとりに、リュウは肩をすくめて笑い「こいつは本当に気にしないやつだな」と軽く頭を振った。


温泉の湯気が立ちこめ、外の風景が霞む中、私たちは互いに笑い合いながら、しばしの休息を楽しんだ。時折、リュウとマークが軽口を叩き合い、アリスも含めて冗談を交わすその光景が、これまでの緊張を解きほぐしていった。


しかし、突然マークが「ちょっと誰か背中を流してくれよ」と声を上げた瞬間、場が一瞬ピリッとした空気に包まれた。


「おい、さすがにそれは自分でやりなよ」とリュウが真顔で突っ込み、アリスも「本当にもう…」とため息をついたが、マークは「まあまあ、リラックスしてるんだから、ちょっとくらい手伝ってくれよ」とおどけて言い、結局リュウがしぶしぶ手伝うことに。


そのやり取りに私は笑いをこらえきれず、「仲がいいんだか、悪いんだか」と笑いながら、アリスと目を合わせた。アリスも「ほんと、いつもこんな感じなんだから」と笑っていた。


そんな何気ない時間が、私たちにとってかけがえのないひとときになり、温泉の中でのドタバタ劇は続いた。温泉の湯気に包まれながら、私たちはしばしの間、日常の緊張感を忘れてリラックスし、笑い合った。

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