部屋での異変
ふと書きながら思ったのですが、こういうホラー的なものは短編にして一つに出す方がいいのかもしれないですね。雰囲気が大事なジャンルなのに途中でぶった切っちゃうってのは……ミスかもなぁ。
始まりは二本の白髪からであった。
「あら」
と、女は鏡を見ながら一本の真っ白な毛を引っ張り上げる。
「ふん」
と不機嫌そうな表情になってから、女はそれを勢いよく抜いた。プツリと呆気なくそれは抜けた。女にとっては初めての白髪だったから女は自らの加齢を感じたが、別にそれ以上のことは感じなかった。この女は美貌に関してはそこまで繊細でなかったから、自分の身に白髪が出ようがニキビが出来ようが心を痛めることはないのであった。
男の方にもちょうど同じ日、白髪が一本出来上がっていた、やはりそれも男にとって初めての白髪であった。男はかつて赤子を殺したその指で、それを思いっきり抜き取る。プツリと呆気なくそれは抜けた。
二人はこのような些細な、しかし人によっては老齢の証明となり騒ぎになる、そういうこの話題を一切持ち出さなかった。二人ともお互いの事に興味は無い、人間に興味は無い、老齢に興味は無い。
「俺は出掛ける」
そうして男は金を稼ぎに出掛ける。
「私も出掛ける」
そうして女も金を稼ぎに出掛ける。
二人の人間がいなくなった寂れた部屋では、空気さえも寂れて冷え固まっているようだった。本日は陽が出ていて天気が良いのに、まるでこの部屋の窓を通して光が屈折してしまっているかのごとく、部屋は薄暗く静かに、佇んで沈黙を語るばかり。
…ツボが。
部屋の、部屋の片隅にある、押入れ。
その押入れのふすまが、ザーっと、勢いをつけて開いた。開いたふすまのその奥の暗がりで、ツボが蓋で閉じられている。
ごぞ、という音が鳴った。やけに大きく、何かが蠢くように。一度だけではなく、また、ごぞ、と鳴り。それからしばらくしてまた繰り返し鳴る。
ごぞ。
部屋の中に、染みだらけの人形がいくつか置かれている。赤子をあやすための人形、或いは女の趣味で部屋に置かれた人形。
その一つにウサギの人形がある。ボタンがいくつも付いている真っ赤な洋服を着ていて、そしてそのウサギの両目も真っ黒なボタンで作られている。
布で縫われている、ウサギの両目。
ごぞ。
―――鳴り響くと同時に、いや、一拍は置いたかもしれない。
……ぶち……ぶち……
ウサギの両目が生々しい音と共に弾け飛んだ。弾け飛んで宙を舞って、痛々しく緑青色の絨緞にそれは横たわる。
明るく照らされるはずの屋内が、奇妙な色彩の屈折を見せ始める。そのどれらもが何かをウッタエカケル苦しみであるかのように、曲がりくねってひん曲がって……何を訴えているのだろう……屈折は瑠璃色に替わったかと思えば青紫色に替わり、藍色、赤紫色……薄気味悪く、捻じ曲がってどろりと陰湿に空気を汚す。
そして弾け飛んだ真っ黒のボタンが、何か、見えないモノにゆっくり……ガリガリ……ガリガリ……耳につんざくようなそれと共に、ボタンはゆっくりゆっくり、この世界から姿を消した。




