赤子を殺す親
先日ニュースを見て、参考にしてこれを書きました。
僕がこういう家庭に育ったわけではありません。
都内にある一つの朱色のマンション、そこにある一室。男と女とその子供である一歳の赤子がいる。
男 が拳を振り上げて、勢いよく女の鳩尾にそれがめり込む。女は嗚咽してからしばらく地面にうずくまる。女は反撃をする素振りも見せない。男は拳だけでは足り ないのか、どうなのか知らないが蹴りも入れた。蹴りは女の鳩尾を再び締め上げて苦しめた。女は一瞬呻いたがその後には長い髪の 毛を地面に垂らすだけで、微動だにしなくなる。それを見つめる男の子はまだ赤子で、いまだ一歳だから、目の前で起こっていることが何を示しているのか理解 できていないだろう。しかし、ある程度はわかっているのかもしれない、赤子は顔を破裂しそうなほど赤らめて大声で泣き喚き始めた。「ヴゥえええええええ」 と赤子なら ではの周囲のことを一切考えない喚き声に暴力的な男は速やかに反応した。暴力をされた女は鳩尾が痛むのだろう、赤子の泣き声など耳にも入っていない様子 で、体を震わせている。「おい、ぎゃあぎゃあ喚くんじゃねえよ」男は赤子の喚きが気に入らなかったらしい。それはそうであろう、女を殴る者が赤子の喚き泣 きなどという やかましい音に耐えられる理由は無い。男は地面に転がっている赤子を拾い上げて弄ぶようにギュッと首を絞めた。1歳を弄ぶのだから絞めるというよりはまる で持つといった風だったかもしれないが、赤子の顔つきは今にも破裂寸前であるかのように赤みを帯びた。ようやく鳩の暴れが収まったのであろう女がその様子 を虚無的な 目で見つめた、が、次の瞬間には何か快楽を貪るかのような鬼の表情を作った。そして女は男に「もう、殺しちゃってよ」と懇願した。当然その言葉は男に、赤 子を殺してほしい、と願うものであったろうが、それを言われた男は別に何とも無い顔つきで、その意見に賛成なのだろう、うんとも寸とも言わぬまま赤子を弄 ぶことを続けていた。その赤子を弄ぶ男の顔つきは冷酷なほど白く、その様子を見つめる女も暴行を受けたばかりにしては白かった。これから食べる新鮮な魚をどう捌くか想 像している悪鬼、二人、それがまだ幼い人間の子供の柔らかいもち肌に冷えた視線を向けて、冷えた暴力を与える。
この光景は、この一室では日常的に行われていることに過ぎないから、男と女にとっては違和感の無い日々の一つであり、また快楽でしかない。気の毒なのはそ の餌にされているこの赤子であり、赤子自身、この男と女から自らが生まれ出でてきたなどということを信じることはきっと生涯できないに違いない。といっても 赤子にし ては輝きの少ない目つきややつれた体から察するに、彼の生涯がもうすぐ終わりを告げることは明らかだった。赤子が悲しみを知る前に喜びを知る前に怒りを覚 える前に、きっと彼の命は力尽きる。
「これをこうして」と言いながら男は赤子の額を窓ガラスに擦り付けた。彼の額を雑巾変わりにしているつもりなのだろうか、大きめの窓ガラスを万遍なく額で 磨かせた。男は頬を引きつらせてワラッテ、そして女もそれを見てワラッタ。そして赤子はいつの間にか死んだ。あるとき男が『首を持つ』のではなく『首を絞めて』しまったから、赤子の喉は空気を肺に運ばなかった。赤子は真っ青と言えるほどに青白かったが普段よりも安らかな顔つきだった。冷徹な二人は赤子の遺体をツボの中に入れた。ちょうど男の目の前にツボがあったから入れた、そしてぴったりはまる蓋をツボに置いて遺体の腐臭が漏れないようにした。それから何ヶ月かしたら二人とも死体のことは忘れた。ツボから腐臭が漏れてくることもなかったし、近隣や知り合い等にも上手くごまかしているから、二人が警察に捕まる可能性は低いようだった。ツボは暗い部屋の中で静かに佇み、一センチも動きやしない。だから、赤子の死を泣くものはいない。
「ようやく死んだ」「死んだ、死んだ」




