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第4話 求愛の理由は残酷で──

 唐突なプロポーズに、心の中で叫んでしまった。勘違いじゃなかったらしいが、それにしても突然すぎる。


「え、あの、お客様……」

紫苑(しおん)と呼んでくれ」

「ええっと、紫苑様」

「様はいらない」

「そう言う訳には……」

「壁を感じるので、『様』呼びはやめてほしい……」

(しょんぼりして……目を伏せただけなのに、申し訳ない気持ちになる……)


 あまりにも切実に訴えてくるので、無下にもできず「紫苑さん」と呟く。

 紫苑さんは頬を赤らめて、ふにゃりと笑った。


「!!?(何ですか、その笑顔は!)」

「小晴、……それで告白の返事はどうだろう? 一考してくれないだろうか?」

「その、とても嬉しい申し出なのですが、ごめんなさい。仕事で今は精一杯でして、恋愛に割く時間が──」

「私が嫌いだから、怖いから、ではなく?」

「怖い? 怖いぐらい綺麗ではありますが」

「小晴のほうが綺麗だし、美しい」

「……! ええっと、それに貴方のような素敵な方が、私なんかとは不釣り合いですし……!」

「小晴」


 丁重にお断りしようとしたが、蕩けるような甘い声音にドキリとしてしまう。紫苑さんは目を輝かせて、そっと私の髪に触れた。ここに私が実在しているのを確かめているようにも思えた。


(き、距離間が可笑しい! そして何だか白檀のようないい匂いが……! ──ってそうじゃなくて……)

「私は小晴の傍にいたい。こんな気持ちになったのは生まれて初めてなのだ」


 熱烈なアプローチは止まることを知らないのか、どんどん過激な発言が増す。


「そ、それは……光栄なのですが(こんな素敵な人からの告白なんて信じられない)」

「たくさん甘やかせて、愛情を注いで、私も小晴から褒美がほしい」

(甘いセリフに酩酊しそうなのですけれど! 黒服の人たち助けて!)


 黒服の人たちに助けを求めたが、すぐさま視線を逸らされてしまった。私が紫苑さんから視線を外したことが癪に障ったのか、悲しそうな顔が視界に入る。というか更に距離を縮めてきたので、視界には彼しか移らない。


(何ですか、この状況!? 新たな拷問!?)

「余所見をしないでほしい。……傷つく」

「それは、ごめんなさい」

「私が嫌い?」

「嫌いというわけでは、ないです。お客様ですし。私の飴を美味しいと言って頂けただけで嬉しいです。ただ……」

「ただ?」

「貴方のように綺麗な人から言われ慣れてない言葉ばかりだったので、戸惑ってしまうというか……」

「そなたは美しくて綺麗だ。他の者が気づかないとは愚かなことだ」


 嫌いじゃない、と分かった瞬間の笑顔が眩しすぎる。


「何より小晴の飴は、食べただけで邪気を祓うことができる。特別で、けれどそれだけではなく、私の心を一瞬で奪っていった」

(邪気? 祓う? 何だが宗教関係のワードがでてきたような?)


 どうにも紫苑さんの言葉に引っかかりを覚えるものの、情報量が多すぎでパンクしそうだ。初対面なのにこうもぐいぐい来られると、対応に困ってしまう。


(いつもの地上げ屋とは違って、好意的だから?)

「小晴、どうか私の花嫁に──」

(こんな夢みたいなことがあるなんて……)


 ずっと一人で頑張ってきて、それでもめげそうな時に、こんな綺麗な人に優しくされたらコロッと騙されてしまいそう。


(騙され──?)

 

 ハッとして顔を上げた。

 顔立ちの整った紫苑さんは好意的な視線を向けたままだ。それが本心からか、あるいは演技なのか、私には判断が付かない。

 けれど私みたいな何の取り柄もない小娘を、ボディーガード(?)付きの優良物件が本気で相手にするはずなんてない。何か裏があったとしたら──。


『ああやって情に訴えればコロッと騙されるのも時間の問題だ。その為なら一度か二度デートに付き合うのも、寝てもいい。そうすれば固く閉じた心も緩んで、ええ、多少時間は掛かりますが、計画通り店と土地の権利書を手にさえすれば──』


 この二年の間に、仲良くなった常連さん。

 ただそれは私を油断させて、店を手放すのが目的だった。この土地を欲しがっていたのは何処かの御曹司で、グループ会社だと言っていたのを思い出す。


(もしかしたら、この人たちがグループ会社の御曹司? ボディーガードもいるし、世間ズレしている雰囲気なのも……)


 違和感の正体が解けた瞬間、自分の馬鹿さ加減に怒りと呆れと、胸が酷く痛んだ。

 酷く惨めな気持ちにもなったし、浮かれていた自分が恥ずかしい。泣きそうになったが、仕事中だと、グッと堪えた。


(そうだ、あの地上げ屋とホテルの支配人ならやりかねない!)

「小晴?」


 心配そうに顔を覗き込む姿も、労いも全部は演技で、情に訴えるつもりなのだろう。そう結論が出た瞬間、泣きそうなほど悔しくて腹立たしい。


「帰って下さい。そうやって情で絆そうとしても、この店は譲りません!」

「え? 小晴?」


 紫苑さんの背中を押して店側に戻し、黒服の人たちを睨んだ。弱り切った私にできる精一杯の足掻きだ。


「あの地上げ屋が失敗したから、今度は直接乗り込んで……懐柔作戦ですか。……そうまでしたとしても、絶対に権利書は渡しませんから!」

「こは」

「何か勘違いしているようですが」

「帰ってください!」


 言葉を遮って、アタッシュケースごと店の外に追い出した。紫苑さんは酷く傷ついたのか、あるいはこんな小娘に演技を見破られたことがショックだったのか、途中から顔を俯かせて固まっていた。


 黒服の人たちは私に暴力を吐くこともなく、紫苑さんが帰るのを促してくれた。「お館様が暴走したようですみません」と眼鏡の方が頭を下げて代金を支払おうとしたので断った。

 もし金銭を受け取ったら、後でまた言いがかりを付けてくる可能性だってある。

 気丈に振る舞おうとしても、声が震えてしまう。


「結構です。お引き取り下さい」

「……日を改めて謝罪にお伺いします」


 眼鏡の男の人は次の約束を取り付けるところまで粘った後、帰って行った。誰もいなくなった途端、一気に緊張が解けて、へなへなとその場に座り込むんだ。


 何度自分は同じ手口で引っかかりそうになるのだろう。あまりにも迂闊すぎる。

 惨めな気持ちが押し寄せてきて、泣きそうになったが何とか堪えた。


(……ほんと、ちょっと好意的な言葉をかけられただけで本気にして、浮かれるなんて……。浅緋を信じて裏切られて、次に常連さんを信用して……騙されそうになった。その次は紫苑さん……。本当に男運がない)


 楽しかった時間が一瞬で最悪な日に塗り変わった。外の雪も酷くなってきたので、客の見込みも絶望的だろう。


(今日は早めに店を閉めてしまおう)


 胸のチクチクした気持ちを誤魔化すように私は立ち上がった。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

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