第36話 聞いていたのと違う!
その日の夜は、武家屋敷に戻ってまったり──していなかった。
(紫苑とのクリマスプレゼントやデートプランの話をしようと思っていたのに! 何この殺伐とした空気!)
騙された、詐欺だ、と心の中で叫びながら私はとある会合に参加していた。
十二月は師走という名称があるのは有名だが、他にも、極月、窮月、限りの月、除月、梅初月、春待月などがある。
年の最後の年と言うこともあり、様々な厄が剥がれて浮遊あるいは集まりやすい時期でもあるらしく、守護者や加護あるいは祝福の薄い者は《障り》の影響を受けるという。それは神、妖怪やら精霊、妖精、人間と種族に例外はなく自衛をする必要があるらしい。
そこで私の守護者問題が浮上した。
紫苑の婚約者になったタイミングで、守護者の入れ替え時期になったという。守護者とは、脆弱かつ影響を受けやすい人間の傍にいる者たちの総称らしい。人間の成長と環境、資質と魂の彩りによって適した守護者が付くことが多く、一席から複数の席を設けるとか。
『小晴の前任者は木霊だったのだけれど、転機にあわせて離れたようだ。次の守護者を決めるため、少し時間を空けてくれると嬉しい』
という紫苑の言葉に「分かりました」と気楽に答えた自分を呪ってやりたい。
イメージとしては友人紹介みたいな、ほのぼのとした顔合わせ雰囲気の中、守護者になる旨を宣言するものだと思っていた。というか今まで人生の転機はいくつもあったが守護者とやりとりしたことはもちろん、意思疎通やら承諾などしたことはない。
それも紫苑曰く「基本は気に入った人間の守護に付くけれど、稀人かつ私の婚約者となる以上、高位の者を守護に付けておいたほうが安全だろう」とのことだった。
(まあ、前回のホラー展開を回避できるのなら、やぶさかではないのだけれど!?)
とまあ、そんな感じであれよ、あれよと場を整えられて現在に至る。
客室用の襖を取り外した二部屋、おそらく三十畳ほどの和室の上座にいる。少しの段差があり、御簾の向こうには五十人ほどの人外が座布団に座ってこちらを見ている。
(視線が辛い。いくら《織り姫の羽衣》で存在が希薄化されていたとしても、向けられている視線が痛い。これ魂削られてない? 明らかに強そうな妖怪やらうじゃうじゃいる……。人型もいるけれど、何故に武装? 鎧武者とかいっぱいいるの!?)
「小晴。怖いなら、手を繋ごうか?」
隣に座る紫苑は表情を削ぎ落とした人外らしい風貌と雰囲気を纏っていたのに、私を見るとへにゃりと微笑む。
『あの方が笑った?』
『明日は世界規模の災害が起こるんじゃ?』
周囲はざわついているが、私のよく知る紫苑だ。気遣ってくれたことが嬉しくて、「うん」と小さく頷いた。
(この状況に追い込んだのは間違いなく紫苑なんだけど、元々は私のことを思っての行動だし……何より、その笑顔はずるい)
紫苑の優しさに甘えることにした。手を繋ぐと温かくて緊張が嘘のように溶けていく。この温もりがある限り、自分は安心だというのを学習したからだろうか。
中々に血の気の多い連中が多くピリピリした空気だったが、進行役の右近さんは物怖じせずに今回の会合の指揮を執るべく口を開いた。
「本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。早速本題となりますが、柳澤小晴様の守護者について枠組みと参加方法を開示します。……お館様」
ざわついた空気がピシッと凍りついた。御簾越しだがみな紫苑に視線を向ける。
「みな、本日は妻となる小晴のためによく来てくれた。小晴の守護前任者では今後生活に支障を出すだろう」
(ん? 支障とか聞いてないけれど……思ったよりも深刻? ……妻!? こ、婚約者じゃないの!?)
紫苑に視線を送るが、いつものように笑うことなく、感情を削ぎ落とした顔をしていて──とても凛としていてかっこいい。
「小晴の身の安全を第一に考え、今回は守護者の枠を三席つくることを許可した」
(初耳! 守護枠って増やせるものなの!?)
「今後、彼女は幽世でも飴細工職人として仕事を続けるので、希望する者はそれなりの恩恵を得るだろう。だが、万が一にも小晴を害することを目的に参加するのであれば、その場で私が消し炭にする」
(最後完全に脅し!)
ほの暗い暗闇の双眸に、その場にいた豪傑な者たちも息を呑んだ。
呆れてしまったのか。それとも私のようなただの人間を守護したいと思う変わり者が存在するのだろうかと、不安が過ったのだが──。
「あの天才飴細工職人の守護!」
「是非とも某が! そしてあの甘美な飴が食べたい! 抽選であと三年待ちだからな!」
(天才!? 抽選って何!?)
「いや稀人の守護とは光栄至極! その上、あの神々を悶絶させた飴細工職人なら願ってもない!」
「鬼の宴で度胸と天賦の飴細工の才能を見せたと聞き及んでおるしな」
「うむ! 楽しみだ! 芸術品として眺めるもよし、花火のように一瞬で口の中で溶ける贅沢を味わうのもまた一興」
(予想以上に好印象!? どういうこと!? 幽世での私の評価がとんでもないことになっているんですけれど!? 鬼の宴? 神々を悶絶したとか知らないけれど!)
「それでは今から十五分後に受付を締め切り、審査内容の詳細をお伝えします」
ここで一度説明を終えて、受付するかどうかを決めるらしい。雑談やらなにやら声が聞こえるが、御簾と防音術式が展開してあるのか周囲の声が遠のいた。
(絶対に私じゃないと思うんだけれどな。……私以外にも有名な飴細工職人はいるもの)
「ふう」と吐息を漏らすと、紫苑がくすりと微笑むのがわかった。先ほどの無邪気な笑顔とは異なり、男性的で色めいた笑みを浮かべている。
「言っただろう。小晴はすごいのだと」
「あ、あれは私ではない誰か別の飴細工職人ではないですか?」
「どうだろう? でも彼らは適当なことは言わないからね。君が知らない間に幽世で、奇想天外な行動をしても不思議じゃないよ。夢を通してこっちにきたことだってあっただろう」
「そ、そういえば、そうでした……」
もしかしたら幼い頃に見た夢も、幽世でのことだったとしたら、心当たりはなきもない。たぶん。




