第3話 番になってほしい
ボディーガードと思われる二人に店番を頼み、店と繋がっている工房で飴細工造りを披露することになった。幸いにも今日の午後に使う予定だった飴細工のストックがある。
六人掛けのテーブルに用意して早速始めた。
飴を温めると柔らかくなるのとは言え、鍋から出して数分で造形を終わらせなければならない。棒の先に付けた丸い飴をハサミで切って、伸ばし形を整えていく。
慣れた手つきで形を整えて作り上げる一時は集中するため、周囲から音が遠のくことがある。だから店番をしつつ作業するという器用なことができない。
「できました。こちらが金魚で、次に薔薇、狐に鳥さんです。リクエストがあれば物によっては作りますよ?」
「美しい」
「え、あ、ありがとうございます。……私もこの透明感のある飴細工は、綺麗にできたと思ってます!」
私に向けられた青紫色の瞳は熱を帯びていて、こちらがドキドキしてしまうほど人を惹きつける。危うく自分に向けられていると誤認しそうになった。イケメンは本当に役得だと思う。
「本当に綺麗だ。……龍、あるいは蛇は作れたりするのか?」
「はい。大丈夫ですよ」
とぐろを巻いているものからいろんな形の白蛇を作ってみた。最初は石榴色の瞳にしてみたが、なんとなく青紫色の瞳にしてみた。
「いかがでしょう」
「可愛い。見ていて楽しい」
「!?」
その可愛いは飴細工のことを言っているのに、なぜが自分に向けられたような気がしてドギマギしてしまう。
「味見をしても?」
「はいどうぞ」
棒を外した蛇の飴の一つを口に含む。その仕草だけでも見蕩れてしまうほど美しい。
「ん、美味」
幸せそうに飴を頬張る偉丈夫が小さな子供のように微笑むので、可愛いと思ってしまった。格好よくて、色気が半端なくて、眩しい笑顔から無邪気に笑う。表情がコロコロ変わる人だ。
店に入ってきたときの無愛想な顔が嘘のようだ。
「喜んで貰えて嬉しいです」
「そなたの名は?」
「あ、えっと、柳沢小晴です」
「小晴、よい名だな。ますます気に入った」
「は、はぁ。ありがとうございます」
口元をほんの少し綻ばせただけで、好意を持たれたんじゃないかと勘違いしてしまうほどドギマギしてしまう。
ただ彼は飴細工が物珍しいだけだ。そう脳内で何度も言い聞かせている間に、彼は私のすぐ傍に佇んでいた。
(テーブルを挟んで居たのに、いつの間に!?)
「これで足りるだろうか」
眼鏡を掛けた男の人から偉丈夫はアタッシュケースを受け取り、私に渡してくる。ずっしりとしたその重さに硬直する。
(このアタッシュケースの中身って、お札? いやいやいや、そんなドラマのようなことが──)
「相場が分かりませんでしたので、言い値の額が入っております」
「!?」
眼鏡を掛けた男性は、キリリと答えた。いや何その答え、怖いのですが。
アタッシュケースの中身の確認をする前に、更なる爆弾を投下してきた。
「一目惚れだ」
「ふぇ?」
彼は私の手に触れた。あまりの展開に固まった。青紫色の瞳は獲物を見定めた獣のように私を捕える。
「小晴のすべてを食べ尽くしたい」
「……へ?」
美形でちょっとはにかむだけで、心臓がドギマギしてしまう彼は「小晴のすべてを食べ尽くしたい」と発言したのだが、私は慌てて店番を任せた黒服二人に視線を向ける。
(幻聴ってことは──)
二人ともこの偉丈夫の言葉が聞こえたようだったので、私は全力で顔を横に振って助けを求めたのだが──。
「ちょ、お館様!?」と爆笑する赤毛と、「言葉が足りなさすぎる」と溜息交じりにダメ出しする眼鏡。「食べ尽くしたい」と言うのは私ではなく、「飴細工」なのだろうと解釈する。
(きっと無類の甘い物好きなのだわ! 私の作る飴細工に一目惚れしたということに違いない!)
危ない、危ない。
私自身がほしい、と一瞬でも勘違いした自分が嫌になる。もっとも誤解を招くような言い回しをした彼にも多少なりとも責任はあるとは思う。手の甲にキスなんて、それこそ勘違いしてしまってもしょうがない。
「(もしかして、異国の変境地に住んでいたとか?)……ええっと、店においてある飴細工を気に入って頂けたのは嬉しいです」
「失敗した。……言語化が難しい」
「ひゅ」
顔を真っ赤にして、恥じるような甘い視線に、私も熱が伝染しそうだ。
「ええっと……」
「小晴に一目惚れをした……」
「え?」
「ずっと傍にいたい。番になってほしい」
「つ、つがい?」
「伴侶という意味なのだが……」
私が困惑して色よい返事をしていないせいか、どんどん彼の言葉が直球な物言いに変わっていった。その速度に私の心は追いつかず、目をぱちくりしてしまう。
「小晴、好き。愛している。……私の花嫁になってくれないか?」
(え、ええええええええ!?)
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