『横浜買い出し紀行(前編)』
それは大型連休も真っ只中の五月の初めの事だった。
その日、夏川琴美は、横浜駅西口の私鉄改札前にいた。級友の楠音羽、羽音姉妹と買い物をする約束をしていたからだ。二人が服を買いに行くというので、それに便乗する事にしたのだ。
円柱状の柱に背中を預けた琴美は、胸にキャラクターが描かれたTシャツに白地に花柄のミニスカート、それにシャツを羽織り裾を胸の下で結ぶという格好で、学校にいる時は地味な色が多いツインテールのリボンも、今日は明るめの色で飾っている。楠姉妹と外で遊ぶのは初めてだったので、オシャレにも気合いを入れたのだ。
しかし、華やかな装いとは裏腹に、表情は冴えなかった。
「まだかな……」
既に待ち合わせの時間が三十分以上過ぎているのに、二人がまだ姿を現していなかったからだ。時間少し前に『遅れる』とメールがあったきり、こちらからの返信にも音沙汰がなかった。
携帯電話を取りだしてもう一度、着信を確認しようとした時、改札の向こう、ホームへと続く階段から大勢の人が降りてくるが見えた。どうやら電車が到着したらしい。
「あっ……」
その先頭に、琴美は待ち合わせの相手を見つけた。軽くウェーブのかかったサラサラの髪を振り乱しながら、汗を飛び散らして焦った様子で階段を駆け下りてくる羽音の姿を。
定期券を自動改札機に叩き付けるように当てた羽音は、そのまま勢いよく改札を抜けると琴美の前までやってきた。
「はぁ……はぁ……ご……ごめん!」
前のめり倒れそうになるのを膝に腕を置いて支えながら、息を切らした羽音は本当に申し訳ない指そうな顔で謝った。遅いよ、と笑顔で怒ってから、琴美は羽音の後ろを見回した。
「あれ? 音羽ちゃんは?」
と、羽音は、呆れた表情で投げるように言った。
「……あっさり諦めた」
「えっ? 来ないの?」
琴美は目を大きく見開いて驚いたが、羽音は直ぐに首を横に振って否定する。
「ううん。そうじゃなくって……」
それから肩を竦めて、改札の向こうを見た。
「走るの」
そこには、人混みが去った後の階段をほんわか笑顔を浮かべて、ゆったりとした足取りで降りてくる羽音と瓜二つの顔をした音羽の姿があった。
音羽と羽音、二人は双子姉妹だった。