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【羽音の想い】
「……あたしは嫌だな」
不意に目を伏せた羽音は、寂しげな声で呟いた。
「好きな娘が、誰かとキスするのは……」
今日の稽古での事が思い出される。
”僕だって、君の事を……”
一歩、前に踏み出した音羽が、藍子の腰に手を回し、そのまま自分の方へと抱き寄せる。それだけで、羽音は胸が痛くなった。
”きっと君が僕を好きになる前から、ずっと好きで……”
熱い視線で藍子を瞳を見つめて甘い声で囁く。羽音は、目を背けて耳を塞ぎたくなった。自分の好きな人が、自分でない誰かにそんな言葉を言うところは、見たくも聞きたくもなかった。
なのに、音羽はゆっくりと藍子の唇に、自分の唇を近づけて…………、
「……!」
気が付くと羽音は拳を強く握りしめていた。眉はつり上がり、目には殺気が宿っている。背中からは、黒いオーラが燃えさかる炎のごとく沸き上がっていた。
(演技に託けて、あたしの前で堂々と……!)
このまま拳を振り上げて、音羽の頭を思いっきり殴りたい衝動に駆られる羽音だった。