『役者達』
それは大型連休も間近に迫った四月下旬の事だった。
その日、掃除当番だった楠羽音は、遅れて所属する演劇部の部室へと入った。
中には既に誰もいなかった。私立山手女学館中等部の演劇部は今週末に春の公演を控えていて、二年生と三年生は仕上げの稽古の為に講堂へ行っている。まだ入部して間もない一年生は稽古には参加せず、今日は屋上で発声練習をしているはずだった。
「遅くなっちゃった!」
秋の文化祭公演が三年生中心なの対して、春の公演は二年生が中心で行われる。しかし、羽音は副部長であり端役でも出演するので、一刻も早く講堂に行って稽古に合流する必要があった。
誰もいなかったので、焦りながら制服を脱いでインナーとスカートも脱ぐ。そして、稽古着代わりの体操着を被りジャージを履く。と……、
”ガラッ!”
「お、遅くなりましたっ!」
慌てた声と共に勢いよく扉が開いた。同時に、ストレートの長い黒髪と揃えた前髪、それに白い肌が日本人形のような印象を与える少女、二年生部員の遠野藍子が部室に飛び込んできた。
「あっ、部長。すみません!」
直ぐに羽音に気付いた藍子は、息を切らせながら本当に済まなそうな顔で頭を下げる。
「日直で遅くなって……」
それから頭を上げてそう言いかけた時、
「ん?」
両手で纏めた髪を後頭部に持っていき、ポニーテールにしようとしている羽音の姿が目に入った。口にはリボンを咥えて、何事かと首を傾げている。
「あっ……」
それで藍子は自分の間違えに気付いた。
「ご、ごめんなさいっ、副部長っ!」
床に頭がつきそうな勢いで頭を下げた藍子に羽音は冷汗笑いするしかなかった。ちょうど藍子の背後では、羽音と顔が瓜二つで、髪をツインテールにした少女――演劇部々長、楠音羽が、ほんわか笑顔で、忘れ物~、と言いながら部室に入ってくるところだった。
音羽と羽音、二人は双子姉妹だった。