父親
少年はグラスを手に取った。その中身が酒なのか、子供のために注がれたジュースなのか少年はわからなかった。ただ少年は今とるべきである、正しい選択というものを知っていたのだ。
木材で作られたテーブルには、取り分けられた小さいパンと蝋燭の炎で赤く輝いて見えるラディッシュがあった。もう、このロブハウスには彼と僕しかいないのだ。酒を飲む彼が今何を考えているのかわからない。毎日奴隷のように働いていた僕の母親のことを怒鳴りつけて、頭から血が出るくらいまで殴り続けて、息がなくなるまで。
僕は毎日おなかがすいている。けれど今日だけは特別だ。お皿の上にある黒ずんだパンも名前の知らない野菜も今日は食べたくないと思った。酒をすする音、空腹の音、時計の針の音、呼吸をする音。
時間がたつと、変に落ち着いていることに気が付いた。母親は彼によって殺されてしまったのだけれど、これでベッドに入ったときに耳をふさがなくて済むと思った。たばこのにおいのする意地悪な男とも会うことはないし、早朝にたたき起こされることもない。
酒を飲んでいる彼を見つめていると、彼は空いたグラスに酒を注いで、僕の目の前に差し出した。
「俺は、殺していない、あいつが勝手に死んだんだ」
「うん」
「明日、目が覚めた時に、太陽の光が見えて、卵を焼くフライパンの音が聞こえればいいな」
「わかった」
少年はグラスに入ってジーニーになった。父親は僕に三つの願い事を言って、母親のいる寝室に向かった。