津川 治
第二話です。
と言っても毎回主人公は変わるので、どこから読んでもらっても大丈夫です。
どうぞお楽しみください。
「やはり! やはり! 『芝 浜ノ介』は良いのです! 酒癖が悪いけどシラフなら腕の立つ職人! このギャップがたまりません!」
「あぁ、決め台詞の『お前の夢、ただの夢では終わらせないぜ?』は格好良いよな」
「同意しかありません! そして『紺屋 高雄』! 熱にうかされるほど情熱的で一途! こんなの推すしかありません!」
「わかる。『何年かかっても、財産を投げ打ってでも、必ず会いに行きますから』はぐっとくるよな」
「流石です津川さん! しかしやはり私の一番の推しは『匙加 玄』! 凄腕の医者でかつ町の騒動をさらりと解決するクールさ! 最高です!」
「『悪党によく効く薬がここにある。後はお前さんの心の匙加減ひとつだ』は、何度聞いても胸が熱くなる」
「くぅ〜! やはり津川さんと話す『噺男子』は盛り上がりますね!」
夏の即売会に行く姉ちゃんに頼んで買ってきてもらった数少ない同人誌を、矢田は食い入るように読んでは歓声を上げる。
俺の部屋で男女二人きり。
なのに良い雰囲気になる様子は全くない。
……仕方ないよな。
矢田にとって俺は、ただの同好の士。
特別な気持ちを持っているのは俺だけなんだから。
「でも津川さんが『噺男子』にこんなに造詣が深いとは思いませんでした!」
「……あー、爺さんが落語好きだったから、流れでな……」
嘘だ。
矢田と接点を持つために、興味のなかった『噺男子』という落語の擬人化コンテンツを研究しまくったんだ。
「ふぅ! 堪能しました!」
「そりゃあ良かった」
「『噺男子』は乙女ゲー要素をメインにしつつ、男子同士の関係性も良いのです! BLですがラブではなくライクな感じが!」
「あぁ。友達と兄弟のいいとこ取りみたいな関係性が良いよな」
「はい! たとえヒロインが一人を選んだとしても、他の男子とギスギスしない! これこそ楽園! 完成された世界!」
「そうだな」
矢田の愛は二次元に向いている。
三次元の俺は、あくまでその付属物だ。
……何で俺、矢田の事好きなんだっけ。
「……あの、津川さん……」
「ん? どうした?」
「……この本、お借りしても良いですか……? とってもじっくり堪能したいのです……」
「あぁ、構わない」
何ならあげても良いけど、簡単に手放すと怪しまれるし、これ以上負けが込むのも嫌だ。
「ありがとうございます! 大事に読みます!」
「っ」
あぁ、これだ。
夢中になって読む姿。
熱く語る姿。
そしてこの笑顔。
「……また語ろうな」
「はい!」
そう声を絞り出すのが精一杯だった……。
読了ありがとうございます。
『噺男子』はフィクションです。
でもどこかであったらごめんなさい。
略してはいけない。いいね?
津川 治……高校三年生。大学生の姉はガチの二次オタ。そのおかげで二次元にあまり抵抗がないのはいいのか悪いのか……。
矢田 麗華……高校三年生。『噺男子』以前にも乙女ゲーム系二次元にハマっていたが、和服萌えと明るい世界観がどストライクで、今は『噺男子』一筋。
次話もよろしくお願いいたします。