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中島、イコール……

「中島の作風って、誰かに似ていると思いませんか?」

「えっ?」


 橘は変なことを言い出した。


 いったい、中島の小説が誰に似ているというのだ。俺には似ていないし、ましてや柿田先輩や橘とも全然違う。


「ほら、あれですよ、あれ。ノベノベの伝説の小説家です」

「ん? 俺のことか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 ノベノベの伝説の小説家といえば、いろいろな人物が存在するのだが。


「あれですよ……二年前のあの事件を起こした」

「あっ! ……ユーリか」


 思い出した。二年前の夏、自滅によって俺に『ノベノベU-18小説賞』のタイトルを譲った奴だ。そういえば、そんな事件もあった。当時の俺は、そのことでずいぶん落ち込んだものだった。


 言われてみれば、中島の小説は見れば見るほどユーリの作風に似ていた。とはいえ、中島の小説には、ユーリの半分勢いのような奔放さではなく、どこか諦めたかのような無常感のある表現が多い。それでも彼女の文章の一節一節を、当時欠かさず読んだユーリのものと照合すると、似ている点しかなかった。しかも、中島の青春群像劇を好んで書く姿勢は、青春小説を何よりも愛し、『青春小説を書かぬ学生は学生にあらず』とまでつぶやいていたユーリに共通するものがあった。


「なるほどな……もしかすると中島も『ユーリの残党』の一味なのかもしれないぜ」


 俺は橘にある呼称を提示した。


 『ユーリの残党』。ユーリの失脚から少し後に使われるようになったこの言葉は、ユーリの当時の言動を聖典として仰ぎ、いわゆる青春小説を好んで書く小説家たちのことを指していた。その多くは過激な言動に走り、炎上した者も少なくないが、彼らの精力的な活動は、じわじわと小説界を変えつつあった。


「でもな……あいつらがプロフィール欄とかで『ユーリの残党です』とか言ってると、どこか空しさを覚えてしまうんだよな……」

「ああ……そうか。高瀬先輩は当事者ですもんね」


 橘をはじめとする一般人も、俺が二年前のグランプリ作品を出し渋ったことを知っていた。当時の俺がそのことを自ら発信し、『私には受賞する資格がないように感じますが、みなさんのご期待に少しでも添えればと思い、受賞と出版を決めました』としていたのだ。もちろん、栗林直美からのメッセージのことには触れていないが。


「だがな、俺は中島にはあれこれ言うつもりはないぜ。『ユーリの残党』は、もう小説界の有力な一派だ。俺はユーリには個人的に恨みを感じないこともないが、中島が彼女を追いかけることは素晴らしいことさ。そうだろう、中島ーーって、あれ?」


 中島はその場にいなかった。中島の座っていた席には、中島の荷物だけが残されていた。


「あれ? 中島がいないぞ」

「さあ、トイレにでも行ったんじゃないですか?」


 俺と橘が首をひねっていると、中島が見えた。


 中島は窓の外にいて、今にも校門を出ようとしていた。……なぜか、何かから逃げるように、全力で走りながら。


 二階にいる俺たちは、なんとなく嫌な予感がして、こちらから遠ざかっていく中島を見つめた。


 中島が振り返った。中島の顔は真っ赤で、頬を涙が伝っていた。中島はこちらを見上げて、俺と橘の姿を認めると、向こうを向いてまた一目散に走り出した。


 そのとたん、俺にある衝撃的な事実が浮かんだ。


「………………」

「………………」


 長い沈黙の後、俺は橘に言った。


「お前、自分が何をやらかしたのか、わかっているのか?」

「……えっ? 何をですか?」


 やはりこいつは、俺の後継ぎには向かないようだった。


⭐︎


「受け取ってください」


 翌日。俺は中島に、一枚の紙を差し出されていた。


「なんだよ、これ。普通、男を体育館裏に呼び出すってのは、告白とかするときじゃないのかよ」


 俺はとりあえず軽口を叩いてみたが、中島は頭を下げたまま、紙をさらに俺に押し出すだけだった。


「と言われても……だって、この退部届、公式のものじゃないぞ」


 紙には、手書きで『退部届 中島美梨』とだけ書いてあった。そんなので学校に受理されるわけがない。


「思いとどまれ。中島、お前には将来がある。ゆくゆくは文芸部の中心となるべき逸材だ。今中島に退部されるわけにはいかない」


 だが、中島は下を向いたまま、首を横に振るだけだった。


「そんなわけにいきません。私の正体は明かされてしまったんです。私が悪役小説家『ユーリ』なのです。そんな私が、これから小説を書く資格はありません。ましてや、最も迷惑をかけたであろう高瀬先輩と一緒に活動するわけにはいきません」


 中島はさらに自作の退部届を俺に押し付けた。


「受け取ってください。退部届くらい、先輩がなんとかできるでしょう。とにかく、これが私の気持ちなのです」


 紙を俺の手に握らせて、そして中島は足早に去っていった。


「どういうことだよ……」


 俺の心境は複雑だった。確かに俺は人としてユーリを憎んではいたが、中島には別に敵意を感じていなかった。中島はただ小説が上手な、元気のいい一年生にしか見えなかった。


 それに、悪役小説家『ユーリ』は、あのときアカウントを消去したことで、もう終わっているのだ。あのときのユーリと今の中島では、全く性質が違う。おそらく中島は、ユーリ時代の出来事を深く反省し、新しく出発しようとしていたのだ。それなのに、俺は心のない言動をして、中島を傷つけてしまったのだった。


 だが、俺はこんなとき、中島に何をすればよいのかはさっぱりわからなかった。それで、俺は俺が最も信頼している人にーー柿田先輩に、相談してみることにしたのだった。

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