99回斬首された悪役令嬢〜斬首1分前に時間を巻き戻され続けた私は、この地獄から抜け出して本当に好きな人と幸せになるために運命に抗う〜
ガチャン!
私の首が、木の枠で固定された。目の前には、落とされた私の首を受け止めるための柳の籠。そこから目を逸らすようにして無理やり顔を前に向ければ、そこにも見たくないものがあった。
「これで、終わりだ。バルバラ・レオミュール!」
かつて私の婚約者であったフィルマン王子が、憎しみのこもった瞳で私を睨みつけている。
「フィルマン、どうか斬首刑だけは!」
その隣で健気な涙を流している可憐な少女はアリソン。
「何を言っているんだ、アリソン。あの女は、嫉妬などという醜い感情から、君を毒殺しようとしたんだ! 慈悲など不要!」
その可憐な表情が、一瞬だけ豹変する。
ニタリと笑った表情を確かに見たのは、私だけだろう。
──間もなく、私の斬首刑が執行される。
(馬鹿馬鹿しい)
ここまで来てしまえば、何をどうあがいたところで結果は変わらない。
無実を訴えることなら、既にした。しかし、あの女の方が何枚も上手だった。魔法、捏造、偽の証言に自作自演、時には惚れ薬……あらゆる手段を駆使して、フィルマン王子だけでなく側近たちも籠絡していたのだ。
二人の隣には、その内の一人である私の幼馴染──ニコラがいて。涙を堪えて、こちらを見ていた。その肩は王子の側近たちが押さえつけている。そうでもしなければ、私の方に飛び出してきそうな様子だ。
(結局その女の嘘を信じたくせに。……どうして、そんな顔をしてるのよ)
心の中で呟いた瞬間だった。
ブツン。
音を立てて刃を止めていた縄が切られた。首の後ろから、鋭い刃が落ちてくるのを感じる。
それが、私の最期だった──。
ガチャン!
はずなのに。
(……え?)
私の首が、木の枠で固定される。目の前には、落とされた私の首を受け止めるための柳の籠。
この光景を見るのは二度目だ。
慌てて顔を上げれば、そこにはやはり二人が肩を寄せ合って私を見ていた。
「これで、終わりだ。バルバラ・レオミュール!」
「フィルマン、どうか斬首刑だけは!」
「何を言っているんだ、アリソン。あの女は、嫉妬などという醜い感情から、君を毒殺しようとしたんだ! 慈悲など不要!」
再び、ニタリと笑ったアリソン。
ブツン。
再び切られる縄。再び迫る刃の気配。
(今度こそ、終わり……)
ガチャン!
(……どうなってるの?)
私の首が、再び固定される。
(時間が、巻き戻ってる?)
ブツン。
そんな事を考えている内に、三度目の刃の気配。
ガチャン!
(なんで、こんな……!?)
ブツン。
ガチャン!
(死なせてよ……)
ブツン。
ガチャン!
(こんなの、地獄じゃない……)
ブツン。
ガチャン!
(斬首される1分前に、時間を巻き戻されてるんだわ。何度も、何度も……)
ブツン。
それに気付いたのは、27回目の斬首の瞬間だった。
ガチャン!
(何度も首を斬られてるっていうのに、発狂させてももらえないのね)
ブツン。
ガチャン!
(神様の悪戯かしら?)
もう一度、あの二人を見た。今度もニタリと笑ったアリソンの隣で、王子が私を睨みつけている。
(だとしたら、私に何をさせたいの……?)
ブツン。
* * *
私はレオミュール公爵家の長女として生まれ、5歳のときにフィルマン王子と婚約した。完璧な淑女となるべく育て上げられ、魔法使いとしても国内最高レベルを求められた。
私は、その期待に応え続けた。誰もが私を『王妃にふさわしい』と褒めそやした。
王子と結婚して王妃になる。それを疑いもしなかった私の前に、アリソンが現れたのは、1年前のことだった。
『ごめんなさい。私ったら、ドジで……』
学園の中庭で、転んでしまった彼女を助けたフィルマン王子。風が吹いて、バラの花びらが舞った。強い風を受けて再びふらついたアリソンを、王子が優しく抱きとめる。
見つめ合う二人の瞳に、熱が灯る。
物語の一場面のような情景を、私は遠くから見ているだけだった。
(あの二人が惹かれ合うのは、運命だった)
そう納得している。
けれど、アリソンはそれで満足しなかった。私を完璧に消し去り、完璧な王妃として君臨する。そのために、ありとあらゆる手段を講じて私を追い詰めたのだ。
『私の教科書がビリビリに……』
はじめは、ささいないじめの捏造だった。それは日を追うごとにエスカレートしていった。
『トイレで水をかけられて』
『かばんの中にカミソリの刃が』
『課外授業で森に行ったら、毒蛇に襲われたの』
『崖から突き落とされそうに……』
全て彼女の捏造だが、証拠が残されていた。魔法を使ったり、惚れ薬によって盲目的に彼女を慕う生徒を作り上げて偽の証言をさせたり……。
最後の決め手は、王子とアリソン、王子の側近たちを我が家に招待して開いた晩餐会だった。
『私のグラスに、毒が!』
私と家族は罪人として引っ立てられ、まともな裁判すらされずに斬首刑が決まったのだった。
『君がそんな人だとは思わなかったよ』
唯一私の味方だった幼馴染のニコラも、最後の最後にはアリソンの味方になった。
『バルバラがアリソン嬢のグラスに触れるのを見ました』
ニコラの証言が、毒殺未遂の証拠となったのだ。
* * *
ガチャン!
(そうだ。お父様とお母様は?)
視線を巡らせると、断頭台の下にお父様とお母様がいた。私と同じように麻の粗末な服を着せられて、斬首の順番を待っている。
「お父様! お母様!」
思わず呼べば、二人が顔を上げた。その瞳が涙で滲む。
「愛しているよ、バルバラ」
そう言って、微笑んだお父様。お母様も頷いた。
我慢できずに、涙が溢れた。
(私のせいで、死なせてしまう!)
「ええい! やかましい! さっさと執行せよ!」
フィルマン王子の声が響く。
私は気付いた。
(さっきまでと、セリフが違う……!)
ブツン。
ガチャン!
(この1分間を、変えることができるということ?)
私の行動次第で、巻き戻った過去を変えることができる。その可能性に気付いたのだ。
(だったら……)
ブツン。
ガチャン!
(変えてやる……!)
この運命を変えることができるというなら。
(お父様とお母様を助ける!)
私は誓った。
これが神の悪戯だと言うなら、望み通りにしてやろうと思った。
(私の運命を、変えてやる!)
ブツン。
ガチャン!
(私に残された時間は1分。あまりにも短い。まずはこの状況を打破しなきゃ)
私の腕は後ろで縛られている。首は固定されていて、身動きできない。
(唯一動かせるのは足ね)
しかし、その足は処刑人によって押さえつけられている。とはいえ、特に抵抗の意思を見せていないので形式的に押さえられているだけだ。
(やってやる!)
私は、思いっきり足を振り上げた。
「ぐぅっ!」
私の踵が処刑人の顎に命中したらしい。足の拘束が解けた。
「コイツ!」
すぐさま、別の処刑人が私の身体を押さえつける。
「何をしている! 執行してしまえ!」
(だめだ。後ろの一人を倒せても、すぐに次の処刑人が来てしまう)
ブツン。
ガチャン!
(落ち着け。チャンスは何度でもある)
首を固定されている今は後ろが見えないので、断頭台に上げられた時のことを思い出すしかない。
(処刑人は、10人もいなかった。多くて5人)
一人を倒すだけでは無駄だが、かと言って無理な人数に囲まれているわけではない。
(まずは、これを外さないと)
私の首を固定している木の枠。これを外さなければ、何も始まらない。
試しに、ぐっと首を持ち上げてみた。
(持ち上がる!?)
首の形に丸くえぐられている木の枠の上半分は、どうやら上に置いてあるだけだ。自重で私の首を押さえつけているだけ。ただし、真っ直ぐにしか持ち上げられないらしい。刃が落ちるのと同じようにレールにはめ込まれているのだ。
(よし!)
足を振り上げる。
「ぐぅっ!」
顎に蹴りを当てられた処刑人が後ろに倒れる。同時に、首を持ち上げた。真っ直ぐに力を入れるように気をつければ、あっさり持ち上がった木の枠。
私の首が、解放された。
「キャー!」
群衆から悲鳴が上がる。そんなものに構っている暇はない。
「この!」
「捕らえろ!」
処刑人達が一斉に私に襲いかかってきた。
ドスッ!
一人の拳が私の腹に食い込んだ。
「うっ!」
痛みに呻く。
「バルバラ!」
お母様の悲鳴が響く中、今度は何かを頭に被せられた。麻の袋だ。
「殺せ! 殺せ!」
群衆から罵声が飛ぶ。
「さ、さっさと殺せ!」
これはフィルマン王子の声。ずいぶん慌てたらしい。
(そうでしょうね。魔法使いとしては、私の方があなたよりも強いものね)
ガチャン!
ブツン。
再び首を固定されて、今度は間髪入れずに刃が落とされた。
ガチャン!
(とにかく、杖よ。杖を手に入れるのよ)
狙うのは群衆だ。あの中には、杖を持った魔法使いが必ずいる。
「ぐぅっ!」
さっきと同じように後ろの処刑人を倒して、首を持ち上げる。
今度は、処刑人になど構わない。断頭台の柵をまたいで、群衆の方へ飛び込んだ。
「きゃー!」
「なんだ!」
「罪人が!」
群衆の中をかき分けて進む。黒いローブの男を見つけた。見るからに魔法使いだ。その男に体当りして、倒した勢いのまま馬乗りになった。
「うわぁ!」
叫び声を上げる男の懐を、後ろ手に縛られたままの手で探る。
「あった!」
杖だ!
私は杖を手にした。
(これで、魔法が使える!)
後ろから騎士たちが迫ってきた。
処刑人ではない。戦闘のプロ。だが、杖があれば私の敵ではない。
「邪魔しないで!」
(次は、お父様とお母様を助けなければ!)
杖を握る手に力をこめた。
「え」
反応はなかった。
(魔力を練れない!?)
「捕らえろ!」
呆然としている間に騎士たちによって引き倒され、地面に顔を押さえつけられる。
「無駄だ。この刑場には、あらゆる魔法を禁じる措置が講じられている」
いつの間にか、フィルマン王子とアリソンが私の目の前に立っていた。
「貴様の考えることなど、お見通しだ!」
「まさか。私ごときの魔法に怯えていたのですか、王子殿下」
思わず口をついた嫌味だったが、これは図星だったらしい。王子の顔が真っ赤に染まる。
「なぜ、そこまで私を殺すことにこだわるのですか?」
「こだわってなどいない。貴様が罪を犯したので処刑するのだ」
「では、なぜ処刑を急ぐのですか?」
「黙れ!」
「そうまでして、私を殺したい理由は?」
私が問い詰めるにつれ、王子の顔が赤色から青色へ、そしてどす黒い色へ変わっていった。
「殺せ!」
憎しみに染まった王子の顔を見て、思わずため息が漏れた。好かれていないとは知っていたが、ここまで憎まれていたとは。
(それも仕方がないか。私は、王子にとっては目の上のタンコブだもの)
王子は堅苦しいことを嫌っていた。礼儀作法について口うるさい私のことは、相当うっとうしかったのだろう。
さらに、力のある実家を持つ王妃を迎えれば、即位した後もその実家に気を遣わなければならない。
(つまり、王子も私を殺したかったということね)
アリソン嬢は、魔法を使って王子を籠絡した。そして、王子はそれに気付いていた。
知っていて、利用したのだ。
(ちょうどいいと思ったのね。アリソン嬢が私を陥れてくれれば、それが王子にとっても都合が良かったんだわ)
今度はギロチンではない。騎士の剣が、私の首を切り落とした。
ガチャン!
(杖は手に入れても無駄)
刑場となっている広場では、魔法を使うことができないらしい。
(それなら……)
顔を上げた。あの二人などどうでもいい。
(いた!)
私の幼馴染が、涙を堪えてこちらを見ている。
「ニコラ!」
私が呼ぶと、ついに彼の瞳から涙がこぼれた。
「バルバラ!」
(彼は、魔法で操られていたんだわ!)
その魔法が、この刑場に足を踏み入れられたことで解けたのだ。
(だから、あんな顔で私を見ていたのね……!)
彼だけは私を信じていた。だから、アリソンは魔法を使って彼を操って偽の証言をさせた。リスクを負ってでも、そうせざるを得なかったのだ。
「王子! やはりバルバラは無実です!」
「何を言うんだ、ニコラ!」
「もう一度、きちんと調べ直すべきです。彼女の罪は捏造されたものだ!」
ニコラが、王子に食って掛かった。
「そんな! まさか、私が捏造したとでも言うんですか! 酷い!」
アリソンがヒステリックに叫びながら、王子に縋り付いた。
「そんなこと、あるわけないだろう? 心配するな、アリソン。君を傷つける者は、この俺が全て消し去ってやる」
王子が合図して、処刑人が動いた。
「バルバラ!」
ブツン。
ニコラが私を呼ぶ声は、途中で途切れてしまった。
ガチャン!
(ニコラの存在が鍵よ。人を操る魔法は禁術。アリソンがニコラを操っていたことが証明できれば、処刑されるのはむしろアリソンの方だわ)
問題は、それを証明する方法だ。
私に残された時間は1分だけなのだから。
(でも、その1分を引き伸ばせることは分かった)
群衆の中に逃げ出したときは、1分を超えても私は生きていたのだから。
「死ぬ前に、王子殿下にお尋ねしたいことがございます」
顔を上げた私は、今度は冷静に声を上げた。
「……なんだ」
ギロチンによる斬首刑は、処刑の対象となった貴族に苦痛を与えずに殺すために生み出された処刑法。つまり、名誉刑だ。
処刑される罪人には、最後まで敬意が払われる。
執行直前とはいえ、話をしたいと望む罪人の言葉を拒むことは許されない。それが礼儀だから。
王子の隣で、アリソンが舌打ちする。
(どうして、周りの男どもはあの女の本性に気付かないのかしらね)
もしくは、気付いていながら見ないふりをしているか、だ。
(おかしいとは思いつつも、王子の歓心を買うために、見て見ぬ振りをしている側近がいるのかもしれない)
そう思って視線をめぐらせれば、側近の一人がアリソンの様子を見咎めて眉をしかめるのが見えた。
「私を処刑して、その後はアリソン嬢を王妃としてお迎えになるのですか?」
「そんなことは、貴様には関係ないだろう!」
「いいえ。私はこの国の未来を憂えているのです。お答えください」
王子は、何も答えなかった。答えられないだろう。ここで彼女を王妃に迎えると明言したなら、側近たちが黙っていない。
「フィルマン?」
引きつった笑顔を見せながら首を傾げたアリソン。
「アリソン嬢。そもそも、あなたの身分では王妃になれないのですよ」
私が言うと、アリソンの顔が真っ赤に染め上がった。彼女は平民、そもそも王妃になる資格すらない。それを乗り越えるためには、それ相応の努力と策が必要だ。
「フィルマン! どういうことなの!? 私を王妃にしてくれるって言ったじゃない!」
「アリソン、落ち着いて……」
「落ち着いていられないわ! どういうことなの!」
カマをかけただけだったが、当たりらしい。
フィルマン王子は私を追い落とした後のことについて、まだ何も策を講じていないのだ。王や王妃への根回しもまだだろう。
彼の様子に、側近たちの心も離れようとしている。
(間抜けだこと)
どうしてあの王子の妻となることを望んだのだろうかと、今更になって後悔した。
「ええい! 貴様が死んだあとのことなど、貴様には関係ない! 刑を執行せよ!」
「しかし!」
声を上げたのはニコラだ。だが、アリソンと王子に盲目的に従う側近たちによって押さえつけられる。一部の側近は顔をしかめはするが、見て見ぬ振りだ。
「ニコラ!」
「バルバラ!」
私が呼べば、悲鳴のような声が返ってきた。
(私の大切な人が、泣いている……)
「殺せ!」
ブツン。
ガチャン!
これで、100回目。
(そうよ。私、本当はニコラのお嫁さんになりたかった……)
物心ついた頃から、王子の婚約者として育ってきた私。
そんな私にも、初恋というものはあった。それがニコラだ。
一つ年上のニコラとは家同士の仲が良かったので、よく一緒に遊んだ。
『可愛いね、バルバラ』
そう言って、私の頬を撫でてくれた手のぬくもりを、今も忘れられずにいる。
『何か困ったことがあったら、僕に言ってね』
学園に入学すると、彼は王子の側近としてすぐ近くにいた。
(あんな風に、冷たくなんかしなければよかった)
王子の婚約者として振る舞わなければならない私は、彼と目を合わせることができなかった。心の奥底にしまい込んだ恋心が、あふれてきてしまいそうで。だから、ついつい冷たく接してしまったのだ。その度に悲しそうに私を見つめていた彼の瞳が、脳裏にこびりついている。
今もまた、悲しみに染まった瞳でこちらを見ている。
(悲しい顔をさせてばかりだわ……)
「これで、終わりだ。バルバラ・レオミュール!」
「フィルマン、どうか斬首刑だけは!」
「何を言っているんだ、アリソン。あの女は、嫉妬などという醜い感情から、君を毒殺しようとしたんだ! 慈悲など不要!」
何度も繰り返し聞いたセリフに、うんざりする。
「馬鹿馬鹿しい」
思わず、言ってしまった。
「なんだと?」
王子の眉がピクリと動く。
「未来の王となるべき人が、欲深い女の策略に溺れて、この体たらくとは」
もう、我慢ならなかった。
「貴様! 黙れ!」
「黙るのはそちらです!」
思いの外、大きな声が出た。
足を振り上げて後ろの処刑人を倒してから、首を持ち上げて固定を外す。もう何度も繰り返してきた動作だ。
すぐさま処刑人たちがこちらに向かってくるので、それを睨みつけた。
「私に触れるな!」
私の声に驚いて、処刑人達が動きを止める。
「処刑されるべきは、私ではない! その女の方でしょう!」
アリソンを睨みつけた。その顔が、真っ赤に染まる。
「何を言うのですか、バルバラ嬢! 私はあなたの処刑を止めようと……」
「お黙りなさい!」
広場に静寂が落ちる。
「私は無実だと、何度もお伝えしました」
「だが、貴様の罪には全て証拠がある」
「では、最後の毒殺未遂については?」
「ニコラが証言している。アリソン嬢がワインを飲む直前、貴様がそのグラスに触れていたと」
「では、ニコラ様。ここでもう一度証言なさってください」
ニコラがハッとしてこちらを見た。
「私がアリソン嬢のグラスに触れるのを見ましたか?」
その瞳が見開かれて、次いでぐっと引き締められた。
「……見ていません。私は何者かに操られて、偽りの証言をしていました」
ざわざわっ!
広場にざわめきが広がった。
斬首の直前になって、そもそもの処刑の是非が問われ始めたのだ。
「うるさい! 貴様は死罪だ! 斬首刑だ! さっさと処刑を執行せよ!」
王子が叫ぶと、処刑人達が戸惑いながらも再び動き出した。
「お待ちくだされ!」
それを止めたのは、断頭台の下に控えていた裁判官だ。
「なぜ止める!?」
王子が問いかけると、裁判官が一礼してから話し出した。
「バルバラ嬢の罪に関しては、明確な証拠が揃っていました。ですから、裁判を簡略化して早急に処刑を進めたいとおっしゃった王子殿下に従いました」
この処刑には、そういう裏があったらしい。
「ですが、処刑の決め手となった毒殺未遂事件の証拠が覆されたのであれば話は別です。改めて調査をして、正しい判決を下さねばなりません」
裁判官の言う通りだ。再び広場にざわめきが広がる。
「調査のやり直しなど必要ない! 処刑を執行せよ!」
「殿下!」
「裁判所は、いつから王権の上に立つようになったのだ! 控えろ!」
無理な言い分だが、王子の権限が裁判所の権限を上回ることは事実。だが、独裁政治を嫌う現王は、こんなことは絶対にしない。
「愚かな……!」
思わず唸った私の両腕を処刑人達が掴んだ。もがいてみるが、その拘束を解くことはできない。ズルズルと引きずられて、再びギロチンに首を差し出す格好になる。
再び木の枠に首を固定される、その直前のことだった。
「ぐぅ!」
「何を!」
背後からうめき声、人が倒れる音。次いで、誰かが私の腕を引いた。
「バルバラ!」
ニコラだった。
「どうして……!?」
その手には、血の滴る剣が握られている。処刑人たちを斬って、私のもとに駆けつけてくれたのだ。
「ごめん。君を信じることができなかった」
言いながら、ニコラが私の腕を縛っていた縄を切ってくれた。
「あなたのせいじゃないわ」
「それでも……」
ニコラの瞳に、熱がこもっている。
「僕が君を守る。今度こそ、必ず」
「ニコラ……」
断頭台の下に、騎士たちが集まってきた。
「ダメよ、あなたまで罪人になるわ」
「それでもいいよ」
「ニコラ!」
「愛してるんだ、バルバラ」
時が止まったようだった。
「君を死なせたりしない。何があっても」
わっという掛け声と共に、断頭台の下から騎士たちが駆け上がってきた。
「下がって、バルバラ」
「でも」
「大丈夫だよ。僕が守る」
私をかばうように、大きな背中が私を覆い隠した。その背に触れれば、ぬくもりが伝わってきて。
(一人じゃない)
100回目で、ようやくだ。
ようやく、私は一人きりの地獄から救われた。
「殺せ! 二人とも殺せ!」
王子の醜い叫び声が聞こえる中を、騎士たちが迫ってくる。
「いい加減にせんか!」
耳を劈く大音声。その声には、聞き覚えがあった。
「国王陛下!」
王子も群衆も、その場にいた全ての人が声のした方──上空を見上げた。
そこには、真っ赤なビロードのマントをなびかせながら人々を見下ろす王がいた。
「我が騎士よ。真の罪人を捕らえよ」
命じられても、誰も動かなかった。戸惑いながら、互いに顔を見合わせている。
「馬鹿者どもが! 王子とアリソンを捕らえよ!」
改めて命じられた騎士たちが、慌てて王子とアリソンの方へ向かった。
「何を!」
「どういうことですか!?」
捕らえられ、縄で拘束される王子とアリソン。混乱の中を、王が断頭台の上に降り立った。私とニコラは、跪いてそれを迎える。
「すまなかったの、バルバラよ」
「国王陛下……」
「顔を上げてくれ」
そろりと顔を上げると、王は眉を下げた少々情けない顔で立っていた。
「アリソンは黒魔法を使って王子らを籠絡しておった。その疑いを明らかにするのに時間がかかったのじゃ。立っておくれ」
王に手を引かれて立ち上がる。
断頭台の下では、お父様とお母様も縄を解かれて、喜びに抱き合っているのが見えた。反対側では、王子とアリソンが騎士の手によって引っ立てられていく。
「バルバラよ。王子とその恋人を疑いたくなかった、愚かな親でしかなかった私を、どうか許しておくれ」
「国王陛下……」
気付いていたのだ。しかし、疑うだけでなく実際に調査をしてしまえば、王と王子の間には決定的な亀裂が入る。それを避けたかったのだろう。
「いいえ。こうして、助けてくださいましたから」
「そうか。許してくれるか」
「はい」
もう、どうでもいいことだ。
99回も斬首されると、生きているだけでありがたい。そういう気持ちになれた。
(もう、誰のことも憎む気持ちになんてなれないわね)
「では、望みを言ってくれ」
「望み、ですか?」
「そうじゃ。どうか、私に贖罪の機会を」
隣に立つニコラを見た。
あまりの急展開に、少しばかり呆然としている。
(あんなに格好良く私を助けに来てくれたのに、これじゃ台無しね)
思わず、笑いが漏れた。それに首を傾げたニコラに、微笑みを返す。
(99回も斬首されたんだもの。もう、恐いものなんかないわ)
今の私には恐れるものは何もない。どんな無茶な望みだろうと、口に出して言える。
(私が望むのは、たった一つ)
「では、国王陛下にお願い申し上げます」
「うむ」
「私は、ニコラとの結婚を望みます」
ニコラが驚きに目を見張る。
「お許しいただけますか?」
「もちろんじゃ」
王の返事を聞く前に、ニコラの胸に飛び込んだ。
「私も愛してるわ、ニコラ」
驚いた様子のニコラだったが、すぐに優しく抱きしめてくれた。
(あったかい)
生きている人の温もりを、愛おしく思った。
99回斬首されて、私はようやく幸せを手に入れた──。
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