ーオリビアの町おこし作戦2ー
「お金ったって…国がみんなに給付金を与えるっていうのかい?」
「いいえ、国から給付金となると手続きも時間かかりますし、他の町との差別に繋がり、より悪い結果になり得ません。
それに、自分の努力で稼がないと大事にしませんからね」
そう言って、オリビアが持ちかけた最初の復興計画とは、お金と環境問題を同時に解決させるという事であった。
ゴミ一つに対して1ルピー(この世界での通貨)を支払うという取り組みである。
王都から人を派遣すると決まった額の支払いが必要で余計なコストがかかる上、サボられる可能性もある。
それなら、職がないこの町の人々、老人から子どもまでもが取り組める内容だ。
ーーー…
ーーーーー…
二日目。
「と言う事で、毎日、夕刻6時にこの町の中央公園に集めたゴミ持ってきて頂戴〜。
そこで、お金に換金してくれるらしいわ〜。
しかも、スタンプカードがあってね、これ集めると追加報酬プラス、プレゼントがあるらしいから、みんな頑張って〜」
マイケルは早々に、知り合いという知り合いへ連絡を取り、その内容をオリビアから聞いた後から二日目の晩まで皆に報告した。
オリビアは町中に張り紙を張ったり配ったりしながら、町中を動き回った。
そして、オリビアはメリッサとロイ、マイケルに協力を仰ぎ、中央公園で配食の準備をしていた。
オリビア自ら作った具沢山スープに、自ら炊いたご飯、サラダ。
材料と紙皿など全て自腹叩いて、この町で買ったものである。
そして、飲料水はこの町の水道水をろ過したものである。
それもみな、オリビアなりの考えがあっての事だ。
ーーーー…
ーー…
時は夕刻6時を迎え、ぞろぞろと町中の人が集まってきた。
恐らく皆ではないだろう。だが、恐らく町の7〜8割であろう人の群れが集まっていた。
ーー職のある2〜3割の人々は無視…か。
オリビアはふとそんな事を考えながら、自ら手を汚しゴミ袋を広げ、持ち込んだものを一つ一つ数えていた。
そして、数えたものをメリッサに伝え、メリッサが換金する。
その横にズレると、ロイとマイケルが配食をする。
この横一列の長机の前には多くの人が並び群がっていた。
皆に配食が終わるまで、二時間という時が過ぎていた。
皆が少し落ち着き、帰ろうとする者たちが出てきた最中、オリビアはすかさずマイクを手に取り皆に声かけた。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。
お陰様で、これだけのゴミが集まりました」
そう言って差し出した手先には、5トンものゴミ袋があった。
オリビアの手は、姫とも思えないほど傷付き汚れていた。
一つ一つを受け取り仕分けしていたからである。
手袋もつけずに。
「もうご存知の方もいるかもしれませんが、私は先日この国へ嫁いで参りました、オリビアと申します。
皆さん、この町は好きですか?」
そう笑顔で問いかけるオリビアだが、みな俯き答えるものなど皆無である。
「皆、それぞれに思いがあると思います。
王都や政治へ憎しみを覚える方も多いでしょう。
ですが、見てください。
これはこの町に住む、あなた方皆さんの手でここまで集めることが出来たんです。
今皆さんが食べた食事。
調理は私がしましたが、全てこの町で揃えた材料です。
この町には、こんなにも素晴らしい物や、人々が揃っているのですね…
今、手にしているお金はあなた方が汗水流して、今日一日働いた結果です。
働くと言うのは楽なことではありませんが、人のために動いた者にこそ与えられるのが報酬です。
家族の為、この町に住むものの為、国のため…
いろんな思いが皆さんを動かし、お金へと姿を変えます。
皆さんの手で、皆さんの街を国を守り、皆さんの手で未来を切り開くのです。
その為のお手伝いは惜しみません。
一緒に良い未来を作って行きたいんです!
私に協力してください。そして協力させてください。
お願いします!
明日、朝10時またこちらでお待ちしております。
この場にいない方でお知り合いの方は、何卒お声がけのほどお願い致します」
オリビアは車椅子に座ったまま、深々と頭を下げ、長い演説を終えた。
突然の出来事に皆は困惑し、周りの人々と顔を合わせていた。
そして、オリビアは明日の詳細を書いた紙をボロボロの手で、一人一人に配って回った。
不思議なことに、受け取るまでその場を離れる人は一人も居なかった。
オリビアは一人一人と、短い会話をした。
18時に集まった皆が帰る時には、時計の針は22時を回っていた。
それでも、紙を貰うまで皆が帰らなかったのは、この国の姫ともなろうものが、自ら手を汚し、期待に満ちた瞳を優しく皆に注いだからだろう。
そして、オリビアの笑顔はとても清らかで、皆の心を惹きつける不思議な魅力を持っていた。
そうして、三日目、四日目、五日目とオリビアは町民一人一人とコミュニケーションを取りながら、自らも町の復興作業へと取り組んだ。
子ども老人は、ゴミ一つ10ルピーに上げて引き続きゴミ拾いを、
動ける若い人々は建物や道の修繕、ペンキ塗りなど、
中年の人には川の清掃をお願いし、毎日帰りは18時に公園に集まり、コミュニケーションと配食をした。
オリビアもペンキ塗りを松葉杖で手伝ったりしながら、暴力問題を起こす人と話したり、飲み物を差し入れしながら隅から隅まであらゆる町民と話してまわった。
そして、最終日を待たず、密かに様子を見に来ている者がいた。
オリビアは一生懸命になりすぎて、その人の存在には気付いていなかった。
そう、リアンが様子を見に来ていたのだ。
日々ボロボロで帰ってくるオリビアを見て、近衛団を問いただすと、
「恐れ入りますが、リアン様自ら見てみてください。
リアン様が心配されてるような事は、何もございません」
と、言われたからだ。
リアンは密かに、町のならず者に暴力や嫌がらせを、受けているのではないかと思っていたのだ。
ーーーー…
ーー…
時を少し遡り、オリビアの取り組みが始まってから三日目。
リアンは朝早く、オリビアの護衛に付いている近衛団のパトラスとカイを執務室へ呼び出していた。
「こんな朝早くからなんですか〜?リアン様」
近衛団のカイはリアンとは幼き頃からの付き合いで、近衛団の中でリアンに対して雑な対応をする者の一人である。
他にも近衛団長のジャッカスは、リアンの師にして、幼き頃から面倒を見てきたこともあり、親のように接している。
「コラッ!カイ!また貴様はリアン様にそのような口を聞いて!」
そして、打って変わってパトラスは、真面目そのもので、リアンに対して軽薄な対応のカイに辛辣である。
「あーはいはい、すみません」
「このっ!貴様今回こそは私がそのなめた態度、叩き直してやる!」
「なんだと?パトラス!てめーなんかに俺が負けるか!」
「いい度胸だ!剣を抜け、カイ!!」
「いい加減にしろお前ら」
犬猿の仲と言うものか…カイとパトラスは顔を合わせるといつも喧嘩をしている。
だが、リアンの前ではそれも束の間。一言で一掃されてしまうのだ。
「お前たちを呼び出したのは、他でもない。オリビアのことだ。
昨日、偉く汚れた姿で帰ってきたが…何があった?」
リアンは少し瞳に怒りを込めて、静かに二人を問いただした。
二人は向かい合い、少し口元をニヤつかせると、再びリアンの方を向いた。
「あれー?あの冷徹なリアン様が、心配されてるんですか?
まあ、仕方ないですよね〜。
オリビア様、美人だからなぁ〜。
それにあのお人好し。
町の男どもも、オリビア様を見ては固唾をのんでいました〜」
カイが面白がってからかい口調で接した次の瞬間、カイの目の前に磨き上げられた真剣が突き立てられた。
言うまでもなく、リアンのものだ。
「じょ、冗談ですよ!リアン様!はははっ…」
「恐れ入りますが、リアン様、自らの目で見てきてみてはいかがですか?
リアン様が心配なさるような事は何もありませんよ」
パトラスが間髪入れずフォローを入れると、リアンは出した剣を鞘に納め、少し下を向き考え伏せた。
「わかった。では今回は私もついて行こう」
しばらく考えた後、リアンはそう答えた。
カイはコリもせずにニヤッと笑うと、持ってきたバッグを差し出した。
「そういうと思ってました!さぁさ、リアン様、町民とはいかなくても観光客ぐらいには扮しないと怪しまれますよ〜?
さぁさ、着替えて着替えて!」
「おい!誰が、そんなもの着るか!
やめろ!おい!」
リアンの抵抗は虚しく、二人に着替えさせられたリアンは、オリビアの取り組みから三日目、隠れてオリビアの後をつけた。
リアンが町に着いて、最初に驚いた事。
それは、ゴミと悪臭で満ち溢れていた汚らわしい町中が、たった二日でほぼゴミがなくなり、さらに町中の子ども老人がゴミ拾いをしていた事だ。
「こ、これは!」
「これは、二日目の一日だけでここまでされたんですよ」
驚くリアンに対してパトラスは、優しげな顔をして目の前の状況に捕捉した。
「さぁ、リアン様、オリビア様は本日こちらです」
カイが楽しそうに話すと、リアンの手を引っ張り、とある建物へ連れて行った。
そこは町のならず者たちが集まる、いわば溜まり場のようなところだった。
ーーこんな所で何をするのだ!?危険極まりないぞ!
リアンは少し危機を感じ、腰に据えた刀に手を添えた。
「ここね!貴方達の憩いの場は!」
「え、ええ」
オリビアと一緒に現れたのは、この町のならず者のリーダーのような奴と十数人ほどの男どもであった。
リーダーは何故か大人しくしているが、他の者達は皆苛立ちを露わにし、オリビアに対して嫌な目つきで見つめていた。
それは隠れて様子を伺っていたリアンにもみて取れた。
「あれのどこが、心配いらねぇんだ!
俺はもう行くぞ!」
「まぁまぁ、そんな過保護になりなさんなってリアンさ…いでっ!!」
焦るリアンを宥めようと立ち上がったカイは、言葉を言い終わる前に殴られ、再びしゃがみ込んだ。
だが、その姿を見てリアンも焦る気持ちをグッと堪え、しゃがみ込む。
「さぁ、皆さん! ここ、どんなふうにしましょうか?!
ピンクなんてどうですか? 可愛いですよ?」
「い、いや、ピンクはちょっと…」
楽しそうに車椅子に乗ってはしゃぐオリビアに対して、ならず者のリーダーは突っ込むが、その声は聞こえていなかった。
「なぁ、レイさん。なんでこんな奴の言うこと聞くんすか。
貴族に生まれて苦労なんか知らない奴の」
仲間のうちの一人がそう呟くと、他の皆も同意見だと言わんばかりの瞳をレイに向けていた。
オリビアはそのやり取りに気付いてはいたが、気付かないフリをしてはしゃが続けていた。
「あ!お風呂がないわね!お風呂もつけましょう〜
そうだ!とても暗いから照明も増やしたいわね〜
あ、でも男の子だからピンクよりも青の方が好きなのかしら?
んー迷うわ〜」
「レイさん、すまねぇ、俺たちやっぱ我慢ならねぇ!」
「俺もだ!てか、こいつ痛めつけたら、王族も対応考えざるを得ないっすよね?」
「確かに!そっちの方が手っ取り早いんじゃねぇ?」
「お、おい、やめとけお前ら!」
血の気立った男たちに、レイの声は届かず、次々と雄叫びを上げてオリビアへ襲い掛かった。
次の瞬間、オリビアは素早い車椅子捌きで、背を向けたまま後ろへ下がり一人を押し除けた。
そして、間髪入れず松葉杖を二本抜き取り、一本で右からくるものの足元を拾いこけさせると、左の一本で左から来るものの溝落ちを突いた。
右にこけた男が立ち上がる前に拳骨を喰らわせ、素早く車椅子を方向転換させ、勢いよく下がると、二本の松葉杖で男性特有の弱点を突いたり、溝落ちや拳骨などで次々とならず者をなぎ倒していった。
リアンは飛び出そうとして、何度もカイとパトラスに止められ殴っている内に、騒ぎは収まっていた。
カイとパトラスは、リアンに殴られ、腫れた頬を抑えながら、リアンを座らせ口を開いた。
「オリビア様は、エトワールにいる際に護身術を身につけておいでです。
私たちは初日に身バレしてしまい、どうしてもの危機以外は助太刀しない約束を取り付けられています。
自らの手で解決しないと意味がないと…」
そう言ってパトラスは、静かにオリビアの方へ手を向けた。
「「「うぅ…いてぇ…」」」
蹲ったならず者達は、痛そうに声を漏らした。
「うぅ! いったーい」
人一倍大きな声で泣き叫ぶオリビアに、皆肩をびくつかせ、怯えた目でオリビアを見た。
「すみません、痛かったですよね…」
そう言って深々と頭を下げるオリビアに、レイ以外は唖然とし、混乱しているかのように皆それぞれ視線を交差させた。
「私も痛いです。ここが」
オリビアは少し寂しそうに胸に手を当て、微笑んだ。
「…その逞しく力のある拳は何のために貴方達に与えられたか考えなさい。
その長けた能力を自身の為に使っても、一時の快楽の先に待っているのは孤立だけです。
ほら、こんなに逞しくて大きな手をしているではないですか」
そう言ってオリビアは微笑み、近くにいたならず者の一人の拳を広げ、両手で包み込んだ。
「この傷はいつついたのですか?」
その者の手の甲に多く刻まれた傷の中から、一つ指差し、オリビアは尋ねた。
「え? いや、さあ?」
目の前の男は、少しも考えずに即答した。
それを聞いたオリビアは、先日傷ついた手を見せた。
そして、そこにつく一つの傷を指差して言葉を続けた。
「この傷は、先日皆が苦労して拾ってきた、ゴミの選別をしていた時についた傷です。
そして、この古傷は、エトワールで復興作業していた時に、落ちてきた瓦礫から町の娘を助けた時の傷です。
とっっても痛かったです。
でも、その痛みを忘れるほどの喜びがその先にはありました。
私の体の傷は私の誇りです」
そう言って、オリビアは満面の笑みで微笑むと、レイに手伝ってもらい、みなを一人一人手を引いて立ち上がらせた。
あんなに血の気立った男たちの心は、その笑顔と言葉で瞬時に浄化されていた。
「レイさん、すんません…俺ら…」
「謝るのは俺にじゃないだろ? それに俺だって…ほら」
レイはそう言ってならず者達に、頭に出来たたんこぶを見せた。
「ぷっあははははっ!レイさんまで!はははっ」
「おい、笑うな!!なめやがって、このー」
そう言ってレイは笑ったならず者の頭を、両手の拳でぐりぐりすると、少し柔らかな顔をしてオリビアを見つめた。
「これで目が覚めたんだ。このたんこぶが、俺の最初の誇りだ」
そう言って、恥ずかしそうにレイは笑った。
ーーパンパンッ
「さぁさ!皆さん、この憩いの場を素敵に改造しましょうね〜!
あ、この際子どもたちも遊べるように、遊具も入れてみましょうか!」
二度大きく手を叩くと、オリビアは元気よく声を掛けると、再び子どものようにはしゃぎだした。
「子どもの遊び場って…ねぇさん、それはあんまりだぜ」
「ねぇさん…ですか。なんか弟が出来たみたいでいいですね!
子どももいた方がきっと楽しいですよ〜ふふふっ」
オリビアはそう言って、あのならず者達と溶け込んでいた。
その全てを見ていたリアンは、驚愕の表情を浮かべていた。
そして、同時に騒つく心に胸を苦しめていた。
「ね!リアン様、とんでもないでしょ? オリビア様。くくくっ」
カイはそう言って面白そうに笑った。
カイとパトラスもまた、ここ数日でオリビアに心を掴まれていた。
底無しの明るさと、誰にでも愛情を注げる底知れぬ愛情深さに惹かれていたのだ。
「こりゃ、かの冷徹なリアン様も気が気じゃないっすねぇ」
「どういう事だ?」
カイは悪戯に微笑み「ほれ」とまっすぐレイの方を指差した。
レイは頬を赤らめ、優しげで熱を浴びた眼差しをオリビアに向けていた。
その光景を見てリアンは、身に覚えのない虫唾が体を走った。
「くだらん」
そう冷たく答えると、仕事があるとその場を後にし、城へ戻ったのである。
だが、次の日もその次の日もリアンは城を抜け出しては密かに、オリビアを陰から見ていた。
リアンはただただ、オリビアの計画を見届けてみたかった。
彼女の不思議な力がもたらす結果を、密かに楽しみにしていたのだ。
ーー確かに。この娘が国を立て直したのは嘘ではないようだな。
大したものだ。
オリビアのもつ力への尊敬。
この時のリアンがもつ感情は、ただそれだけだった。
リアン自身も、それ以上はない。そう信じていた。