ーオリビアの新しい街と旦那様ー
生誕の式が終わり、国民や動物達はぞろぞろと帰途についた。
王族も会席場へ向かい、もう一人の本日の主役の訪問を待ち構えていた。
エトワールの王族が長いテーブルへと腰掛け、飲み物が揃った頃、部屋の扉が開いた。
日も落ちてきた夕刻。冷える通路に、コツコツと数名の足音が響く。
一年前に見たことのあるドーランとジャッカスが先頭を切り、部屋へ入ると後からアリスタ国王、王妃と続いた。
そして、数歩遅れて、リアン王子と思われる方が部屋の中へ現れた。
まるで光が透き通っているかのような金髪、整っている顔立ち、キリッと伸び冷酷であるが、何処か寂しそうな瞳。
鍛えられ、逞しい体つき。
確かに、これは女性がほっときそうにない美貌ね…
リアンを見た瞬間、オリビアは率直にそう思った。
だが、それ以上にどこか愛を見失った瞳が気になった。
「お噂通り、とてもおモテになりそうなお方ですね」
「オリビア様こそ、お噂通りお美しい。御御足のことは聞いております。
痛みはないのですか?」
「ええ、痛みはありません。力があまり入らないだけです。
ご心配ありがとうございます」
そう言ってオリビアは微笑んだ。
その瞬間、リアンの心は少し騒ついた。
知らない温かさを感じた気がしたのだ。
そして、この時からリアンの中で何かが変わっていく事に、気付くのはまだまだ先の話…
「オリビア様、お誕生日おめでとうございます。
私たちとしても、このバカ息子がようやく結婚する気になってくれて、とても安心しているんです。
申し遅れました。私はアリスタ国のマクロスと申します。
こちらは私の妻のフィオーネです」
「はじめまして。こんなとても可愛いらしい方が、お嫁さんに来ていただけるなんてとても嬉しいですわ〜」
リアン王子とは打って変わって、全く印象の違う、向日葵のような国王と王妃であった。
なぜ、このお二人がいながら、このように愛を知らないと語っているかのような瞳になるのか。
オリビアは心底不思議でならなかった。
「お初にお目にかかります。私はオリビアと申します」
オリビアはそう言いながら、深々と頭を下げた。
顔を上げて、オリビアは微笑み、言葉を続けた。
「私も、マクロス陛下、フィオーネ殿下共々とても素敵な方々で、不安が一気に吹き飛んでしまいました!
マクロス陛下、フィオーネ殿下、ドーラン様、ジャッカス様、そして、リアン様。
不束者ですが、これから末長くどうぞ宜しくお願い致します」
そう言ってオリビアは、この先の未来に期待を込めて、どこかあどけなく笑った。
その満面の笑みに、その場に居合わした者は皆、オリビアの笑顔に癒されていた。
「さあ!皆さん、食事に致しましょう!
お口に合えば良いのですが…」
エリザベスはそういうと、それぞれを着席させ、皆で和気あいあいとディナーをとった。
リアン王子を除いて…
彼は、終始愛想笑いで、とてもつまらなさそうにしていたのだ。
オリビアはもちろん、その事に気付いていた。
ーーーー…
ーーーーー…
夕食を終え、オリビア達は、リアン達に今日は遅いからと宿泊を勧めた。
だが、リアンは四日後に予定があるから帰国すると言い出し、それなら皆でという事で、オリビアもその日のうちに、エトワールを離れる事になった。
「では行ってまいります。
お父様、お母様」
「長い道中だ、気をつけてな」
「いってらっしゃい」
エリックとエリザベスは少し寂しそうに、温かくオリビアを見つめた。
オリビアが馬車に乗り組むと、御者の合図とともに馬は走り出し、すっかり日が落ち、暗闇と化した街の中へと消えていくのであった。
エトワールからアリスタまでは馬車で三日かかる。
途中国にあるという三ヶ所の別荘で休息を挟みながら、オリビアたちはアリスタ国へと向かった。
十月十三日夕刻。
日が落ちかけ、辺りにはオレンジ色の空が広がる。
建物や地面さえも、空の色に染められ、冷たくなった風とは反して、オレンジ色の夕日が肌を温かく照らした。
様々な国を通ってきた。
他国へ出たことのないオリビアにとって、見たことのない国しかなかった。
窓に顔を押し付けるように、目を凝らして見つめていた通り過ぎる景色は、新鮮そのもので、彼女の心を躍らせた。
アリスタに着いた時、既に夕刻で、日の高い時の姿は見る事ができなかったが、オレンジ色に染まる街並みでもオリビアは感動を覚えた。
とても煌びやかで背の高い建物が多く連なり、多く並んだ街灯。
夕刻というのに、おしゃれをして外出している国民達。
今頃シャッターを開けるお店もあった。
広場とは違う、公園というものがあり、遊んでいた子どもたちは、皆手を振り友人たちと別れて行った。
見慣れない景色、見慣れない行動、初めて聞く施設の名前。
その全てがオリビアの心に、輝く未来への期待をもたらした。
ーーーー…
ーー…
「お帰りなさいませ。エリック陛下、フィオーネ殿下、リアン王子、ドーラン様、ジャッカス様。
そして、初めまして、オリビア様。
ようこそお越し下さいました」
馬車を降りてすぐ、数人の使者とともに目の前に現れた男性は、一人一人に歓迎の声を掛けた。
「私は、この城で執事長を務めております。
ロイと申します。以後、お見知り置きを」
「ご丁寧にありがとうございます。私はエトワール国のオリビアです。
そして、この者は私の幼き頃から付いてくださっている、メイドのメリッサです」
私は唯一、私に付いてきてくれたメリッサを、目の前のロイさんに紹介した。
メリッサが黙って、笑顔で会釈をすると、ロイさんとメリッサが私の荷物を下ろしはじめた。
「ロイさん、お手数お掛けして申し訳ございません。
本来であれば、私がしなくてはいけないことですのに…」
「気になさらないでください。御御足の事はお聞きしております故。
それに、これからは私たち使者共もオリビア様の使者でもありますから。
存分に甘えてください」
ロイさんは、エトワール国で31歳のメイド長メリッサとは違い、いかにも執事長という肩書の似合う60〜70代ぐらいの男性であった。
オリビアは二人が並ぶ所を見て、どこか親子の様に見えて少し可笑しくなった。
「さて、あなた達も手伝ってくださいね」
ロイはパンパンと二度、白い手袋をした手を鳴らすと、後ろに控えていた他の使者達を動かした。
皆の手伝いもあり、オリビアはロイに車椅子を押されながら寝室へと案内された。
「さあ、こちらですよ」
足のことを考慮してくれたのだろう。スロープも階段もない、一階に寝室は位置していた。
白と青で統一された部屋には、クイーンサイズのベッドがどんと置かれていた。
持ってきた荷物が全て運び込まれ、メリッサが服をクローゼットへ直していく。
「メリッサ、ありがとう。ここまで着いてきてくれた上に片付けまで…」
オリビアは少し迷っていた。
私は決意し、嫁いできたものの、国が大好きなメリッサは寂しいのではないかと。
「その、メリッサはついてきて良かったの?」
「何を仰いますか!オリビア様!
確かに私はエトワールが大好きです。寂しくないといえば、嘘になります。
ですが、それ以上に姫は私の生きがいなのです。
幼い時からお使いさせていただき、その日々は私の宝物です。
これからも姫と共に居たいのです。
姫が大好きですから」
そう言ってニコッと笑うと、メリッサは手際良く作業を続けた。
「メリッサ…私も大好きよー!」
そう言ってオリビアは目の前のメリッサ目掛けて、飛び付いた。
足の不自由なオリビアはメリッサと共に倒れ込む。
メリッサはオリビアが唯一、素を見せられる存在である。
12歳の頃から国の為に、身を引き締め人々と接してきたが、中身はまだまだ女の子なのである。
メリッサとは、おしゃれの話で盛り上がったり、メリッサの恋の話で盛り上がったり…
姉妹の様な関係なのである。
メリッサに起こしてもらい、再び車椅子に座らされたオリビアは、メリッサに入浴を手伝って貰い、旅の疲れを取るかの様にぐっすりと眠りについた。
翌日、嫁いで早々後悔する事になるとも知らず…