ーオリビアの誕生日ー
ーー時は現在に戻り、エリザベス妃の思いを辿る。
オリビア…我が最愛の娘。
この子が生まれた時には、こんな立派な王女になるなんて想像はしていなかった。
誰も想像出来なかっただろう。
手に乗るくらい小さな存在だったオリビア。
いつでも目にいれておかないと、いつの間にか姿が見えなくなってしまう。
元気に走り回っていた少女は、少し大きくなると、走り回れなくなっていた。
何度食事を持っていっても口をつけず、彼女が口にしていたのはたまに受け取るパン屋のパンを一日ひとつだけ。
成長期のあの子は、栄養を取らず、自身の成長を遅くする事で、服や食費など王族にかかる費用を減らして、国に回した。
私たちは食事さえ取るものの、安いものや、畑の痛みもので商品にならない作物を使い、服も今あるものを着回して、オリビアの助けになるよう、私たち自身も王族の費用削減に力を入れた。
一度言い出したら聞かない子だから、せめて、あの子のしたい事を皆で支えようと、私たちだけでなく国を上げてあの子を支えたのだ。
あの子の手伝いをした私たちが凄いのではない。
意図的で無いにしろ、心から国を思い率先して覚悟と努力を見せたあの子だからこそ、皆が惹かれ、付いてきたのだ。
あの子の熱意は磁石のように、私たちや国民はそれに惹かれて集まる砂鉄のようにあの子を取り囲んだ。
そんな貴方はまた大きな決断をし、新たな道を切り開こうとしている…
少し寂しそうにエリザベスは、オリビアの首元に、そっとこの日の為にあしらったネックレスを掛けた。
オリビアの誕生月の誕生石であるオパール。その中でも珍しいブラックオパールと、エリザベスの誕生月の誕生石ダイヤモンドをあしらったネックレスである。
それはシンプルでありながら、一際輝きを放ったネックレスであった。
「これは貴方へお母さんからのお守りよ」
エリザベスはそう言って、オリビアの肩に手を置くと、そっと微笑んだ。
ーー離れていても、この子に幸せが絶えず訪れますように。
そう願い、エリザベスはおでこをオリビアの頭につけ、そっと愛おしそうに唇を続けて落とした。
「…お母様、ありがとう。なんか、いつもお母様が見守ってくれてるみたいで温かいわ」
そう言ってオリビアは、嬉しそうにネックレスを掴んで微笑んだ。
ーーーー…
ーーーーー…
オリビアがドレスを着て、国民の前に出る。
一歩一歩ゆっくり、松葉杖をつきながら。
車椅子だと皆の顔が見えないから嫌なのだとか。
力のうまく入らない足をゆっくり進める。ふるふると足をふらつかせながら、笑顔で皆に手をひらつかせる。
「あんなに小さかったのに…」
ポロリと溢れたエリザベスの言葉は、その場にいた王族の皆の涙を誘った。
エリザベスはオリビアの背後で、すっと右手を上げて、目の前にかざした。
その手をオリビアの姿に重ね、深く思った。
ああ、あの子がこの手をすり抜けていく。
手の中に収まっていた貴方は、いつの間にか国中を豊かにし、
あっという間に、この手をすり抜けて旅立っていく。
…行ってきなさい。
エリザベスは届かなくなった手を下ろし、そっとお腹の前で両手を組んだ。
ーーーーー…
ーー…
そんな情緒が、背後で繰り広げられてると知らないオリビアは、歓喜の渦に向かい合っていた。
「みんな、ありがとう。
私は今日、アリスタ国へ旅立ちます。
…みんなっ!…っ大好き!」
そう言ってオリビアはひとしきり手を降り挨拶を終えると、国民に背を向けた。
下を向いて、肩を震わせながら。
頬には涙が伝い、家族のような国民達と離れる寂しさに打ち負けそうな思いを堪え、前へ前へ進む。
後ろ髪を引かれながら…
「王女様〜!いつでも遊びに来てくださいね〜!」
「貴方はこの国の宝です!何かあったら私たちが守りますとも!」
「この国の事は任せてください!皆で守ります!」
背後から聞こえる温かい歓声に、抑えていた感情が滴となって、止めどなくオリビアの瞳からこぼれ落ちた。
オリビアはもう一度、国民の方を見ると、涙で崩れた顔を恥じらう事なく、満面の笑みで答えた。
「みんなーありがとう!!また遊びに来るから!!
大好きだよーー!!」
まるで幼い頃のオリビアが戻ってきたかのような、無邪気に笑いかける姿に皆が笑顔と涙を流した。
「全く、永遠の別れというわけでもなかろうに…」
「そういう貴方が一番泣いているではありませんか」
号泣しながら、毅然を保とうとするエリックにエリザベスは、間髪入れずに笑いながら突っ込んだ。