ーエトワール国王女オリビアー
とある西の大陸にある、背の高い木々が茂る深い森。
鳥のさえずりもなく、ひんやりと冷え込む森には僅かな日の光が差し込む程度の明かりしかない。
夜になれば、不気味に轟くフクロウの鳴き声と不安を煽るような虫のさえずり。
この森を通るものはとても少なく、夜となれば尚更、皆無である。
そんな森についた名前は『永黒の森』
永遠と続くような暗黒から付いた名前だという。
そんな森にも年に数回、僅かな音楽が響いてくる事がある。
ただ、それさえも、周辺の国からは『魔女の口笛』だの『死した戦士の歌声』だの、様々な異名が付けられ、行商人以外は立ち寄らぬ森であった。
しかし、誰も近寄らぬ故に知られぬ、小さな小さな国がその森の先には広がっているのだ。
今日も森に僅かに響く音楽。それにつられて、息を潜めていた動物たちは、僅かに差す木漏れ日を頼りに音のなる方へ近づいていく。
先頭を行く珍しい青く綺麗な小鳥は、この日を待っていたかのように音に吸い寄せられていった。
だんだんと大きくなる音楽…
だんだんと小走りになり、歩幅の広がる動物たち…
だんだんと漏れる木漏れ日も増えてきて…
深い森を抜けた先に待つのは…
森の雰囲気からは想像できないほど、賑やかで明るく活気溢れる国。
ーーエトワールーー
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ーーーーー……
森を抜けた小鳥は嬉しそうに羽ばたき、右往左往と森の出口から国の中心部へ向かって、跳ねるように飛び回った。
それに続いた動物たちも、まるで歌い踊っているかの如く跳ねながら、駆け足で小鳥の後を追うのであった。
驚くほど人のいない国中を、終始さえずりながら飛び回る小鳥は、国の中心部へ到達し、広場に溢れかえらんとする人の塊の上を飛ぶ。
後から続いて到着した動物たちは、人の塊の後ろの方で、楽しそうに飛び跳ねたり、歩き回ったりしている。
そう、今日はこの国の全ての人が休みなのだ。
木こりやパン屋、服屋に役場だって…
レストランに病院、床屋でさえも今日は休みなのだ。
なぜなら、今日は年に一度のめでたい日。
みんなが愛する、エトワール国王女、オリビアの誕生日なのだから。
それもただの誕生日ではないのだ。
この国で成人を迎える、18歳の誕生日なのだ。
そして、めでたく嬉しい反面少し寂しい事実も、皆がより歓喜する理由の一つなのである。
今日、十月十日、オリビアは遠国のアリスタへと嫁いでしまうのである。
国民は皆、お祝いする反面、寂しいという気持ちを心の隅に隠して、これ以上無いほどの声で笑顔で、歌い、声を掛けるのであった。
エトワール国、王族の住む大きなお城。
清楚であり高質な雰囲気漂う、白と青を基調とした装いの城の中部より少し上に位置する半円状のテラスから、一歩、また一歩と、ゆっくりオリビアが顔を出す。
エトワールでは王族が生誕記念日にお披露目する衣装の色が決まっている。
幼少期(1〜6歳)には汚れを知らぬ白。
成長期(7〜15歳)には男の子なら澄み渡った空の美空色、女の子なら淡く女に色づいてくる淡紅色。
青年期(16〜17歳)では男の子は少し強みや芯のある群青色、女の子にはこれから花開く薔薇色。
そして、成人を迎えると婚約を迎えるまで、男はより強く深みを帯びた深縹色。女は、強く濁りのない真紅色と決まっている。
ただ、オリビアの場合、18歳の生誕記念日にして、正式な婚約が決まった日でもある為、真紅色を身につける事は出来ないのである。
婚約後、お披露目する衣装は最初の五年だけ決まっている。
男女共に、新緑の柳のイメージから新婚のまだ経験の若い夫婦という意で柳緑色の衣装なのである。
それ故、今日オリビアが身につけているドレスは柳緑色で、若く引き締まった体型を生かしたマーメイドドレスである。
まだまだ未発達の胸部はふわりとカバーできるシフォン仕様で、左右の二の腕を真っ直ぐ横切るように胸元を包み込み、背後では大きくVを描くように背中を見せ、生地に折り込んである。
細くキャミソール状に、伸びたドレスを支える肩紐は背後ではVを描くように、少しずつ布幅を広げ、腰あたりで一つの布として肌を隠す。
腰にはパールの二連ベルトが、左から右へ二本の幅を広げるように付けられ、左の腰部分に百合のチャームが付いている。
オリビアは艶のある薄いグレージュカラーの髪を前では6:4で左右に分け、輪郭左右に巻いた後毛を流し、後ろではトップにボリュームを出してゆるりとした編み込みの目立つアップヘアアレンジをドレスと合わせた。
首元には母エリザベスから貰った深い黒みとキラキラと断片的に光る緑や赤が目立つ、宇宙のようなブラックオパールとダイヤモンドのネックレスを下げている。
淡いオレンジ系の口紅を塗った唇をキュッと噛みしめ、ピンクに色づく頬を声のなる方へゆっくりとあげた。
黒く長く伸びる睫毛は、薄い黄色とオレンジ系で色付けられたまぶたを押し上げ、オリーブのような鸚緑の瞳をあらわにした。
今、オリビアはテラスの先頭に立ち、広場から溢れんとする人々の歓喜に目を向けた。