3話 「幻影」
――朝食を食べ終わり、俺と維緒と芽衣は街へと出かけていた。
人で多く賑わい、明るさが盛っているこの場所で俺はヒーローを探していた。
「それにしても、絲瀬はこんな術式まで使えるんだ……凄い」
「そ、そうか……」
維緒がきゃっきゃはしゃぎながら俺を輝く瞳で見つめてくる。
なんだか気恥ずかしくなりつつも、俺は平静を保つ。
「確かに、見た目を変えられる術式は初めて見ました」
「まあ俺達のことは他の奴らは違って見えるだけだ。『外陌染』では術者が指定した人間だけには姿が変わらずに見え、それ以外の人間には全く知らない人物に見えるんだ」
「なるほど……絲瀬さんはやっぱり凄いです!」
好奇の目で見つめる芽衣と、爛々とした目で見つめる維緒。
この二人の視線が、なんとも幼げでとてもぐさりと刺さる。
ぐっ、この術式を多用してヒーローを欺き続けていたなんて言えない。
まあ一人生き延びた奴が俺の素顔を見やがったがな。
それで俺の身元が判明して素顔だけばれた。どこに住んでいるかまでは把握できてないみたいだがな
「まだ大丈夫か……」
「絲瀬、何か言った?」
「いやなんでもない」
維緒に適当に言葉を返す。
すると目の前に謎の人だかりができていた。
「絲瀬さん……あれは一体」
「あいつ、テレビで見た事あるやつだな。確か……スパイダー健悟っていうふざけた名前のヒーローだっけ」
俺はにやりと笑い、維緒の方を向く。
「術式を展開してくれないか?」
「いいよ。ちょっと待ってて……術式A展開――【時間】世界停止」
その途端、俺と維緒と芽衣、そしてスパイダー健悟以外の人々の動きが止まった。
「君達、急に止まってどうしたんだい……もしや犯罪者の仕業か?」
「正解だよ、お兄さん」
「今すぐ市民を解放しろ! でなければただではおかないぞ」
俺は外陌染で見た目を大人の女性へと変化させている。
そしてスパイダー健悟に話しかけたのだ。
「ただじゃおかないのは貴方の方わよ……術式A展開――【偽装】失楽園」
「な――」
その瞬間、俺とスパイダー健悟、維緒と芽衣がある場所へと送還された。
「ここは――?」
スパイダー健悟が周囲を見渡して狼狽している。
豊かな草原の上に、俺とスパイダー健悟は立っている。
維緒と芽衣は近くの森の中にいる。
「ここはどこだ! 貴様は何をした!」
「あら、術式Aをちょこっと使っただけわよ」
「術式Aだと!? まさか貴様は……」
「そうさ、俺だよ」
顔の半分を砿絲瀬のものにし、俺は哄笑する。
するとスパイダー健悟は恐怖の眼差しを俺に向ける。そして腰が抜け、俺から離れるように後ろへと逃げる。
「無駄だよ。ここは俺が作った空間だ。他人の術中の中でお前に何ができる」
「ひっ! 頼む、命だけは!! 頼むぅぅ!!!!!」
すると俺は全身を『砿絲瀬』に戻し、そして憎悪を滾らせた双眸でスパイダー健悟を睨め付ける。
「五月蠅いなぁ……耳障りだ」
「やめてくれ、頼む!!! 本当にやめてくれ!!! 俺には妻と娘がいるんだ!!」
「あ?」
俺はスパイダー健悟の言い分に、一瞬何かを思い出した。
すると何かを思い出した途端、俺は心の中が憎悪で埋め尽くされた。
「じゃあな……術式A展開――魔手の柵」
「ぎゃあぁあぁぁあああぁあぁあああ!!!!!」
辺りに響き渡る程の悲鳴が響き渡った。
それもそのはず、スパイダー健悟は真っ黒な手に両手と両足を千切られたのだ。
滂沱としながら血を吹き出している態で、スパイダー健吾は必死に叫ぶ。
「助けてくれぇぇぇぇえ!!! 誰か……誰かぁああああぁあああ!!!!!」
しかしその足掻きも虚しく、誰も助けには来なかった。
「もういいぞ、姉貴、芽衣」
すると森の奥から青ざめた顔をしている芽衣と維緒が姿を現した。
「絲瀬、ちょっとやりすぎじゃない?」
「これくらいして恐怖に陥れないと術式を無駄に行使してきて面倒だからな。ほら、芽衣、術式を使ってみてくれ」
「うん……術式B展開――【幻影】風花の玲瓏」
芽衣がそう唱えた瞬間、スパイダー健悟の周りに数輪の花が咲いた。
刹那、その花々に風が吹いた。そして花々は爆発してスパイダー健悟を吹き飛ばす。
轟音と共に大量の血飛沫が上がり、断末魔を発する前にスパイダー健悟は絶命した。
「なるほど……花に見せかけた爆弾か。それに風が吹くことにより爆発する……」
かなりトリッキーな術式だ。
「芽衣、術式はあと何種類使える?」
「3だよ……結構疲れるけど」
「分かった。それらも少し見せてくれないか? 無理ならいいが」
「ううん、大丈夫だよ! でも使うって言っても……」
「大丈夫だ。ほら」
脳内で術式『常世ノ齷齪』を唱え、一人のヒーローを目の前に出現させる。
そして怯えた様子のヒーローに向かって芽衣が口を開く。
「術式B展開――【幻影】朧」
その瞬間、ヒーローの周りに霧のようなものが立ち込めた。
そして再び芽衣が唱える。
「術式連続展開――【幻影】幻ノ黝々」
すると、ヒーローの身体が紙が破ける様に散った。
そしてヒーローは黒い球体に閉じ込められ、その球体は浮かびどこかへと消えた。
「凄いな……術式の連続展開とやらも初耳だがここまで強力な術式が使えるとは」
「凄いでしょ! これはね二つの術式を組み合わせて私が作ったんだよ」
「そうなのか……」
すると維緒が、
「これは術式Aランクと言っても過言じゃないよ。まず、時空の歪みで球体を創造して景色の幻でその球体を隠す……まあ霧で隠してるみたいだけど。更にその後、身体の細胞を破壊して紙の様に薄くした。加えて身体を千切り、そして球体にその残骸を閉じ込める――といった感じの技だね」
技の説明を術者本人ではないのに維緒が説明してくれた。
「維緒ちゃん凄いよ! 私のやってること全部説明してくれるなんて……それにしても術式Aランクに近しい程の術式なのかぁ……いっそのこと術式Aにしちゃお」
「それでいいんじゃないか。俺も凄すぎて見惚れた」
「い、絲瀬さん……もしかして私に?」
「いや術式にだ」
「そうなんだ」
芽衣と俺はそう言葉を交わす。
「強いな……そりゃ660人も殺せる」
俺は静かに呟き、そして芽衣と維緒を交互に見て、
「そろそろ戻るぞ、あまり俺のこの術式は長時間使用はできないんだ」
「そうなんだ……かなり力とかいるの?」
「ん? 術式に唱えるには術力というものが必要でな、それを消費して術式を唱えるんだ。まあ『失楽園』は普通の人間には行使できない術式だろうがな……行使したら術力が枯渇して即死だ」
「ひぇっ」
小さく悲鳴を上げる芽衣。
そして俺は、自身と芽衣と維緒に『外陌染』を唱え見た目を変えて、失楽園の術式を解き元の世界へと戻った。
【用語解説】
・ヒーロー:政府公認の組織。正義を掲げ、犯罪者を捕まえることを基本としている。絲瀬は『偽善 者』と呼んでいる。
・異能:生まれた時から人が身についている超常的な能力。基本的に『水』『火』『土』の異能を持つ者が多い。
・特殊異能:上記の基本的な異能ではない異能のことを指す。
・術式:自身の異能を行使するために必要な行為。術力というものを消費して唱えることができる。
・術力:術式を唱えるために必要な力。尽きると死ぬ。