第二話 忘れてしまいました。
私は湊二郎様の通う学校へと向かうために家を出たのですが、よくよく考えたら私は湊二郎様の通う学校の場所を知りません。
以前、湊二郎様は鉄道は使わないと申しておりましたし……仕方ありませんね。あの手を使うとしましょう。
「おはようございます。長老」
「(心雪か。おはよう)」
私の話しかけた灰色のちょっとぽっちゃりした猫さんこそがこの街の長老です。猫の手を借りるというのはまさにこの事です。
猫耳の影響なのか私は産まれた時から猫たちの声を聞くことができました。長老とはもう4年ぐらいの付き合いになります。
「(何処か出掛けるのか?)」
「はいっ! 湊二郎様がお弁当を忘れてしまったのでお届けに!」
「(心雪も大変そうじゃな。ところで場所はわかるのか?)」
長老の目が鋭く光りました。この猫業界はそこまで甘くないのです。
「実は昨日ですね。良い鰹が手に入ったのですが……1枚、どうです?」
「(ふっ、本来なら二枚というところじゃが、心雪との仲よ。特別に1枚半といったところで手を打ってやるとするかの)」
さすがは長老。抜け目がありません。ですが、私としても鰹は渡したくありませんし、湊二郎様に早くお弁当を届けなければなりません。
「……長老、残念ですね。他を当たるとしましょう」
「(待てっ! それは困る! わかった1枚でいい! だから案内させてくれッ!)」
勝ちました。長老も案内しなければ鰹は貰えませんからね。この街に住む他の低級猫さんたちに聞けばもっと安く交渉できますし、長老としても私からの恩恵が無くなるのは痛手なのでしょう。
「ではお願いしますね」
「(すっかり交渉上手になりおって……)」
以前なら鰹3枚とか言われても普通に出して上げましたからね。いくら私でもそれぐらいは学習しますよ。
こうして私は長老の案内のもと、湊二郎様の通う学校へと向かったのでした。
「……で、お弁当を持ってくるのを忘れたと」
「本当に申し訳ありませんでしたッ!」
家で説明を終えた私は湊二郎様に土下座しました。
私はあろうことか玄関の棚にお弁当箱を置いてきてしまったのです。なぜ手ぶらで来てしまったのでしょうか?
これでは長老に鰹を支払い損です!
ちなみに湊二郎様のお弁当は私の昼食になりました。
そして、湊二郎様は学校で売ってるものを食べて貰いました。
「まあまあ、湊二郎もその辺にしといてやれよ。心雪ちゃんにお世話になってるんだろ?」
「はぁ……多久郎、お前は心雪の着物覗こうとするな。心雪も心雪だ。それぐらい自分で気づけ」
私は湊二郎様に言われて多久郎さんの右手を見てみると確かに私の着物を覗こうとしていました。
私は慌てて着物を抑えて多久郎さんから距離を取りました。
多久郎さんは湊二郎様のご友人で、湊二郎様が中学生になってこの街に引っ越してきた時にとてもお世話になった方です。
ちなみに多久郎さんは今日、家に宿泊すると湊二郎様から伺ってます。
それから謝り続けること5分後、耳を触らせることで湊二郎様からお許しを戴きました。
「もふもふは正義やわぁ……」
「んっ……んんっ!!」
「おい、心雪ちゃんが大変なことになってるぞ」
私が身体をピクピクとさせていると多久郎さんのお助け船がやってきました。
よ、ようやく開放されます……
「いつものことだ。気にするな」
「ふにゃあっ!?」
私のお助け船は颯爽と沈没しました。なんとかダウンする前に夕食の準備を理由に逃げ出しました。
さて、今日の夕食は鰹を使った料理です。1枚は長老に盗られてしまったので、残り三枚。
……今日はカツオの竜田揚げにでもしますか。
「必要なのはお酒とみりん、醤油、揚げ油、生姜……それと片栗粉でしたね」
お味噌汁はどうしましょうか? ……あっ、そういえば多久郎さんからナメコと大根を戴きましたね。ではそれにしましょう。
時間が経過し、カツオの竜田揚げとナメコと大根の味噌汁の完成しました。
御飯も炊いてあるので、あとは海苔でも付けて、デザートの苺を出せば完成です!
「「「いただきます!」」」
湊二郎様と多久郎さんが食べ始めたのを見てから私も食べ始めました。
使用人が主人と食事をするのはどうかと思ったのですが、湊二郎様は寂しがり屋さんで私と一緒に食べると駄々を捏ねられてしまい、とても悩まされました。
結局私は湊二郎様の強い希望に折れ、私も湊二郎様と一緒に食べるようになりました。
さて、早く食べてしまわないと冷めてしまいますね。ではまずは味噌汁から……
私が味噌汁を取ろうとした時、私の視界には湊二郎様の空になった器が映っていました。
「ごちそうさまでした」
「本当に早いですね……」