第十二話 感染症にかかってしまいました。
あれから1週間ぐらい経ちました。私は気絶した影響でキスした記憶をなくしたという設定で湊二郎様と接しています。そうでなければ私は湊二郎様に話しかけることもできません。
けれど、湊二郎様はこの1週間で明らかに態度が変わったように感じます。
「湊二郎さまっ、いつも通りお味噌汁お願いしますね」
「あ、ああ。任せろ」
掃除や洗濯、夕食の準備も少しだけ手伝ってくれるようになりました。
湊二郎様は覚えるのが早くて、近いうちに私の仕事が無くなってしまいそうです。
「なんか夫婦みたいですね」
「え? そ、そうか?」
ちょっとだけ顔を赤くしてそっぽ向いてる湊二郎様がかわいいですっ! もうこのまま籍入れませんかッ!?
その日の夕食の準備を終え、湊二郎様と二人で食べました。
夕食後、私は食器を洗い、その隙に湊二郎様がお風呂に入りました。湊二郎様はあの日以降毎日お風呂に入ってます。
「心雪、上がったぞ」
「そうですか。では私も入ってきますね」
私は入浴を済ませ、浴衣に着替えました。
その後、居間に戻るなりテーブルを退けて布団を敷きます。湊二郎様は自分の部屋があるのに最近は一緒に寝てます。まるで赤ちゃんみたいです。
「まだ寝るのには早いですね。耳掃除でもしましょうか?」
「じゃあ頼む」
私は引き出しから耳かきを取り出して布団の上に座ります。
そして、膝の上をぽんぽんと叩いて湊二郎様の頭を乗せます。世間が言うところの膝枕というやつですね。
「最近の湊二郎様は赤ん坊にでもなられたのですか?」
「お前のせいだろ……」
湊二郎様はなにか小さな声で呟きましたが、私には湊二郎様が何を言ったのかはわかりませんでした。
「なにか言いました?」
「いや、別に」
「そうですか」
湊二郎様の耳掻きをし終えると眠気が襲ってきたので、私は布団に入り、就寝しました。
そして、翌朝のことでした。私は熱を出し、とてもダルくて身体が寒く、布団から出ることすら叶いませんでした。
「風邪だな。季節の境目だし仕方ないな。しばらくはゆっくり休んでくれ」
「はぃ……」
私は季節の境目である春と秋には必ず1回は風邪を惹きます。原因はわかりませんが、柚葉ちゃんが言うには私は自分の体温を調節することが下手らしいです。
幸い、昨日商店街に買い物へ行って、食材をたくさん買ったので食料不足にはなりません。
「掃除だけお願いしますね……洗濯は━━━━ひくちっ!」
「洗濯はしないからゆっくり休め」
私は湊二郎様に布団をかけられ、横に寝かされました。けれど、先ほどまで十二分に眠っていたので眠れません。
私は湊二郎様をジッと見つめることにしました。湊二郎様は着々と廊下を雑巾で拭いていきます。
そういえば今日はお掃除しなくても良い日でしたね。でも湊二郎様がやってくださるのでしたら良しとしましょう。
「おい、寝てろ」
「……先にお手洗いに行ってきます」
布団から起き上がると身体がフラつきましたが、なんとか廊下に出て、お手洗い場へと向かいます。
そして、お手洗い場から部屋に戻る際に私はなにもないところで転んでしまいました。
「心雪ッ!? ……病院に連れて行ってやる」
私は首を横に振りますが、湊二郎様は私に上着を着せてから背負い、病院へと向かい始めました。
湊二郎様の背中ってこんなに大きかったんですね。いつも見てた筈なのに、全然気づきませんでした。
そして、病院へと着きました。
「お兄さん、病院に来て正解ですよ。これは風邪じゃありません。『猫耳パルボウイルス感染症』です」
お医者様が湊二郎様にそう言いました。私はその名前を聞いて驚きました。『猫耳パルボウイルス感染症』は大抵は風邪だと思い、気づくことが少ないので、そのまま何もできずに死んでしまう致死率が高い病です。放置すれば1週間程度で亡くなります。
最近は滅多に発生しないと聞いていたので私もすっかり油断していました。
「では薬出しますね。1日2錠、朝と晩に1回ずつ。症状が収まっても1ヶ月間毎日飲ませてください。再発する可能性がありますので」
「はい、わかりました」
湊二郎様はもらった薬を私に飲ませました。そして、薬を1ヶ月分戴いてお会計に。
「診察料と医薬品料に『猫耳税』が入って9000円です」
猫耳の診察には『猫耳税』というモノがあって、普通よりも割高になってしまいます。
なので湊二郎様の負担を減らす為にも病院にはあまり来たくはありませんでした。けど、湊二郎様は自分のお財布からお金を取り出して支払いをしました。
そして、その帰り道。私は湊二郎様に背負ってもらっています。
「お金はあとでお渡ししますね。使わない賃金ですし、家にあっても狙われるだけかもしれませんし」
「そうか」
私も一応お給料は戴いてますが、微塵も使わない為、家の地下室に眠っています。
月々のお給料は低いですが、私には90年分のお給料がほとんど残ってます。今回はそこから湊二郎様に渡します。
「そういえばどうして私が『猫耳パルボウイルス感染症』に掛かっていると気づいたんですか?」
「風邪の時とは違ったからな。それに俺、実は医者になりたいんだ」
「お医者様ですか?」
私は首を傾げて湊二郎様に聞きました。
今まで甘えん坊だった湊二郎様が夢を持つようになっただなんて紗由理様が聞いたらなんて言うか……
「ああ、ちなみに多久郎は政治家だ。二人でこの国の猫耳を変えようってな」
「多久郎さんとですか……湊二郎様らしいですね。是非とも変えてみてください。私はいくらでも湊二郎様にお付き合いしますよ」
湊二郎様は私を見て少し笑い、私を背負ったまま家へと帰って行くのでした。