第四章[B.H.S.D作戦]第一話
魔人種の男が呟く。
「ヨルムンガンドか……」
「気をつけろ。油断ならんぞ」
これを言ったのは老齢の甲蟲種。
「分かっている、ヘラクレス」
「アギ、頑張ってね!」
「おぉ!たまらん!」
甘い声を受けた魔人種の男が体をくねらせる。
誰が見ても不快感を感じさせる動作であった。
「……アギ、お前のそれは何とかならんのか」
「知ってるだろう?治らん!」
「全く……」
時は深夜。
[レリス]に最も近い北方の大陸、今やデザイアの巣窟と化し、歯車で動く鋼鉄世界に作り替えられた[マギナアレス]にて。
赤紫の巨体が低空を飛行する。三つの物体から構成されるそれは左側から煙を吹いてゆっくりと高度を下げつつある。
上からみれば真ん中は後ろに長いひし形、左右は六角形。そんな三つの物体でできた巨躯。
それの中心部位の後ろ側が上下にスライド展開する。次いでその内部から蛇腹剣のようなユニットが勢いよく打ち出される。
灰色のワイヤーに薄汚れた白の二等辺三角形の物体が一定間隔で取り付けられている。そのうちの一つが貝の殻のように開く。
内部の格納されているのは巨大な漆黒の鎧武者。正確にはそのような見た目のロボットだ。頭部の兜の下にはメインカメラである赤いツインアイが光っている。重厚な装甲が
月明かりを受けて輝く。
「行ってくる。うまく地中に潜れよ」
「ああ」
「うん!」
「「「「「「「「「「「「「は――――――い!」」」」」」」」」」」」」
数秒を置いて、機体が月明かりが照らす夜の中に躍り出る。
武装は背の四の大剣、両腕のパイルバンカー、両腰のガトリング、背部両側面の魔力反応砲。
見るからに重そうな機体は、見た目からは想像できない機動力で宙を舞う。
「餓鬼、出る」
機体、[餓鬼]が安定した飛行をしながら地上を見下ろす。
その機械の目線の先。在るのは十数体のデザイア。箱型の体の背に、それぞれ先端に違う武装がついた六の腕を持つ、[レリス]の者たちは知らないタイプのものである。
背部のスラスターがエネルギーを開放。機体の落下速度を低下させる。
数秒後。
[餓鬼]が背の大剣を手にする。
刀身の半分が透明なパーツで構成された鈍色のそれが月明かりを受けて輝く。
そして機体は重量級のそれを掲げ、重力の力を上乗せして勢いよく地上、デザイアの蔓延する地に降り立つ。
「ふっ!」
その瞬間、鬼神たる面の機体が破壊の嵐を巻き起こす。
一撃はデザイアの数体を一撃で大破せしめる。
「俺たちの旅路と……メカっ娘と一緒の毎日のために果ててもらうぞ……!」
「アギ……この変態め」
ヘラクレスと呼ばれた甲蟲種が、角の生えた外骨格の頭に無骨な腕を当てて呆れ気味に呟いた。
数時間後。
大陸[レリス]、北方海岸線基地。結たちがいるところに置いて。
新たな作戦が発動されようとしていた。
例のB.H.S.D作戦である。
海上戦に割かれる戦力は基地の保有戦力の7割となり、主に港に停泊するクローディアとその量産型に乗って出撃することとなった。
そして今、準備は既に完了している。
後は出撃するのみである。
「ようやく章が変わったよね」
凜華がさりげなく言う。
場所はクローディア内部のそれぞれの隊専用の大部屋。
円形の空間を中心として、休息用の部屋がその弧に合わせるように設置されている。
通路は一番端の部屋の横にある。
空間の中心の円卓にいるのは結、凜華、ミューティ、日花里、パール、フレース、ヴィーヴィルの第150部隊[神姫の双翼]の面々であった。
「……怖いです……」
パールが恐れおののく。
彼女の左隣には不機嫌そうな顔で歯ぎしりをし、肘をつくヴィーヴィルがいた。
例のデザイアの爆発で死を免れたのはよかったが、彼は糸に絡めとられ、そのまま爆発に巻き込まれ、一時的に瀕死状態に追い込まれてしまった。
そのことが、ひたすらに彼は気に食わなかったのである。
因みに魔術で完全回復してはいる。
「おい、パールちゃん怯えてるだろ」
パールの右隣に座るフレースがヴィーヴィルをたしなめる。
「あ?」
「……だめだな。パールちゃんこっち」
「……あ、うん……」
パールの手を握ってヴィーヴィルから彼女を離すフレース。
「俺と一緒なら安心だろ。ほら」
「……うん……」
「あの時みたいに、な」
「あの時?」
「ギクッ」
フレースの正面に座っていた日花里が彼の言葉に反応する。
「な~にやってたの?」
「何だよ……こっちの話だろ」
「女の子と一緒に?」
「……何なんだよ」
「ふ~ん」
日花里が疑いの目をフレースに向ける。
彼はその無言の圧に気圧される。
「何してるんですかね……」
凜華の頭上で光の球の状態で浮かぶのはミューティである。
予定では、基地では凜華が持っていた小物に憑依し、過ごすつもりであったのだが。
例のデザイアのおかげで凜華は私物を丸ごと失った。そのせいでミューティは今もこんな状態である。
因みに凜華は服も失ったため、基地にあったこれまた特徴的な服を着ている。
腹と背が丸出しのものである。
「何か寒いかも」
「同じような格好だと思うけど……」
デザインが違うとしても、実は服の構造では凜華の普段着と大差ない。
結がそう思うのも無理なかった。
「……え……えっと……」
パールは日花里のフレースに向ける視線に怯えていた。
頭の魔晶石に手を当て、縮こまってフレースを上目遣いで見ながら小刻みに震えている。
突如。衝撃が艦体を襲う。
「何じゃ!?」
ブリッジでアメヴィスが叫ぶ。
衝撃の原因は港周辺の海が荒ぶったことによるものだ。
「これは……超超長距離射撃でごわす!」
数秒前の海上での観測データを基に分析した結果、分かったことである。
海上には何機か、デザイアの動向を監視するために観測用のタクティカル・パッケージが配備されている。それらがデータを送り続けていたのである。
幸い直撃はしていないおかげで艦隊は無事である。
「こうもタイミングよく来るとはの……」
北方海岸線基地から離れてはるか遠く。デザイアの集団の中。
目を光らせる個体がいくつもあった。
大きさはエクスマキナの二倍に相当する。
しかしてその形は他のデザイアのような機械のような形ではなく、生物……人類種に近い形状である。その前身が漆黒の砲、その他で覆われている。
巨体の足元には秩序なく、乱立する鈍色の物体が在り。
その内部では次々とデザイアが生産されていた。
このデザイアは海上拠点型[レヴァナント]。二年前に現れた最初期のデザイアの一種である。拠点型ではあるがその力は尋常ではない。先の港を襲った攻撃はこれが放ったものである。
拠点としてデザイアの生産能力を持っているだけでなく、本体にも[ルシファー]などの例外を除けば、デザイア最高峰の戦闘能力がある。
決して簡単に倒せる相手ではない。
ヴィン…
赤い二つの瞳が遥か遠くの基地の港を見つめる。
巨腕が持ち上がり、手と一体化した巨大かつ長大な砲が獲物を見つめる。
全ての[レヴァナント]が同様の行為を行う。
出来上がったのは槍の穂先にも見える暴食の顎。
全てが一斉発射されれば、それは万物をエネルギーで粉々に咀嚼し、瞬時に光という喉に飲み込むであろう。
戦いの幕開けは目前に迫っている。
先の攻撃はそれを示す声にならぬ声である。
「わざわざそっちに合わせたんだ。潰しがいのあるのが出てきてくれよ![観察者]なしじゃ見えないからな。“オリジナル”が出てきてもいいぞ!」
彼方の地、大陸[マギナアレス]の首都であった場所にあるデザイアの塔の最上階。クイーンが笑いながら誰にも聞こえない、誰も反応しないと知っていながらも言った。
「あいつは残ってんのかな。確認出来たら[開門者]で回収だ」
その足元に屍を連ね、狂気じみた顔で薄暗い空間に立つ、女王の名を冠するどことなく誰かに似ている上位のデザイアであった。




