第三章[休みとトラブルの一週間]第五十九話
一日後。
「これで全員?」
地上施設の大型多目的ホール内。
そこに先のデザイアの攻撃から逃れた者たちが、魔術での治療を受けた後集まっていた。
先の繭の大爆発。あれは地下一帯を消し飛ばし、地上まで巨大な円柱の穴をあけた。
だが地上は以外にも損害軽微。その理由は糸の爆発の仕方に在る。
糸は末端からではなく根元から爆ぜた。それによってその爆発が大きくなったことと引き換えに、上の糸にエネルギーが回らず、また途中で切れたことによって、それらは地上にそこまでの損害を与えることができなかったのである。
だがそれでも地下の被害は甚大。
格納庫は跡形もなく消滅。
クローディアの出撃用であった区画も吹き飛び、浸水によって地下の穴は水に満たされ、格好の侵入口となっている。だがこの状況の元凶であるデザイアの出現方法は、空間を跳躍するもの。
そんなことを気にしても最早意味はない。
恐らくデザイアはどこにでも現れることができるのだから。
「恐らく死者もだいぶ……」
アクエリアが腕を組んで小さめの声で言う。
格納庫にいた者たちはデザイアの同化の波にのまれ、帰ってくることはなかった。
その上の階層の一部の者たちもまた。
「はぁ……何なのよ」
「そうじゃな……」
アクエリアの言葉に同意する者はアメヴィス。
例のパイロットスーツは脱ぎ、眼鏡をかけて頭に包帯を巻いている。
その理由はデザイアのクローディアのブリッジ攻撃時。
途中でデザイアがエネルギーの暴発で自滅したことにより、攻撃はまともな形ならなかった。そのおかげでゼロ距離で受けても僅かに貫き、小規模な爆発の身で済んだ。
本来の威力ならブリッジが吹き飛びかねなかった。
だが、その小規模な爆発のおかげでヘルメットバイザーが割れ、その破片でアメヴィスは額に傷を負った。
幸い傷は浅かったため、容易に魔術で治療ができ、彼女は傷口が再び開かぬように包帯を巻いているのである。
「数の確認を」
横に立つ基地司令がアクエリアとアメヴィスの二名に言う。
「そうじゃな」
二名は生き残った者の確認に移る。
「ミューティ……」
「……」
凜華が暗い顔で呟く。
結は無言。
あれ以降ミューティは一度としてその存在を現していない。
実体がない以上その安否は不明のまま。
精霊種は物理的な要因で死ぬことはないが、精神的な要因で消滅することはありうる。
何か彼女の心を壊すようなことがあの短期間のうちに在ったのかもしれないが、結局のところ、真実は分からない。
「……」
結は俯き、過去を思い返し、考え続ける。
あの時、デザイアを撃破できればこんなことは起こらなかったのではないか。
そんな考えが彼女の脳にあった。
眼前であんなことが起きたことは、結にはとても受け入れがたかったためだ。
天が彼女の考えを聞けば、師として自惚れてる?とでも言うのかもしれない。
だが、あの時の行動の結果が未来を変えた可能性は否定できない。
過去の事象の改変は不可能であることは結は分かっているものの、しかし。
「だったら……」
全てのデザイアを自分が倒す。
結は改めて決意する。
諸悪の根源が撃ち滅ぼす。
今までのように遊ぶことなどもうしない。
危機感が圧倒的に足りていなかったことは[ルシファー]戦の事で理解できていたのだ。
思いは完全に固まった。
「もう誰も……」
密かにこぶしを握り締めた結。
その一方で。
「ふむふむ」
アメヴィスらが生存者の確認作業を続けている。
「カヅラ……ヴィネ……これで最後かの」
「全部で426名」
「死者は37名か」
「ショックじゃな……」
「けど作戦はやらないと。またデザイアが来る……」
「そうじゃの。あのB.H.S.D作戦を」
B.H.S.D作戦とは、海上のデザイアに対する防御、反撃、侵攻、奪還の一連の流れを組み込んだ大規模作戦だ。作戦名はこの四つの頭文字から来ている。
しかし、デザイアが地を超えて現れることができることが確認された今、後者二つは危険性が高く、やる意味も弱くなった。
元々、次のデザイアの侵攻を機に、大陸奪還のための攻撃を大陸防衛と同時並行で行うことが目的であったこの作戦。
その都合上、持てる最大の戦力を動員する必要があった。
出し惜しむことなど論外。
イアも分からぬデザイアの現戦力。いかほどのものか誰にも分からない。
だが現状では戦力を残しておかなければ不味い。
「うまくやらなきゃ……」
どれくらい戦力を残し、どれくらい戦力を投入するか。
その采配がこれから始まる戦いの勝敗で最も重要なことである。
「ではいったん解散じゃ」
「結……」
「凛華……」
アメヴィスの言葉で400余りの者たちがホールから去って数分。
その出入り口の外側で結と凜華の二人は静かに話す。
凜華はミューティが返ってこないことを心配している。
それは結も同じ。
「ミューティ、探さない……?」
「そうだね……」
二人の間には重い空気が漂う。
どちらも表情は明るくない。
「取り合えず、あそこ行こっか」
「うん……」
あそこ、とは地下区画に繋がっていた通路。
中途半端なところで崩落しているが、元格納庫付近までは残っている。
その周辺の物体に取り憑いているのかもしれない。
実際に行ってみないと分からないが。
「それじゃぁ……」
「うん」
二人はホールを離れ、廊下を走りだす。
廊下の窓からは青い空と鈍い色の海岸線基地の一部が見える。
基地の中心にはデザイアによって作られてしまった大穴がその口を開けている。
側面は見るも無残に破壊され、今に崩れ落ちそうである。
穴の底には瓦礫や土くれがあるのが上から見える。
だが結たちはそんなものには目もくれない。
「……ふふふ。扱いがさんざんですよね私の」
その巨大で、薄汚れ、崩壊した場所の最底辺。
たった一つの呟く声があった。
それは少女のようなもの。
「そろそろ登場させてもらいますよ……」
次の瞬間。
瓦礫の山が振動する。
次いで赤い光がその中に出現し。
金属の破片群を貫いて無骨な腕が二つ現れる。
「はッ!」
同時に瓦礫が吹き飛び、一つの巨体が勢い良く飛び上がる。
色は限りなく黒に近い茶。
交差する赤く光る二本線、もといメインカメラを持った四脚の機体。
その馬型の下半身につく七つのスラスターからエネルギーが解放され、刹那の時間で穴を超え、空に舞い上がる。
太陽の光が機体を照らす。
分類はタクティカル・パッケージ。型式番号はTCPA-09。機体名は[ゴロッド]。
それが宙で器用に一回転した後、結たちのいる地上施設の眼前に降り立つ。
「うわぁぁ!?」
地響きがなる。
廊下を走っていた結たちは唐突に来たその衝撃によって躓き、廊下を転がる。
「……ええ!?」
頭をさすって起き上がる凜華がふと見た窓の外の光景に驚く。
そこには先ほど穴から出てきた機体、TCPA-09[ゴロッド]の特徴的な顔面があった。
癖が強すぎるその見た目は、結たちを驚かせるには充分であった。
「な、何……?」
「私ですよ……」
「……その声……!」
「はっ!もしかして……!」
「その通りです……ミューティですよ。散々な扱いでしたけど……」
「よかった~生きてたんだ」
「……頑張って来たのにこの程度ですか……ひどいです……」
「ええ!?」
[ゴロッド]に憑いたミューティは不満そうに喋っていた。
……良かった
結は起き上がりそう思う。
凜華と同じく、ミューティも結にとって大切な友である。
生きていてくれたことは結には非常に嬉しい事実であった。
「扱いを今度こそもっとマシなものに……絶対に脱してやりますよ……」
「多分……無理だけどね」
「ふん!マスターは黙っててください!」
涙声でミューティが叫んだ。




