第三章[休みとトラブルの一週間]第五十三話
「っと」
凜華が[プラネシア]基地のカタパルトデッキに降り立つ。
カンと軽い音が響く。
それを見た結が小走りで近付いていく。
その姿は普段の着物姿である。
「終わったの?」
「済ませてきたよ。……まぁちゃんとできたとはお世辞にも言い難いけど」
家でのことを思い返して言う凜華。
やはり、もう少しちゃんとやってきた方がよかったのではないだろうか。
「来たんでっさ?」
「あ、はい」
結に声をかけたのは転移門を操作する係の甲蟲種だ。
人の女性にカマキリを部分的に混ぜたような見た目をした雌型。
体の色は黄緑。目は紫。顏こそほぼ人だが四肢は完全にカマキリ。胴は中途半端にカマキリである。
「じゃ、行くんでっさ。転移門は新たに座標指定せずにそのまま放置していても魔力食うんでっさ」
『ずいぶん癖の強い語尾ですね……』
凜華の手に握られていた小物からミューティが声を発す。
甲蟲種の女性のあまりに特徴的な語尾に驚いたのであった。
「それじゃあ、お願いします」
「でっさ。すぐ行けばいいッさ?開けっ放しなんだからっさ」
「何かわかりにくい……」
この女性の語尾だと、普通の言葉すらも何故か変な言葉に聞こえてしまう。
「語尾って意外と重要……」
それはともかく、今座標を変えずに開いた状態で放置されている転移門をくぐれば、海岸線基地へ時間をかけずに行くことが可能だ。
女性の言う通り、転移門は魔力を食い続ける。
だからといって閉じてしまうと、また展開するのに強烈な量の魔力を持っていく。
その量は数時間放置したときに食われるものの数十倍だ。
よってそのままだが、それでも周囲の魔力がこのままではなくなる。
自然に補填はされるだろうが、完全に無くなられるといろいろ困ることがあるのだ。
今後はしばらく使わないらしいので早く通ってしまった方がよい。
「ところで結は、機体扱い慣れたの?」
「うん。結構すぐにできたよ」
如何やら結は機体の扱いに離れたらしい。
この短時間で完全に扱いに慣れることができるのはアーマード・パッケージの利点だ。
「なら行くんでッさ?」
『あ、待ってください』
「でっさ?」
『私、機体に憑いてきます』
そう言うとミューティは小物から離脱し、光の球となって格納庫に飛んで行った。
「ねぇ。私もいい?」
「急に誰!?」
「私よ……」
「あ、リジェネ!」
唐突に表れたのはARPX-08[ウンディーネ]を纏ったリジェネであった。
「これまた凄い急な登場」
凜華が目を見開く。
「まだいるんでっさ?」
「……そうよ……」
「随分テンション低いね」
「結局家の修理できなかったのよ……それもこれもあのデザイアのせいよ……ていうかあんなの通す海岸線基地、無能ね……本当にザル警備……」
「む、無能!?」
甲蟲種の女性が驚きの声を上げる。
「急に現れて何でっさ!」
「事実でしょ……」
リジェネのテンションはいつになく低い。
闇を抱えた表情で呟いている。
カタパルトデッキに槍の持ち手の先を付け、暗い表情で佇む彼女はまるで闇の騎士のごとくだ。
家を修理できなかったことが相当ショックであったリジェネ。
それが転じて海岸線基地の者たちへの文句に代わっていたのだ。
まぁ事実でしかないが。
「もう絶対文句言いに行く……後デザイアぶっ潰す……作戦で暴れ回ってやる」
どうやら彼女も作戦に参加する心積もりのようだ。
家を壊してくれたデザイアにも、それを通した海岸線基地の者たちにも、恨みに近いものが相当沸き上がっているらしかった。
『よし』
一方、STPA-05[シルフィード]に憑依を行ったミューティが動き出す。
「気を付けてくだせえ」
整備員一名が彼女に声をかける。
『はい』
返事をしつつ機体を動かし始めるミューティ。
彼女はマニュピュレータを握り開きを繰り返し魔力の伝達を確認する。
問題は発見されなかった。異常なしである。
それを確認した彼女は機体を前進させる。
足先には当然ながら誰もいない。
ここにいる者は既に数少なく、ミューティが機体を動かすことは彼女が伝えたので周囲にはいなかった。
『よいしょ』
[シルフィード]が格納庫外に歩いて出ていく。
両腰にはライフルと大剣が懸架されている。
特徴的な各部の流線型の装甲が日の光を受けて緑と銀に輝く。
これまた特徴的な頭部のツインアイが赤く光る。
『お待たせしました』
結たちのもとに機体を歩かせて行き、彼女等に言うミューティ。
サッと機体をしゃがませて片膝をつく。
「……誰よ……」
「あ、えっと彼女はミューティです」
「しっかし、そんな暗い表情で言われると……」
「へぇ……まぁどうでもいいのよ」
座り込んでリジェネがため息をつく。
「もういいから行きましょう。デザイア倒しに」
「あ、私も。それにそういえば結局あの時の借りを返せていないと思うんです」
「結、何のことだっけ?」
「ほら、あれ」
「……ああ。私結ほど義理堅くないから忘れてた」
「そうなの……別に借りとかどうでもいいから」
「え、でも……」
「いいの……いいからいくわよ」
そう言うとリジェネは跳ね上がって転移門に突入していった。
「きゅ、急に行っちゃいましったっさ……」
甲蟲種の女性が驚いて呟いた。
「何か最後の台詞、仕切ってた感じした」
「う、うん……借りとかどうでもいいって言われても……それじゃ私の気が済まないし……」
「本当にそこは大事にするね」
『それはいいですから彼女について行きましょうよ』
「でっさ。行くなら早くしてくださいッさ」
「何か聞き取りづらい。まいいや。結」
「……え?う、うん」
凜華の先の言葉に目を白黒させながら結が頷く。
そして結たちは転移門の前に立つ。
日の光を受けて色を変え続けるそれは美しさにあふれていた。
これをくぐってすぐ作戦というわけではないが切り替えは必要である。
心持を新たにしてくぐるべきであろう。
「……うん。よし」
ぐっと手を握りこみ決意を新たにする結。
機体のツインアイを光らせるミューティ。
それを横目で見る凜華。
友に在る彼女等は一歩を踏み出す。
長いわりにあまり休めない休暇であったが、多少は楽しむことができた。
それは終わりこれからは戦いだ。
彼女等の目標はデザイアを倒すことである。
それへの道は示されている。
「……デザイアを絶対倒そうって決めてたのにいつの間にか……遊んでた。あんな経験したのに」
ふと結が呟く。
二年もあったうえ、結局凜華は生き残ったためか彼女のデザイアに対する憎しみは薄れていたのだ。
だがそれは[ルシファー]戦後に変化し、結はデザイアを倒そうという思いはより一層強まった。
自身が積極的に戦いに赴き、皆を守る。
そして死の危険は冒してほしくない。
[ルシファー]戦時に凜華が死の危機に瀕したことにより、固まった結の決意だ。
故に一度は凜華が作戦に参加することを拒む反応を見せたのだ。
「守る。みんなを。絶対に」
「結、何か言った?」
「何でもないよ」
いまだ完全に納得しきったわけではなかったが、凜華とともに向かう。
彼女もやる気は十分である。
今こそ。
「行くよ!」
「うん!」
『はい!』
三つの声が連なる。
同時に結たちは転移門に飛び込む。
彼女等の姿がその中に消える。
「ようやく行ったでっさ」
甲蟲種の女性が自身の鎌を研ぎながら言う。
その後彼女は役割に沿って転移門を閉じた。
魔力の吸収がようやく収まったのであった。
「ふぅ」
「え?」
誰かが呟きを漏らす。
転移門通過後。
結たちは海岸線基地の地下格納庫にたどり着いたのだが……
「……何でいるの?」
眼前には白銀の装甲を持つロボット、ではなく。
バイザー型の頭部を赤く光らせ、壁と同化しつつある新型デザイアが佇んでいた。
「「「……」」」
しばし無言になる結たち。




