第三章[休みとトラブルの一週間]第四十五話
「天は食べる?」
「……後でいい。というかこれだけいたら足りなくなる」
「そうね。ありがとう。終わったら何か持っていくわ」
そう言うと結の母は台所に引っ込んだ。
「お、美味しそう……」
凜華が柄にもなく唾を垂らす。
彼女等は結の母に連れられて渡り廊下をとって家の中に入り、リビングに来たのだった。
結の母は既に準備をある程度していたのか、リビングの一角に設置された机の上には様々な料理が置かれていた。
しかもどれも出来立てのように湯気を立ち昇らせている。
香ばしい匂いが彼女らの鼻を刺激する。
凜華の耳と尻尾が食欲からか勢い良く動いていた。
「じゃ、これで」
天がリビングを出ていこうとする。
それを見た結は。
「え、師匠一緒に食べないんですか?」
「座席が足りない。それに多分量が足りなくなる。幻獣種は大食いだし」
「そうですか……その口調、今まで角ばった言い方を聞いていたから違和感が凄いんですけど……」
「これが素だから」
「何で素で喋ってこなかったんですか、この数年?」
「それは……おっと。これは秘密だった。企業秘密ってことで納得して」
「企業じゃないですけど……」
「それはそうだけど。詳しくは込み入った事情があって放せないから」
「……師匠がそう言うならいいですけど……?似たような会話があった気が……」
「それじゃ」
「ああ!」
少し視線を離した隙に天は姿を消していた。
自室に戻ったのだろうか。
そう結が考えていると。
「結」
凜華が結の着物の袖を引く。
「ん?どうしたの凜華?」
「早く食べたい」
「……うん?」
「お腹減った。あのでっかいのとやり合って相当体力使って、さらに一日半以上寝たようだし。空腹が尋常じゃないレベル」
「た、確かに。私もかなり」
結の言葉に続いて彼女の腹が盛大な音をたてる。
同時に驚異的な度合いの空腹感が彼女を襲う。
これは……
「早く食べないと死ぬ気がしてきた……」
大袈裟かもしれないが、それぐらい彼女らは食べたかった(、、、、、)。
「おっけー。最後のができたわ。二人とも席について」
「は~い」
空腹を自覚した二人は声を合わせて返事をする。
そして言うが早いか席に着く二人。
数多くの料理が目の前に並ぶ。
朝ごはんではあるが、それでもとんでもない量だ。
種類も麺類、ご飯もの、汁物、炒め物、刺身、サラダなど豊富。
明らかに合わないようなものも共に並んでいるのだが、しかしそんなことは今の彼女等には関係なかった。
「これが今回二人のために腕によりをかけて作った料理よ」
台所から出てきた彼女。
その手に持っていた料理とは。
「おっきい……」
「じゅるっ……」
特大の揚げだった。
何の肉を使ったらこんなものができるという次元の代物だ。
けれど絶対に美味であろうことは一目見ただけで分かった。
「取り合えず食べてからの方が落ち着いて話ができそうね」
言いながら机の真ん中に作られていたスペースにそれを置く結の母。
巨大な唐揚げがその存在を強く主張する。
だが、それに負けず他の料理も単ではなく群で存在主張する。
要はどれも美味しそうなのである。
「さてではいただきましょう」
結の母が着席しながら言い、自身の着物の袖を捲る。
食べるのに邪魔人らないようにするためだ。
結もまた袖を捲る。
今更だが、凜華の服装は露出多めの、どこぞの民族衣装でも模したような服だった。
その露出による野生感と彼女の見た目は合わさって一種の芸術となっている。
もともと、凜華の格好はボロボロの水着姿だったが、結の母が換えたのである。
そして凜華の着ている服だが、それは結の母や、結の物ではなく、彼女自身の物だ。
結の母が連絡を入れた後、さらっと送られてきて、彼女はこれ幸いとそれを当人に、寝ている間に着させておいたのだ。
凜華が服装に代わっているのに気づかなかった理由はいろいろあるが、大きな理由の一つが、今着ているのが彼女の普段着なので違和感が皆無だったことだろう。
「「いたただきます」」
同時に言う二人。直後二人は用意されていた箸を手に取り、食卓に並ぶ朝飯らしからぬ豪勢な料理たちの消費を開始した。
「はむはむ……美味しい!」
「はふかひ(確かに)!」
「マヨネーズいる?これを掛ければもっと料理が美味しくなるわよ!」
「こほふほんほ(このうどんも)」
「美味しい!」
少々行儀悪いが、食事を楽しみむしろ熱中する二人。
「……聞いてないわね。美味しいのに……」
二人に話を聞いてもらえず一瞬しょんぼりとした結の母だが、
「相手がやらないのなら。こっちがやるだけよ」
そう言ってふたを開けたマヨネーズの容器を両手に持ち、取り分けた料理に片っ端からそれの中身をかけていく。
あっという間に彼女の料理が白っぽく染まっていく。
一通りかけて満足し、マヨネーズの容器のふたを閉める結の母。
それを机の隅に置いた後、白く染め上げられた料理たちを食べにかかる。
マヨネーズのかけられた唐揚げが彼女の口の中に運ばれる。
「ん~!たまらない!」
頬を赤らめ、口に入ってマヨネーズ唐揚げをゆっくりと咀嚼。
じっくりとその味を楽しむ。
彼女にとって、これこそが料理の内で最強の組み合わせだ。
「手が止まらない!」
「はむはむ!」
結と凜華はとんでもない速度で、次々と料理を平らげていく。
まるでブラックホールだ。
その食いっぷりは少女というよりも成長期の青年である。
[インパクター]戦後に結の母が出した料理の、三倍と少しぐらいの量が見る見るうちに減っていく。
「エリ、暇だな~」
フィギュア故に食事などできないエリュシュオンは完全に暇を持て余していた。
正確には稼動に必要なエネルギーを得るために、魔晶石の欠片を口から取り込むので、それを食べると考えるのなら、食事ができないということにはならない。
『完全に存在消去されている私の寂しさに比べれべマシですよ!』
「ミューティ!?」
『ここに来てから扱いが雑なんですよ――!!』
「うわぁ!?ちょ、ちょ……!」
壁から光がにじみ出てくる。
ミューティだ。
彼女は、リビングの机から少し離れたところを滞空していたエリュシュオンに、
「憑かな……!」
一息に憑いた。
「ふぅ~。これで会話には入れます」
『急に憑依しないでよ!』
「すみませんね。これも出るためです」
『怒ってるの?』
「……」
『怒ってるじゃん』
「取り合えず……」
『無視……』
ミューティは腕を組んで結たちの食事が終わるまで待つことにした。
わざわざ出てきてもやることも今はなかったのだ。
「それにしてもすごい勢いで減っていきますね」
『それは確かにだけど』
視線を結たち三人の方に向けて呟く二人。
エリュシュオンの声はミューティの頭の中に響くだけだったが。




