第三章[休みとトラブルの一週間]第三十七話
「あ~……もう限界かも……」
顔に疲労を浮かべて呟く凜華。
そろそろ体力の限界である。
機体自体はマナブーストジェネレーターの恩恵でまだまだ動けるが、肝心の装着者が、これである。
「マスター、もうそんなに[プラネシア]との距離はないですよ。頑張ってください」
「う~ん……」
凜華の額からダラダラと汗が流れている。
湖を離れて一時間。
重い体を引っ張り、[影華]を駆ってここまで来たのだった。
ダメージは回復しないままなのだ。
やっぱりきつかった。
「あ、もう無理」
「マ、マスター!?」
ミューティが慌てて声を上げる。
凜華の状態をゲーム風に表すとHP0。
行動不能である。
「あわわわ。落ちていきます……!」
凜華が行動不能になったことで、機体は制御を失う。
詰まるところ、どんどん高度を下げていく。
落ちていっているのだ。
「し、仕方ありません」
ミューティが墜落を防ぐため、ある行為を実行する。
『あれれれ、急にどうしたの?」
エリュシュオンの声が内なるものから世界に響くものに変化する。
ミューティが憑依を解除したのだ。
体の操作権がエリュシュオンに戻った。
久々に体を自身の意志で動かせるようになって、なんとなく手を握り開きを繰り返す。
「戻った。エリの所に」
なら彼女は何処か。
精霊種の証である光は見えない。
ならば別の対象に憑いたという事。
彼女の次なる憑依先は。
『っつ、人型じゃないと動かしづらいです……』
凜華の纏うARPX-16[影華]であった。
ただアーマード・パッケージは、全体で人型を完全にとっているものはほとんどない。
普段人型の素体、エリュシュオンの躯を操っている彼女は、人型以外の物を操作するのが得意ではなかった。
そのため、少々手間取っている。
『ですが早くしないと、落ちてしまいます』
墜落を防ごうと憑依したミューティは、慣れないながら機体を操る。
スラスターを操作し、バランスを調整する。
ミューティは高度を如何にか維持することに成功する。
それでもまだ不安定。
少し不安が残る。
『と、取り合えず[プラネシア]まで』
「もうちょっと安定した飛び方できないの?エリ、このままじゃマスターの髪の中から落っこちちゃうよ」
『慣れてないんですよ……あっ、結さんが…!』
凜華が落ちてしまったため、彼女の手からは力が抜けた。
そのため、結の体は凜華の手に引っ掛かっているだけで、いつ落ちてもおかしくない状態であったのだ。
その体が凜華の手から零れ落ちる。
『この腕を……』
[影華]の背部アームを動かして結の体を掴ませる。
ぎりぎり間に合った。
片手が結の体を掴む。
『ふ~。ギリギリでした』
「気を付けて」
「はい」
ゆらゆらと飛行していく凜華の機体と彼女、結、エリュシュオン、ミューティ。
かなり危なそうな見た目だ。
それでも今は如何にか持っている。
「すぅ~……」
戦闘などの疲労で落ちてから、気持ちよさそうに寝息を立てて手をブランブランとさせている。
力が抜けているのだから当然か。
「気持ちよさそうだね」
凜華の髪の中らエリュシュオンが呟く。
『ですが、結さんはきつそうですし。早くした方がいいですね』
そう言うとミューティは機体のスラスターの出力を上げる。
「うわっ!?もうちょっと安定して……!」
急に出力が上がる。
一気に飛行速度に上昇。
その思い切った動きに驚くエリュシュオン。
一機に来た空気抵抗に危うく吹き飛ばされそうになる。
急いで凜華の髪の根元を右手で、彼女の左の獣耳を左手でつかむ。
左手が凜華の獣耳の凸凹に引っ掛かって、如何にか吹き飛ばされるを回避。
土でまだ少し軋む体に精一杯力を込めて凜華の髪の中に再突入。
何とか安全圏に帰る。
「ふぅ~……」
落ち着いたエリュシュオンが息をつく。
ミューティが加速させて機体はこれまでの五倍ほどの速度で[プラネシア]に向かって突き進む。
これまでは凜華が体力的にきつかったため、それなりにゆっくりと進んでいた。
だから五倍でもせいぜい高速道路を走る車より少し早いぐらいだ。
それでもエリュシュオンのサイズ的にはそれなり危険だった。
『う~んと。こ~ですね』
ちょくちょくバランス調整をしながらミューティは[影華]を飛ばす。
それを繰り返して数分。
「あ!見えた!」
エリュシュオンが気付く。
凜華の髪の間から覗く、その目の先にあるは[プラネシア]の建造物群だ。
ようやくついたようだ。
結はまだ大丈夫そうである。
『よかった。間に合いました』
ミューティが安心を含んだ声を漏らす。
後は病院か、治癒魔術を使えるもの所に行って結を治療してもらえばよい。
後凜華をちゃんとしたベットか何かに置いてあげるか。
結構眠っているが、やはりちゃんと休んだ方がいいだろう。
因みに二人はその性質上疲れるという事がないので休む必要はない。
さて、ではどこに行くか。
『マスターの家にしましょうか?』
「でもまだ揉めてるんじゃ?」
『あ~』
凜華の両親の喧嘩は相当長引く。
彼女が湖に行くときも少し勢いは衰えていたものの継続されていた。
だとするとまだやっているかもしれない。
というか、
「それにマスターの両親って治癒とかできなかったよね?」
『……そうでしたね。じゃぁどこにします?』
「病院の場所これじゃ見えないし」
今は日が落ちた時間帯。
つまり夜だ。
二人には暗視能力は勿論ないし、そんな魔術も使えない。
……あっ
『そもそもマスターの家もこれじゃ分からないじゃないですか』
彼女等が[プラネシア]に憑いたと判断できたのは、そこのヴァルキュリアスの基地の明かりがあったからである。
「取り合えず高度下げようよ」
『そうですね。そうしましょう』
エリュシュオンの提案をミューティが受け入れる。
そして、彼女は機体を操作……
『あれ!?』
に失敗した。
スラスターの出力を急激に落とし、態勢を変えようと機体を動かそうとしたのだが、力加減を間違えた。
勢い余ってスラスターを停止させてしまい、態勢の変更は躯が下に向くに終わる。
そして落ち始める。
「ちょっと!」
『す、すいません……!』
ミューティが焦りに声をにじませて謝罪する。
同時に態勢を立て直そうとミューティは機体を再度操ろうとする。
しかし。
『あれ、どうやったら立て直せるんでしょうか?』
「慣れてないからって……!?」
ミューティは一度失敗したことで機体操作の感覚がよく分からなくなってくる。
精霊種が動かし慣れないものを一か八かで操ると失敗することはよくあることである。
先程まではただ偶然うまく行っていただけだ。
感覚が上手くつかめない以上、機体を操ることはできない。
『ど、どうしようもできません!?』
「しっかりして~!エリ怖いよ!」
落ちていく四人。
抵抗しようとしたミューティの努力虚しく。
夜目が聞かない二人には見えないが、その先には明かりが消えた一軒の家。
そこに一行は落ちていく。
「『うわわわわわわぁぁぁぁぁ!!!!!』」
叫ぶ二人。
このまま落ちれば四人は漏れなくお陀仏である。
しかし、回避する術はない。
暗闇の中の家がどんどん近づいていく。
死の可能性が徐々に迫ってくる。
その時。
「あら?」
一つの声が上がる。
近づく家の屋根の所からだ。
そこに座っていたのは、和服姿の一人の人類種の女性であった。
「誰か、落ちてきているのかしら?」
彼女が呟く。
落ち着き払っていた。




