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アポカリプス・デザイア  作者: 結芽月
序章[崩れ去る日常](プロローグ)
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序章[崩れ去る日常]

[注] 作者個人の都合により、次回の投稿への期間が長くなる場合などがあります。ご了承ください。

  また、初めて小説を書いているため、人によっては、違和感を感じることなどあるかもしれません。

  お許しください。 

  これまであった序章一話から五話までを一つにまとめました。長めですかご了承ください。


「さあ、始めようか」

 一人の男が、照明が落とされ、光といえばコンピューターの画面のみの空間で呟く。

 眼鏡をかけ、パソコンのキーボードに手を置き、作業を開始する。

 目にもとまらぬ速さで、コマンドが撃ち込まれる。

 それはウイルスとして、電子の世界への介入を試みる。

 画面に様々な警告の表示が現れ、世界への介入を阻止しようと、アンチウイルスプログラムがそれらを迎え撃つ。

 攻防が繰り返される。

 しかし、最終的にそれらは退けられ、電子世界の壁は突破されていく。

 そして、その魔の手は壁の奥の中枢へと達し、世界へのデータへ干渉を始める。

 同時に世界の抵抗が止まり、書き加えられていく。 

 災厄が。

 その宇宙全てに降り注ぐ、破壊者として。

「フフフフ……これで、きっと面白くなるだろう」

 男が額に手を当て、静かな笑いを浮かべながら呟く。

 ウイルスが無限にも等しい数が書き加えられ、様々な場所に向かって行く。

 あるものは、小さな惑星に。

 あるものは、とある星を救った者のもとへ。

 災禍を振り撒くために。

 世界を壊すため。

 一人の男の楽しみのために。

 彼の遊び心によって。

 

 とある世界の、十二の知性種族が生きるかつて崩星大戦という大戦があった星[イストレリィア]に置いて。


 とある家。

「行ってきます~!」

「行ってらっしゃい」

「気を付けてください」

 そこに住む少女、人類種の結は友と祭りに行くために夕刻に家を出る。

 彼女の母、剣の師匠が見送りの言葉をかける。


 最初の動き。

 


 街中で手を振る者と、その者の髪から顔を覗かせる者。

「来た来た。お~い、結~!」

「来ましたね結さん」

 結を待っていたのは彼女の友たる二名。

 片方は頭に猫耳を、そして尻尾をはやした幻獣種・猫人族の少女、焔火凛華。

 もう片方は、その少女の頭の上に乗っている小さな子ミューティ。精霊種・妖精族の子で、凛華をマスターと呼び、慕っている。肉体を持っていないので、今は聖戦姫というものに憑依している。

 合流する三名は他愛ない会話の後、祭りの海上に向かう。


 次なる動き。


「綺麗だね~」

「そうだね」

「そうですね」

 祭りの海上たる山の麓。

 日の落ちた漆黒の空に光の花が咲き誇った。

 そして、世界は闇に包まれ。

「それじゃ、帰……ろ……」


 そして最後の動き。一連の出来事の終着点。

 結がその視線を放した短い時間。

 僅か数秒の時、それは起こった。

 

 

 グシャッ


 唐突な奇音。

 結はその向きのまま、間抜けな声を漏らす。

 聞こえたその音はまるで……肉を潰したかのような異様なもの。

「ゴパッ……」

 直後。

 結の足元の地面に、赤いものが飛び散る。

 それは……

「血……?」

 まぎれもない、鮮血だった。

 一切の濁りのない純粋な赤。

 それが土から生える雑草を赤く染め上げる。

 徐々にそ臭いが結の鼻に伝わってくる。

 幼い頃、怪我をして嗅いだことがある程度のその臭いが。

 追い打ちをかけるように、

「かはっ……」

 再び、血が吐き出される。

 二度目のそれは、結の背に飛び散った。

 母に仕立ててもらった美しい浴衣の背が、赤く染め上げられる。

 飛び散った血の一部は浴衣の隙間から中に入り込み、肌の感覚を侵食していく。

 生暖かいそれがゆっくりと背を伝わる。

「……え、あ?」

 中身のない言葉が零れ落ちる。

 唐突に飛び散った鮮血。

 漂うそれの臭い。

 そして。

 苦しげな誰かの息遣い。

「り、りんか……」

 結は、状況に混乱する。

 一体、何が……起こって……

 しかし、彼女は分かっていたはずだ。

 自分の背後から血は飛んできた。

 息遣いもまた。

 二度目の血は結の背中から中に侵入したものもある。

 出どころはかなりの近距離にある。

 そして、彼女の背後には親友の凜華。

 つまり。

「なに……が……はっ……!?」

 思わず息をのむ結。

 そこには。

 そこには。

「り、り、凜華ーーーーーー!!」

 叫び。

 結の背後。

 そこにいた凜華は、横腹を背中から貫かれていた。

 獲物は……大剣。

 持つ“物”は……

「……ゴフッ」

 それこそ戦争物のアニメでも出てきそうな、SF風のロボットの様な何かであった。

 全長は8m(メリ)程。

 飾り気のないシンプルな外観に、灰と銀の機体色。

 無骨な四肢。

 そして、間に尖りせり出した胸部に埋まり気味の、赤いパネル付きの頭部をもっている。

 けれど、今の結にそんなことを把握する余裕ななかった。

「ゆ……い……」

 苦しげな表情で凜華が声を漏らす。

 結はそれを、まじかに見た。

 その躯は、いつのまにか恐怖や絶望。その他諸々の事で動かなくなる。

 それを剣を凜華に突き刺したまま膝をついて見降ろすロボットの様な何か。

 

 ブゥン


 その頭部の、カメラ代わりの赤いパネルが妖しげに光る。

 まるで結をあざ笑うかのように。「り、りんか……」

 絶望で結の声が震える。

 その口から幼子の拙い言葉ようなものが漏れる。

 わき腹を大剣で貫かれた凜華の顔は強烈な痛みによって歪む。

「はぁ……はぁ……」

 その傷からは未だなお、真っ赤な鮮血が流れ続けている。

 彼女の下の地面には、小さいながら血の水たまりが出来上がっていた。

 月明かりが凜華と、彼女を貫いたロボットを照らす。

 だが、ロボットの巨体がそれを遮り、凜華の所に影を落とさせている。

 その中で赤く光るパネルは尋常じゃなく不気味であった。

 ブゥゥゥゥン

 うっすらと光っていたパネルの光が強く。

 同時に、ロボットが動き出す。

 凜華を右手と右腕の装甲隙間から生える大剣に突き刺したまま、腕をゆっくりと。

 

 彼女の意識はまだあるがしかし。

 動く力はもう残っていないのか抵抗はなく、その腕がだらんと垂れる。

 また、その額からは汗が滴る。

 月光が空に向けて突き上げられた凜華の姿をありありと映し出す。

 さながら、神殺しの槍で貫かれた神がごとくだった。

 次いで。

「……!?」

 新たなロボットが現れる。

 結の目の前にいるものと同じもの。いや、それだけではない。

 球体状のものなど違う種類がいる。

 そこで、始めて結は周囲に意識を向けた。

 今まで目の前の事で五感に届かなかった情報が波のごとく押し寄せる。

 辺りは。

 今までいた者たちは。

 在った草木は。

 跡形もなく消え去っていた。

 少し遠くにいるロボットの、出っ張った胸部装甲が閉じられる。

 その直前、その隙間に球体状の何かが存在しているのが確認できた。 

 周囲には何もない。

 そう何も。

 いかなるものも。

 全てが消えうせた。

 まるでもとより存在していなかったかの如く。

 そんな中。

 結は目の前に親友を串刺しにされ、一人立っていた。

「ゆ……い……」

 友の声。

 今にも消えそうなそれが弱弱しく凜華の口から紡がれる。

「り、ん……か!」

 友の名を呼ぶ。

 結の意識が目の前のことに戻る。

 十数秒の硬直が解けたのであった。

「凜華!」

 叫び声が上がる。

 同時に結は手を伸ばす。

 決して届かない場所に。今なお血を流している友に。

 必死に。

 それを虚ろな瞳で見た凜華は……

「ゆ、い。私は……」

 血に染まった体を、彼女は捩る。

 それによって未だ彼女の躯を傷つけ、終わりへと誘う剣がさらに傷に食い込んでいく。

 血が噴出する。

 もう致死量に近い。

 相当量がすでに流されていた。

 結の立つ角度からは凜華の横腹、その傷口から覗くものがはっきりと見えた。

 割かれた肉。砕かれた骨。傷ついた血管。

 いずれも耐性のない者が見れば、卒倒するような見た目であった。

 想像するだけでも身の毛がよだつような。

「凜華!待って、まだ……!」

 直後。

 ロボットが腕を振りかぶる。

 それを行ったのは右腕。

 つまり凜華の方だ。

 それは一旦左肩に持っていかれたその腕を、剣についた汚れでも払うかのように勢い良く動かしたのであった。

「……はっ……!?」

 その光景を見た結は。

 息をのむ。

 凜華の体が大剣から強制的に離れる。

 だが、それは。

 ただ剣が引き抜けるなんて生易しいものでは決してない。

 大仰なその動作は、凜華の脇腹を切断することで彼女を離れさせたのだ。

 肉が避ける音が聞こえ、血が飛び散る。

 在るで凄惨な光景をわざわざ何度も見せてきているかのよう。

「……!」

 刹那。

 結の体はすでに。

 動いていた。

 師匠との仕合で鍛えられた脚力が、彼女の躯を一気に加速させる。

 彼女から見て左側数m(メリ)飛ばされる凜華の痛々しいその身を。

「ぐっ……」

 どうにか受け止める結。

 しかし衝撃で、何もなくなった地を凜華を抱きかかえたまま転がる。

 凜華の血が、その動きをトレースするかのように地を染めた。

 数秒後か。

 回転は止まる。

 即座に結は起き上がり、腕の中の凜華の様子を……

 しかし、わかっていたはずだ。

 傷は深かった。血を大量に流した。肉を喪失した。そんな状態の凜華は。

 例え見ようが見まいが、どうなっているかなど。

 容易に想像できた。

 けれど、結は。

 突然の状況に処理は追い付かず、考えも及ばず。

 心のどこかにあった、もしかしたらの思いのせいか。

 見てしまった。

「……」

 無言。

 しばしの静寂。

 結の腕の中の凜華の体は近くで見るとより一層ひどい状態だった。

 いつの間にか血を失った肌は蒼白となり、心臓の鼓動は明らかに弱く。

 まだ息をして生きているのは、ひとえに彼女の種族の生命力の強さゆえだ。

 結局このままではすぐに、終わりが。

 死が彼女を連れ去っていくことであろう。

「……」

 絶望で結の体が震える。

 より一層まじかに見たことによって。

 彼女の思考は停止する。

 急激に意識が遠のく。

 彼女の表面は動きを止める。


 ブゥン


 腕を払ったロボットが。そのパネル付きの頭を結たちの方に向け、それを妖しげに光らせる。

 時を同じくして、少し離れている方も。

 ゆっくりとその躯が向きを変える。

 そして、向き直った後。

 その胸部装甲が開く。

 中からせり出したのは球体。

 用途は不明。

 だが、ここで出してきたことを考えると、なにかしらの攻撃兵装だろう。

 目的は結たちへの攻撃か。

 周囲には何もない。

 対象は二人しか残っていない。

 狙われているのは確実であろう。

 そして、二人は。 

 逃げられない。

 そこから、決して。

 凜華は致命傷を負い。

 結はそのショックで放心状態。

 もはや何もできない。

 その先に待つのは終焉のみ。

 ただそれだけ。


 ブゥン


 球体に光が収束する。

 それは頭部のパネルとは違い金色の輝きを発する。

 瞬間。

 超超近距離でそれは放たれた。

 集められた力が解放され、二人を包み込む。

 もう、終わりだ。

 ここで彼女らの生は打ち止め。

 ここで……


 !?


 打ち止めにはならなかった。

 照射が終了する。

 そこには、一瞬前の姿のままの二人。

 さらに。

 ロボットと彼女らの間には。

 障壁が在って当然かのように存在していた。

 光るその楯が破滅への導き手を退けたのだった。「……どうして……」

 星輝く夜の山。

 けれど平穏は崩れ、遥か彼方。

 原因は謎のロボットたち。

 それらに生半可な魔術は効かず、倒すことはできず。

 在る者たちはそれらに蹂躙されるがまま。

 対抗できるものは数少なかった。

 そんな状況で結は友をその手の中に抱え、うつむいていた。

「……う……」

 凜華の息は、心臓の鼓動は、毎秒ごとに小さく弱くなっていく。

 残された時間はわずかだった。

「どうして……」

 何故だ。何故こうなった。

 祭りを楽しみにやってきて。

 花火を見て。

 そして帰る予定だった。

 何も悪いことはしていない。

 ただ日常を謳歌していただけだった。

 なのに凜華は……こうなった。

 無残に。惨く。残酷に。

 理由もなく。

 その瞬間こそ見なかったものの、恐らく無造作にやられたのであろう。

 結の内に渦巻くのは困惑と絶望。

「凜華……」

 呟き。

 辺りに在る他の音は、謎のロボットたちの歩くことによって発せられるものばかり。

 生きる者が立てる音は聞こえず。

 残りは静寂。

「凜華……」

 友の名を繰り返し呼ぶ。

 日常は崩壊し、友は唐突に死の淵に追いやられ。

 そして今なお結も危機にさらされている。

 だが。

 それを自覚できるほど今の結には精神的余裕はなかった。

 どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。

 ただ友のあった目の理由を、意味もなく求めた。

「ああ……」

 直後。

 結の口からすべてをあきらめたような息が漏れる。

 一連の事は、未だ若き彼女にはあまりに重すぎた。

 どうしようもなくなり。思考は完全に止まった。

 瞬間。


 ブゥン


 狙いすましたかのようにロボットの頭部のパネルが光った。

 その位置はいつの間にか結の背後に変わっていた。

 先ほどロボットの攻撃を防いだ障壁は、既に消滅していた。

「……!」

 結はそれに気づくことはもうできない状態である。

 代わりに、瀕死の凜華が……

「……は!」

 残った力を総動員し、結を。

 投げた。

「……!?」

 思考停止していた結が驚き、目を見開く。

 その躯が宙を舞って。

 視線が凜華に注がれる。

 刹那の時を挟んで。

 ロボットが大剣を振り下ろす。

 結は手を伸ばす。

 宙を切る。

 届かない。

 そして。

「凜華ーーーーーー!!」

 叫び声。

 時同じくし、大剣が横たわる凜華の心臓付近を貫く。

「がっ……!?」

 何かを吐くような声が聞こえる。

 だが、もう吐くようなものは彼女の身には残っていなかった。

 今度こそ。

 終末が襲い掛かった。

「……結。私の親友」

 凜華が結の事を見、目を閉じようと。

 直後。

「ああ……ああああああああああ!」

 宙を舞う結が再び叫ぶ。

 

 第二権能;反攻……


 突如、光が結のからだからあふれる出る。

 それらは即座に収束。

 槍を形作った。

 結は着地した瞬間、地を蹴る。

 その表情が怒りで歪む。

 彼女は勢いのままロボットのもとに突っ込む。

 槍がその胸部に突き立てられる。

 それを起点とし、ロボットが光の粒子となって消えうせる。

「ああああ!!」

 それでも結はとまらず。

 辺りのロボットたちをも。

 光の槍を以てして。

 撃滅した。

 数秒後。

 ロボットたちは全滅し、辺りは静寂に包まれた。

「……凜華」

 結はゆっくりと凜華のもとに歩み寄る。

 その体は見るも無残な状態。

 自身をかばって、とどめを食らう事のなってしまった彼女はもう……

「うっ……」

 結の目が潤む。

 もう、終わってしまったのであろう。

 心臓の近くを貫かれた今、生きているはずがない。

 実際息も聞こえることがなかった。

 願わくば、生き返って欲しい。いや、彼女を救いたい、救済したかった。

 状況は目まぐるしく変化し、友は言逝ってしまった。

 どうしてこんなことが起きた。

 理由が。理由がなければ。あっても納得はできないが、それでもこれがただの意思なきものの行いであるならば心を保てなかった。

 頬に涙が伝わる。

 いつの間にか結のその顔は涙でいっぱいになっていた。

「り……ん……か」

 嗚咽。

 喉からひっくひっくと声も。

 彼女には、蘇生なんてできるはずもなく。

 失われた命は決して戻らない。

 それがいつの時代でも共通の理だ。

 絶対の。そう絶対の。


 ■一■能;■■


 しかし、その理は捻じ曲げられた。

 光が再顕現する。

 ■■たいと思ったものを■■する力が、正当に受け継がれなかったそれが数度きりの力の一回を発揮する。

 凜華のもとへ集まるそれらは。

 何かの紋章のようなものを形作り、強い輝きを見せた。

「これは……?」

 結が涙声で呟く。

 刹那。

 光が霧消する。

 跡形もなく。

 結がもう一度凜華の体を見てみる。

「え?」

 結が息を飲む。

 凜華の体の傷は跡形もなくが消えていた。

 傷は、肉や臓器の消失まで及んでいたはずだ。 

 まるで、最初から喪失など無かったかのように跡形もなく消え去っていた。

 原理は、理由は一切不明だった。

「ん……」

 凜華の目がゆっくりと開かれる。

「凜華!」

 結の目本から嬉しさで、再び涙があふれる。

 まさしく神の御業のような事象だったが、今の結にはただありがたい事であった。

 自分による行いとは気づかず。

「結?あれ、私死んだはずじゃ?三途の川の先見えたし」

「良かった……」

「は、はぁ……」

 あまりの嬉しさに、彼女に抱き着く結。

「どうしたの?」

 凜華が耳をぴくぴくと動かして尋ねる。

「良かった。良かった。生き返って……」

「そんな普通の台詞はいて……生き返った?」

 言葉に最後に疑問を示しつつも、涙ながらの結を抱きしめ返す凜華。

「あの~、私のこと忘れてません?」

 突如、凜華の髪の中から声がする。

 ごそごそと中から何かが出てくる。

「ん?あっ、ミューティ!」

 一瞬考えて、思い出す凜華。

 結が「えっ?」と声を上げる。

「……ひどいです。そりゃこんな大きさですし……、何か行動を起こせるわけでは、なかったですけど……」

 だんだんとミューティの声が小さくなる。

 と、彼女等のもとに影が落ちる。

 月明かりで照らされていた彼女らのあたりが暗くなる。

「あなた達、大丈夫なのです?」

 大きな声が辺り一帯に響き渡る。

 見上げてみると、とてつもない巨体が結たちの真上に滞空していた。

「ムシュフシュさん!」

 結が叫ぶ。

 それは、彼女らの町のギルド支部のマスターをしている(ちなみに、ギルドとは、魔獣(凶暴な異形)の怪物)の被害を減らすために組織された魔獣討伐組合だ。)、幻竜種のムシュフシュだった。

 彼女は、幻竜種の中でも、エンシェントと呼ばれるもので、すさまじい巨体を持っている。

 その巨体が、

「このあたりの例の奴らは、一掃したのです。こちらの背に乗るのです。連れて行くのです」

 と言う。

 彼女等が何処に行くのかと尋ねると、ギルドの支部に行くとのことだった。

 他の場所も、彼女たちの射る山と同じように、あのロボットらしき何からにやられて、壊滅状態になったらしい。 

 彼女や、他のギルドの強者たちが駆逐に向かったことで、いったん脅威は去ったそうだ。

 それでも多くの者は抵抗できずに……後は言うまでもないだろう。

 話を聞いた後、彼女の体にどうにかよじ登り、出発していいよと伝える。

 左右の大きな翼が、上下に勢い良く動き、その巨体を持ち上げる。

 体を空に浮かべ、ギルド支部の方に向かって飛翔していく。

 その道の途中、結たちは、上空から先程までいた山と、その近くの自分たちの町を見る。

「ひどい……」

 山は崩れ、町はほとんどの建物が、倒壊している。

「いったいどうしてこんなことを……」

「なぜでしょうか……」


 


 この時、星全てにあのロボットのようなものたちは降り立ち、世界を次々と占領していった。

 



「……二代目天照姫……」

 どこかの誰かが呟く。


 同時刻。

(……何?)

 小惑星帯(アステロイドベルト)

 そこに漂う少女。

 その前身は黒や紫、白に染まり、血の気がなく見える。

 あれからどれくらいの時がたったのだろう。

 少女は虚ろな思考を持つ。

 だが、それはすぐに霧散してしまう。

 いつからかまともな思考は失った。

 いや、元よりなかったのか。

 それも考えることは叶わない。

(これ……)

 その少女の前に浮かぶは……一つの鏡(?)

 確かにその中心部分は彼女の姿を映し出している。

 が、その周りにはアメーバのような物体がまとわりつき、それがゆっくりと蠢いている。

 見ていてあまり気持ちのいいものでは無いが、そんなことを感じることすら今の彼女には許されない。

(……?)

 映し出される彼女の姿が渦のごとく捻じれ回っていく。

 その深淵は、無の無限。

 広がるは闇。

 まるで今の彼女の存在を示しているかのように。

(……闇……!?)

 空気のない空間で何故か生き続け、そして動き続ける心臓の鼓動が加速する。

 ほとんどが空白の思考が一気に染められていく。

 漆黒に。

 その正体は。

(……ああ、うん)

 その何かの正体を感じ、納得する彼女。

(これは……)

 思考が鮮明になる。

 そして、浮かび上がったものは。

(……ふっ)

 急襲した負の感情たちだった。

(……あはははは……アハハハハハハハハハハ!!!!!)

 声にならない声で笑い始める彼女。

 うちにため込んだ狂気が、憎しみが、悲しみが、嫉妬が、破滅の願望が再来する。

 同時に。

 キュイン……

 音なき音が起こる。

 瞬間、彼女の目の前の鏡が変質する。

 アメーバ状の物体が全体を包み込み、蛹のごとき形となる。

 一瞬。

 それは、漂う彼女と同じ姿に代わる。

 色も、形も、完全に同じ。まさしく模倣。

(は、かい……は、かい……は、かい……)

 黒い言葉が繰り返される。

 機械のごとく。淡々と。

 それを見つめる模倣体。

 ただひたすらに、ずっと。

 世界の全ての負を取り込んだ少女は。

 数百年来の来訪者(?)が彼女に影響を与えられ、目覚めた。

 不浄の化身として。

 いつかは世界を救った天を照らす姫君だった。

 だけど、その面影はもうない。

……に

 ゆっくりと無表情だった模倣体が笑みを形作る。

 そして、それは……消えた。

 どことも知れぬ場所に。

 その際、少女のもとにある物を残して行った。

(………くふふ)

 不敵に笑う。

 決して響かないはずのその声は、周囲一体に伝わっていった。


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