尖塔に誘われて2
――汗ばんだ寝間着、乱れた呼吸。ここが現であることを認識するまでにしばし時を要した。とんだ悪夢である。地獄の業火を彷彿とさせる禍々しい炎が鮮明に思い出された。あれは夢なのか、夢にしては鮮明過ぎはしないか。纏まらぬ思考を振り払うように、頭を振る。あれが現実に起こりうるなどとは考えたくもなかった。
最悪な目覚めに悪態をつきつつ、窓の外を見やる。月は西に傾き、夜明けが近いことを知らせている。素早く更衣を済ませ、肩に荷物をかけた。
音を立てぬよう階下へ向かい、食事と身支度を済ませる。逸る気持ちに呼応するかの如く、早く目覚めた。彼処には予定よりも早く到着しそうだ。息を吸い込み扉を開ける。薄闇広がる外へと踏み出した。
この日はべリタスにとって特別であった。義父との想い出に触れることの出来る、数少ない機会であったからだ。
シルドの人々は閉鎖的かつ保守的な傾向が強い。壁の外との交流は決して積極的とは言えず、入ってくる者に対しては勿論のこと、出て行こうとする者に対する視線も冷ややかであった。ただ暮らすだけであれば、街の中で事足りる為、わざわざ外まで行こうとする者はいなかったのである。外で暮らしていた彼にとっては息苦しいことこの上ない。しかし、シルド人である夫婦と暮らす以上は自重しなければならなかった。彼等は目立つ事を恐れていたのである。
「――着いた。」
奥に広がるは広大な森。手前には小さな墓。花を供えながら、あの人は花を愛でる様な性格ではなかったと苦笑する。顰蹙を買うのも致し方無しと割り切り、この地にやってきた理由がこれだ。――義父の命日である。彼はべリタスを育てあげ、様々な知恵と技術を授けた師である。また、彼に唯一愛情を持って接してくれていた人物でもあった。
そんな義父からの最期の頼みであったから、あの夫婦とシルドで暮らしている。何故あのようなことを頼んだのか、俺は1人でも生きていけた。
義父との思い出を振り返り感傷的になっていると、ふと森の近くの塔に目が止まる。この時の驚き様は言葉では言い表せない。
シルドの人々が外を嫌う理由はもう1つある。――不吉な伝承だ。シルドの外は風光明媚な平原なのだが、しばし進むとその光景は様変わりする。北東に進めば<無限荒野>と呼ばれる不毛の地。岩石砂漠のような土地が延々と続いている。そして、北西に進めばこの森である。一見普通の森だが、ここには絶対に近づくことの出来ない<魔塔>が存在する。虹のように追っても追っても近づけぬ塔であり、中には死後の世界が広がるだとか、お宝が眠っているだとか様々な憶測が飛び交っていた。べリタス自身も幼少の頃、見かけては追いかけていたが、結局近近づけず終いであった。
それが何故今になって近づけるようになったのか、皆目わからぬ。しかし、その好奇心と謎の使命感が彼をつき動かした。重い石扉に手をやる。渾身の力をこめ、押し開けた。
「な……なんなんだ? ここ?」
中に広がっていたのは、鬱蒼とした密林であった。
次話投稿は未定です。早めに書きます……。