眼間の目
その日は突然やって来た。食事中の事であった。生まれつき股関節脱臼であった修子は三歳とはいえ、まだまだ足元が覚束ない。ギブスがとれて歩き始めるのが遅かった事もありヨチヨチ歩きさえぎこちない。
その日の食宅はいつになく修子に落ち着きがなく、じっとしてるのが耐えられないのかすぐに愚図りだしては立ち上がろうとする。静かにさせようとすればするほど、反って逆効果であった。「五月蝿い」祖父はもう我慢ならないと言わんばかりに怒鳴り声をあげた。
驚いた修子はとうとう泣き出し食卓を離れようとした時、祖父の手がそうはさせまいと、「黙って座れ」と修子の背中を押した。よろよろと食卓の美しい彫り物の角に向かって幼い緩い円を描きながら倒れたその場所は、赤く染まり出した。
修子は何がなんだかわからない。泪と違う温かいものがツラツラと流れてくる。
修子の顔は真っ赤だった。まるでそれは、
三つ目の眼がひらいた愛染明王のようであった。
「いやーっ」母は狂ったように修子を抱きかかえて、地団駄を踏み父はタオルで修子の顔を押さえた。タオルはみるみる真っ赤になり役に立たなくなった。タオルとバスタオルをかかえて、父がミュゼットにエンジンをかける。
車で運ばれる間中、赤いタオルの隙間から、号泣している母の水色のブラウスを赤く汚してしまったことでまた怒られるのだろうかと思っていた。
病院について治療を受ける間、白衣の先生と母と父がこちらを覗き込んでいる。ずっと泣いている母に「泣いたらあかんよ」といつも言われている台詞を誇らしげに言い放った。白衣の先生に「子供に慰められてるやないか、しっかりしいや」と言われて「ごめんな、ごめんな」となおもなき続ける母に「大丈夫やで、痛ないで」と慰め続けていた。
縫ってしまうと、縫い跡がのこるからこのままにしましょうと、パクリと開いた傷を縫わなかった。まるで眼のような傷が残っているのは、縫合しないが為に、一本線にならなかった傷が眼のような跡となって残ったのである。
食卓になぜ静寂が必要なのだろうか。
いくら考えてもわからない。確かに分かることと言えば、母の汚れたブラウスと、ミュゼットの二つの座席に置かれた橙色と、紺色の色違いのコールテン地の座布団に掛かれてるベティさんの絵が笑っていなかったこと位だろうか。
修子は鏡の中の眼と眼の間のもう一つの目のような傷を見てその意味を考えてみる。