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眉間の目  作者: 天土 野仁
1/3

食卓は静寂の中にこそ

風が鳴くのを聞きながら、急ぐ家路。食べることさえも、もはや儀式なのである。

 ペダルを踏んで自転車を漕ぎ始める。潮の香りがする、今日は浜風が吹いてるんだ。耳にはビョーっという風が 

 

入ってくる。泳いだ後にいつも聞こえるあの音だ。遠くに蝉の声が追いやられて風が鳴っている。両耳から入ってくる


それぞれの風が、まるでステレオみたいに左右で揺れている。今風に言えばナチュラルウオークマンってとこだろう


か。心地よい風の音を聞きながら家路へと急ぐ。とたんにビョービョーと寂しそうに泣き出す。ブルースなんて歌わな


いでよ。


家なんて大嫌い。でも帰らなきゃならない。「はあっ。」「ふうっ。」この歳で家に帰るのが億劫になるとは、なんと


も絶望的である。友達はみんな帰宅って嬉しいものなのだろうか。駅前の本屋はまだ開いてるだろうか。そんなことを


考えながら結局本屋をやり過ごして自転車を漕ぐ。ソフトクリームみたいな雲がこっち見て笑う。帰るのかい?って。

 

「ただいま」と言って玄関で靴をぬぐ。祖母が「ようおかえり」と言って迎えてくれた。忙しく夕食の支度を


する母の横で、祖母はのんびりとお膳立てをしている。「まだか?」と応接室から、しびれを切らした祖父がおおきな


声で夕飯の催促をする。「はーい。ただいま」母が答えて、祖父が応接室から出てくる。テーブルに並べられた数々の


皿を見て満足気に、「これは何。」と一つ一つ尋ねる。母も儀式のように「これは、今日お魚屋さんがいい鱧が入った


といってたので、鱧にしました。梅か、辛子か、お好きな方で上がってください。お汁は、湯葉が入ってます。菜っ葉


少し甘めに炊いてます。きゅうりと若布の御なますは、レモンを少し絞りました。お漬物は、べったら漬を出しまし


た。」と、ここまで説明しおわると、祖父は満足そうに「ごちそうだね。いただこうかね」と言いながら箸箱からマイ


箸を取り出し,お汁を一口飲む。「うまいねえ。」ここで初めて祖母がお茶を出し、自分の箸箱を開ける。一呼吸遅れ


て、祖母もお汁を口にする。静寂の中夕食が始まる。物音は何もしない。時計の振り子の音だけがチトチトと時間を


刻んでいく。重く垂れ込めたこの空気は何なんだ。うちの一家団欒は鬱蒼とした森の中静寂の中にしかない。



 



・ 






  


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