2.いつもの日常
「ちょっと!何やってるのよもう!」
こちらに駆けて来たのは医務員のヴァイスで、俺とユリアが喧嘩した際はよく間に入ってくれる。
アルビノと呼ばれる特殊な体質を持つヴァイスは、白髪に赤い目、白い肌をしていた。
ポニーテールにした短めの白髪を揺らしながら、ヴァイスは立ち止まると腰に手を当てて俺とユリアを睨む。
「また喧嘩してたの?しかも囚人の前で」
ヴァイスの鋭い視線がジトーっと俺達を睨んだ。思わず黙り込んでいると、囚人のエドワードが鉄格子を両手で掴み、ヴァイスに語りかける。
「ヴァイスちゃん!この二人何なんだよ!ただのガキじゃねぇのかよ!?」
ユリアが再び鞘に手を伸ばしたのをヴァイスはその手を握って止めると、エドワードに厳しい言葉を投げかける。
「あんたは犯罪者だからどうでも良い。黙りなさい」
ヴァイスの冷たい視線に、エドワードはさっきのユリアよりも怖かったのかビクッと体を震わせると、再び独房の奥に縮こまった。
「……あのね、レオン、ユリア、貴方達の性格上衝突しやすいのは分かるわよ、でもここは牢獄なんだからね!?分かった?」
俺達は互いに顔を見合せ、一瞬睨み合うが……ヴァイスの方を向いて同時に頷いた。するとヴァイスは一応納得したのか穏やかな表情になると、踵を返して独房の通路を手招きする。
「さ、巡回の途中でしょ?お願いしますよ「シャーロット兄妹」?」
俺とユリアは顔を見合せ、ため息をつくとスタスタ歩き出す。俺は男側のの独房へ、ユリアは女側の独房へ、真逆の方向に。
ユーティス牢獄の看守達が事務仕事を片付ける場所、または休憩所とも言う。
そんな「看守室」は、俺達看守の憩いの場なっていた。
ユリアとヴァイスと別れた俺は、看守室へ行き扉を開ける。中には最年少の看守であるリックがいた。
「レオンさん!お疲れ様です!」
リックは真面目で可愛い奴だ。例えるなら弟みたいな感じか。…あんなおっかない妹より、俺はこいつみたいに素直な弟が欲しい。
左右に分けた前髪の薄く短い茶髪に、一見すると女子のような大きい目。そのせいで稀にいる変態的な囚人からはセクハラ発言まがいな事を言われていたりする。
「おーお疲れ」
「何か廊下に声が響いてましたけど、もしかしてまたユリアさんと喧嘩してました?」
リックは楽しそうにそう話す。
「何で楽しそうなんだよお前!そうだよ!」
「やっぱり!ふふ、もう駄目ですってば!仮にもユーティス牢獄はシャーロット家の……」
「分かったよ〜。分かった分かった、任せろ任せろ」
「……何だか適当なお返事ですね」
俺はリックのデスクに置かれていたクッキーを勝手に手に取り、口に放りながら事務仕事を片付け始める。
「あっ!僕の!僕のクッキー!」
リックは頬をふくらませながら、プイッと俺から顔を逸らす。だが俺の隣にデスクがあるからしょうがない。これはそうなる運命だったんだ。
「はぁ……」
痛い。顔が痛む。
顔の再建手術からもう数年は経つのに。
どうして今になってこんな痛みに悩まされなくてはいけないのか。
「オスカー。大丈夫?」
牢獄内の通路でしゃがみ込んでいると、ユーティス牢獄所長、ギル・シャーロットが声をかけて来た。
「……所長」
「顔が痛む、とか?」
頬を片手で押さえて冷や汗をかく俺を見て、所長はハンカチを取り出し、俺の汗を拭いてくれた。
「ありがとうございます……」
「あまり辛いならヴァイス、いや、リナさんに相談しなよ」
「……はい」
いつか俺の顔は崩壊するのだろうか?
俺の顔の事を知っているのは所長とリナさんだけだ。
……あまり広く知れ渡って欲しくも無いから、それで良いのだが。