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あの夏の日、幼い二人が空を見上げたとき

作者: 天音光人

 その日は朝から日が照って暑かった。タツオが朝ご飯を食べ終わって、家でゆっくりしていると、隣に住む従妹のマサコがやってきた。


「たっちゃん、いっしょに遊ぼう」

「遊んでもいいけど、オママゴトはつまんないよ。何か他のことしようよ」

「いやだ。オママゴトするの。それともチャンバラごっこがいい?」

「……わかったよ。オママゴトでいいよ」


 気の弱いタツオはつい先日、マサコとチャンバラごっこをして、散々に竹の棒で叩かれたのを思いだした。ままごと遊びの方がまだましだった。タツオは本当は将棋が好きなのだが、マサコはやり方すら知らないのだから、しかたがない。


 マサコは縁側にゴザを敷いて、その上に欠けた茶碗などを置いた。手には布でできた粗末な人形を持っている。二人はゴザの上に座った。


「おとうさん、お仕事ご苦労様でした。お食事の用意ができてますよ」

「ああ、うまそうだな。今夜は焼き穴子か。どれどれ」


 タツオは皿を取って、食べるまねをした。


「うん、うまい。マサコは料理が上手だな」

「うふふ、あたしって、いい奥さんでしょ」


 マサコは上機嫌で、人形を揺らしながら、よちよち、と言っている。最近になってタツオはようやく、父親役をこなせるようになった。最初の頃はなかなかうまくいかず、マサコは泣いたり怒ったりしていたのだった。


「ねえ、たっちゃんは大きくなったら、うちのお父さんの会社で働くんでしょ?」

「うん、だからおじさんが出たコーベコーショーっていう学校へ行かなきゃならないんだ。今はケイザイダイガクって名前になってるらしいけど」

「あたしはジョガッコウってとこに行って、それからたっちゃんのお嫁さんになるのよ。だから今から練習しとかなきゃ」


 マサコの父親は市内で会社を経営していたが、子どもはマサコ一人だった。タツオは三男だったので、マサコと結婚して会社を継ぐことに親同士が決めていたのだ。


「でも神戸はちょっと遠いよね。ブンリカダイガクだったら近いのに」

「ブンリカダイガク出た人は学校の先生になるんだよ。会社やる人はケイザイダイガクのほうがいいんだってさ」

「ふーん。でも、たっちゃんとなかなか会えなくなるのはさびしいな」

「でもまだだいぶ先のことだよ」




 タツオは自分が神戸のケイザイダイガクの学生服を着ている姿を想像し、かっこいいだろうなあと思った。それからマサコの父親の会社で働いている姿、マサコと結婚して夕食を食べている姿、子供を抱いているマサコの姿を思い浮かべた。


「たっちゃんと結婚して子どもができたら、その子はブンリカダイガクに入れて学校の先生にしようかな」

「まんじゅう屋がいいよ。そしたらいつでもまんじゅうが食べられるもん」

「あたしはおまんじゅうより洋菓子がいいなあ」


 タツオはそのとき、まんじゅうでも洋菓子でもいいから、甘いものが食べたいと思った。


「はい、おとうさん。おまんじゅうができましたよ。めしあがれ」

「どれどれ、もぐもぐもぐ。うん、うまい」


 タツオは皿からまんじゅうを手に取って食べる真似をした。


「そうだ、今日は帰りにビスケットを買ってきてやったぞ。食べてみるか?」

「まあ、あなた。ありがとう。じゃあおひとついただきますわ。ボリボリボリ。うん、とってもおいしい」


 マサコもビスケットを食べる真似をしながら、楽しそうに微笑んでいる。

 二十年後は自分たちもこんな生活をしているのだろうか。

 タツオがそんなことを考えていると、マサコが少し真面目な顔をして言った。


「ねえ、たっちゃん。あたしと結婚するまで死んじゃいやだよ」

「うん」

「結婚してからも、あたしより先に死んじゃいやだよ」

「うん。でも、まあちゃんが僕より先に死ぬのもいやだな」

「あたしは簡単には死なないからだいじょうぶ。チャンバラだってたっちゃんより強いでしょ」


 タツオは二人が長生きして年を取ったときのことを考えているうちに、岡山のじいちゃんとばあちゃんの姿を思い浮かべた。遊びに行くといつもタツオたちをかわいがってくれる。この二人もいとこ同士で結婚したのだそうだ。そして孫にあたるタツオとマサコを結婚させようと言い出したのも彼らだった。


「岡山のじいちゃんばあちゃんたちみたいになれるといいね」

「うん、孫たちが遊びに来たら、いっぱいごちそう食べさせてあげるんだ」


 マサコは急須でお茶を注ぐ手ぶりをした。


「おじいさん、お茶をお入れしましたよ。熱いから気を付けてくださいね」

「ああ、おばあさん、ありがとう。おっと、本当に熱いな」


 タツオは茶碗でお茶を飲む真似をした。二人は顔を見合わせて笑った。ささやかながらも平和で幸せな時間が流れていた。


 そのとき突然、上方から不気味な音が聞こえてきた。タツオとマサコは空を見上げた。雲一つない青空の中を飛行機が飛んでいた。次の瞬間、全身に強い衝撃を感じたかと思うと、二人の意識はそこで途絶えた……


 1945年8月6日午前8時15分のことだった。

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