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転校初日

 チュンチュンチュン……


 外からスズメの鳴く音が聞こえる。

 窓から差し込む日の光がまぶしい。


「うーん、もう朝かー」

 俺は自分のベッドから起き上がって大きく伸びをする。

 引っ越しの荷物の整理もようやく終わって、こざっぱりした俺の部屋。

 夏休みも終わって、今日から新しい学校。


 学校、学校、学校……って!?


「おわあああっ!」

 俺は右脇。俺のベッドでスヤスヤ眠ってる生き物に気づいて変な声を上げる。


「スースースー……」

 さっきまで寝ていた俺のとなりに寄り添うようにして。

 安らかな寝息をたてているのは……

 輝くような金色の髪と、長くてとがった耳をした、小さなエルフの女の子だった。


「ウソだろ! どうして俺の部屋にエルフが、なんか……なんかやらかしたか俺!」

 俺はベッドから飛び上がって首を振る。

 思い出せ、昨日の夜何があった、何があった……


 そうだ、コンビニで立ち読みして帰る時に。

 変なチンピラみたいなのに、確かこの子が絡まれてたんだっけ。

 それでその子を助けたら。

 大喜びで、お礼がしたいって、そのまま家までついてきて……


 アレ?

 俺は首をかしげる。

 そのあとの記憶が、どうもハッキリしない。

 妙に頭がボンヤリして……まさか、また(・・)記憶喪失?


「うーんムニャムニャもう朝かー。あ、おはようございますマキシ様」

 ベッドの中のその子も、目を覚ましたらしい。

 ほっそりした手をウーンと伸ばして、俺の方を向いてニッコリ笑う。


 か、かわいい……ってそれどこじゃない、それどこじゃない!


「昨日はどーもありがとうございました。それにあたし……マキシ様のことが色々わかってすっごく嬉しい!」

「あ……え……どーも、うっす」

 輝く金髪を揺らして微笑むその子に、俺はあいまいな調子で小さく答える。

 昨日のこと……夜までは覚えてる。

 この家のこと……カーサンのこと、覚えてる。

 大丈夫だ、すくなくてもこれまで(・・・・)の記憶はちゃんとあった。

 その時だった。


「いつまで寝てるのマキちゃん! 今日から学校でしょ!」

 階段の下、キッチンの方から俺を呼ぶカーサンの声。


「わかってるよ、カーサン!」

 俺も大きく階段に向かってそう答える。

 そうして、もう1度ベッドの方を見ると……あれ?

 さっきまで、そこに居たのに。

 エルフのその子の姿が、ベッドから消えていた。

 右を見ても、左を見ても、この部屋のどこにもいない!


「夢……幻覚……!?」

 俺は首をかしげるが、もうここでノンビリしてる時間はない。


 俺は今日から通う学校の……聖ヶ丘高校の制服に着替えて、階段を駆け下りた。


  #


「部屋に女の子がって、もー。まだ寝ぼけてんじゃないのマキちゃん?」

「いや……そんなことないと思うんだけど……カーサンさん」

 リビングでカーサンの作ってくれたトーストと目玉焼きを食べながら、俺は小さく首をひねる。

 

 トーストうま。

 目玉焼きうま。

 

 このカーサンという女の人に、俺はいつも世話になりっぱだった。

 カーサンは当たり前でしょなんて言って笑うけど。


 俺はまだ少し慣れてない。

 この人は……俺の「母親」なのだそうだ。

 正直、そう言われてもピンとこない。

 あの日、半年前にホッカイドーの山の中で目覚めたあの日以前の記憶が、俺の頭には一切残っていないのだ。


 だから俺が、牧島マキシという名前で、この人が牧島ルミナっという俺のカーサンだという事実も。

 カーサンから教わって、ああそうかと思うだけなのだ。

 でもいつもお世話になっているし、十分ありがたく思っているが。

 その時だった。


 リーンリーンリーン……

 我が家の玄関のベルが鳴った。

 こんな朝から、いったい誰が、何の用で?


「はーい……」

 俺が玄関口のドアホンに答えると。


「あの……牧島マキシさんのお宅はこちらですよね……」

 ドアホン越しに女の子の声が聞こえた。


「え、ああ、そうですけど」

 俺が玄関のドアを開けると。

 目の前に立っていたのは輝くような銀色の髪と、同じく銀色の瞳をした……

 眼鏡をかけた、可愛らしい顔の女の子が立っている。

 それのこの子の制服は……たしか、今日から俺が通う、聖ヶ丘高校のブレザー?


「牧島マキシさん。お迎えに来ました」

「あ、お迎え?」

 突然の女の子の申し出に、俺は変な声を上げる。


「そうです。わたしは霧崎(きりさき)メタリカ。聖ヶ丘高校1年B組のクラス委員長です……」

 銀色の髪を揺らしたその子……メタリカさんはまったく表情を変えず静かに俺にそう言ってきた。


「トウキョウもウチの学校も初めてでしょ。それにデータベースで確認しました。あなたはとても危険(・・)な人だと……」

「いやいやいやいや、なんすかいきなり、危険って!?」

 相変わらず淡々とした調子のメタリカさんに、俺はブンブン首を振って言い訳する。

 まったく、朝っぱらから、初めて会ったばかりなのに。


 なんてこと言いだすんですか、メタリカさん。


  #


「まったく、なんなんすか。その『データベース』って」

「この街の……ウェストゲート圏内に存在する全ての『指定高校』の在学者は、すべてこの国の運営するデータベースよりそのスペックを閲覧可能なのです。当然転入予定者も含めてね……」

 朝の通学路。

 朝食を食べ終えて自分の家……『牧島パン店』の玄関口を飛び出した俺とメタリカさんは、これから通うことになる高校までの道をツカツカ歩いている。

 メタリカさん、めっちゃ歩くの早いし。

 男の俺でも、最大歩幅で小柄なメタリカさんと、やっと並んで歩ける感じだ。


「それにしても不思議です。データベースには、あなたの『スペック』のことが、何も記載されていなかった」

 メタリカさんが、銀色の瞳でまっすぐに。

 不思議そうな顔をして俺の顔を見つめていた。

 いや、ちょっと顔近いし、近いしメタリカさん!


「『指定高校』……国立聖ヶ丘高校への転入学届が受理されたのに、何もスペックが載っていないなんて……それに、例のホッカイドーでのあの事件。あなたの『スペック』は、いったいどうなっているんですか?」

 スペック……さっきから専門用語が連発しすぎで、話についていけないです。


「『魔術師(メイジ)』としてのランクは? それとも『魔人種イマジオン』として、よほど特殊な能力があるとか? まさか……『魔王族(ロイヤルズ)』だなんてこと……あるわけないか」

 無表情だったメタリカさんの口元が、フッと綻ぶ。

 あ、いまなんか、すげー軽く見られたというか、なんか馬鹿にされた感じだったんですけど……。

 でもなんか、メタリカさんが知りたいことはわかってきた。


「そ、そういう意味だと……」

 俺はポリポリ頭をかきながらメタリカさんに答える。


「俺は『魔法』はほとんど使えないし、魔族でも魔族との混血の『魔人種イマジオン』でもないし……まして『魔王族(ロイヤルズ)』なんて会ったことも、見たこともないっす……」

「ちょっと……本気で言ってるの? あなた、これから自分が行く高校が、どんなところ(・・・・・・)かわかってるの!?」

 俺の答えに、メタリカさんの銀色の瞳が見開かれていくのがわかった。


 わかってる……のかな?

 わかってるつもりではいるが、実際にそんなところに行ったことはないから、自信があるかってゆーと……


「え、あ、はい多分。そんなことより……」

 あいまいにそう答えながら、俺はメタリカさんの顔を見た。


「メタリカさんは、どんなスペックなんですか、俺、まだぜんぜん学校のことわかんないし。色々クラス委員長にはお世話になりそうだし……」

「え、わ、わたしは……」

 俺の質問に、メタリカさんがモジモジしながら何か答えようとした、その時だった。


「キャアアアッ」

 道の向こうから、甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「あ、あれは……!」

魔物(モンスター)……!」

 俺とメタリカさんが同時に叫んだ。


 道の向こうから。

 逃げ惑う何人もの通行人に、大きなこん棒をふりまわして襲い掛かる巨大な怪物がいるのだ。


「トロール……!」

 俺は息を飲んだ。

 あんなの、テレビの災害中継でしか見たことない!

 さすがトウキョウ。ホッカイドウとは融合(・・)のレベルが全然違う……!

 ボンヤリとそんなことを考えながら、俺はトロールに向かって動こう(・・・)とした、でもその時だった。


 タッ!


「あっ!」

 おれはもう1度驚きの声を上げた。

 俺より先に、メタリカさんが跳んでいた。

 小柄な体からは信じられないような脚力で、メタリカさんは魔物(モンスター)に向かって跳躍していたのだ。


 そして……フッ……!


「えっ!?」

 俺は目をシバシバさせた。

 メタリカさんの振り上げた右手が、彼女の肩の先からフッと消えたように見えたのだ。


 タッ!


 銀色の髪を風になびかせたメタリカさんが、トロールに向かって一直線に跳躍していた。


「メタリカさん……」

 俺がそう声を上げる間もなく……


「グオオオオオーーーッ!」

 獰猛な咆哮を上げたトロールが、メタリカさんにむかってこん棒を振り下ろした。


 危ない!

 メタリカさんの身を心配して、俺がトロールに向かって動こう(・・・)とした、だがその時だった。

 メタリカさんの右手が……目にもとまらぬ速さでフッとその肩口から消失していた。

 ……かに見えた、刹那のそのあと。


「グオ……」

 トロールがおかしな声を上げた。


 ゴロン。

 こん棒を振り上げてその巨体を硬直させたまま。

 トロールの醜い頭部が地面に転がっていた。


「うわああああっ!」

「キャアアアアアアアアアッ!」

 市民たちの悲鳴があたりに響く。

 

 メタリカさんに何か(・・)をされて頭部を失ったトロールの胴体が、首のつけねから真っ赤な鮮血を吹き上げながら。

 ズウウウンッっと地面に倒れ落ちていたのだ。


「もしもし警察、警察ですか!」

「たったいまここに……魔物(モンスター)が!」

 慌てふためいて警察に通報する市民を通りすぎながら、メタリカさんがツカツカまっすぐ通学路を歩いていく。


「ちょっまっまっ待ってくださいメタリカさん!」

 俺は慌ててそう叫んで、メタリカさんの後を追う。


 俺のこの目でもってしても、視認することすら出来なかった。

 この子は……メタリカはいったいどうやって魔物(モンスター)の首を落としたのだろう?


「い……今のなんなんですかメタリカさん! めっちゃ早かったし! めっちゃ見えなかったし! それにおれ魔物(モンスター)狩るところとか……初めて見たし!」

「あまり……騒がないでください牧島(まきしま)マキシさん……って言いにくっ!!! マキシくんでいいですねっ……!」

 トロールの首を落としたメタリカさんに駆け寄る俺に、なんかイラついた感じのメタリカさん。

 いや……言いにくっ! て言われても、俺はいま初めて気がついたが……

 上から下まで他人(ヒト)のこと、フルネームで呼ぶヤツってあんまいないし。

 いや会ったことないし。


 だから確かにこの俺の牧島(マキシマ)マキシって名まえが言いにくかったり、どこから名字でどこから名前だかわかんなかったとしても……

 それは、そんな呼び方をするメタリカさんが悪いんですよ。

 自分のフルネームの、なんか変なリピート感になかば強引に気づかされた俺は、恨みがましい目でメタリカさんを見る。


 ……にしても。

 さっきのメタリカさんの技はいったい……?


 ……にしても。

 さすがトウキョウ。

 市民の通報をうけて駆けつけた警察官たちが、あっという間にトロールの死体にシートをかぶせてどこかに運んでいくのだ。


 この世界がこんな風(・・・・)になったのは、俺が生まれるずっと前……

 今から50年も前のことだったとカーサンからは聞かされている。


 トロールやオーガーやゴブリンみたいな、Cランクの魔物(モンスター)が人間の街に現れて暴れだすようになったのは。

 ソレの融合度はトウキョウやニューヨークや北京やドバイ……世界各国の大都市部と言われている場所がいちばん強い(・・)と言われているらしい。

 どんな理由かは知らないが50年前にこの世界は、魔物(モンスター)の存在する異世界と繋がってしまったのだ!


 今となっては考えられない話だが、繋がる(・・・)前のこの世界には、今では誰もが使える魔法や、特殊な能力を持つ魔族……そして魔族との混血種である魔人種(イマジオン)など、存在していなかったというのだ。


 メタリカさん……

 そして俺は、苛立たしげに首を振りながらツカツカ俺の前を歩く、メタリカさんの背中を見つめる。


 今さっき見せたとんでもなく俊敏な動き、見えなかった右手。

 彼女が俺に尋ねたところの、彼女の言ういわゆる彼女の『スペック』は、いったいどれほどのモノなのだろう。


 メタリカさんは、『魔術師(メイジ)』?

 いや、その可能性は低い。

 魔術師(メイジ)ならば、攻撃を発動させるときの呪文(ワード)の詠唱と触媒(マテリア)の起動が欠かせないはずだ。

 トロールに向かって跳んだ時、メタリカさんに、そんな素振りはなかった。


 では、『魔人種(イマジオン)』?

 いや、その可能性も低い。

 魔人種(イマジオン)ならば鋭い爪や牙や角……明らかに普通の人間と異なる異彩を放っているのが世間一般の常識だ。


 じゃあまさか……!


 ひょっとして『魔王族(ロイヤルズ)』……!?

 そんな考えに辿りついてしまって。

 俺は自分のうなじの毛がゾワゾワと逆立つのがわかった。


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