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彼と会わないようにーー植田視点

 何か悩みがあれば私はいつも走るようにしてきた。だから今日も走ろうと決めていた。

 ポケットに財布とスマホを捩じ込み、靴紐が途中でほどけないようにしっかりと結ぶ。

 スマホにはピンクのイヤホンを繋げ、ロックな曲をかけ流しにする。


 「いってきます!」


 出かける挨拶をし、私は家を飛び出した。


 時刻は八時を回っており、さすがに外は暗くなっている。今夜はどのコースを走ろうかと頭で描きながら、私はリズミカルに走る。

 私がいつも走るコースは二つある。一つは赤い橋を渡るコースで、私は橋コースと命名している。

 橋コースには急な坂があるのだが、今日の部活は大会が近いせいか結構ハードメニューだったのでやめておきたい。

 それなら残るコースは一つだ。お兄さんのマンションを通るコース、マンションコースだ。 

 自分の足が重くなるような感じがした。

 あの一件以来、お兄さんとはあっていない。いや意図的に会わないようにしている。迷惑をかけていたなんて知らなかった。

 てっきりお兄さんも私と同じように会うのを楽しみにしている。そんな風に思っていた。


 「馬鹿だな私」


 ちゃんと謝罪に行くのが筋なんだろうけど、それすらもお兄さんには迷惑かもしれない。

 お兄さんに迷惑をかけるのも、あんな怒った顔を見るのももう嫌だ。


 「よし決めた!」


 頬をバシンと叩き、自分に言い聞かせる。

 今日はマンションコースを通ろう。けど、マンションには寄らず、そのまま通り過ぎよう。

 マンションを通りすぎれば、下り坂に差し掛かる、そこを下っていけば、トタン屋根のバス停があり、そこでUターンしよう。

 けど、もし、もしもだ。たらればだ。マンションには寄らないけど、外でお兄さんと鉢合わせしたら....


「うん。そのときは挨拶するのが普通だよね!」 


 決めたら足が羽毛みたいに軽くなった。今なら急な坂も全力疾走で走れそうだ。

 勿論やらないけど。

 しかし、足の軽さとは真逆に心臓はばくばくと煩かった。おかしいまだ一キロも走っていない。

 何故か口角がつり上がっていた。私は一体どうしたというのだろう。



 流れた音楽の再生時間を足すと三十分近く走っていた。

 頭上で街灯が明滅を繰り返しており、それは何処か不気味な雰囲気を漂わせている。

 ペースを崩さずに、呼吸は規則的に繰り返す。足は若干だが重い。今日のハード練習がここで響いてきたか。帰ったら入念にストレッチをしとかないと。 

 暫く走り続けると公園が見えてきた。まだ喉は渇いていないが、走る前に水分補給はちゃんとしただろうか。

 何せ今日は蒸し暑い。テレビのニュースでも熱中症には気を付けるようにと注意換気されていた。


 「よし!」


 足を公園に向ける。風で揺れるブランコや少し古いシーソー。象の形をした黄色の滑り台はよく友達と遊んでいた。

 水のみ場に立ち蛇口を捻る。水がチョロチョロと顔の高さまで上がり、髪にかかるのが嫌なので、耳にかけ唇を近づけ、飲んでいく。


 「ん、ん、ん」


 決して美味くはなかったが、飲まないよりはましだ。顎に垂れる水を拭い、よし走ろうと決めたら何の前触れもなく後ろから「おい」と声をかけられた。

 体がびくっと震えた。

 夜八時。自主練とはいえ遅い時間に女子高生が一人出歩くのは補導の対象になり得るだろう。

 どう言い訳しようかとアタフタしていると、髪に手をおかれわしゃわしゃされた。

 こんなことをするのは一人しかいない。お巡りさんじゃないと知り警戒心が和らいでいく。が、あまりにしつこく髪を撫でるものだから、私は彼の手を振り払った。


 「こんな遅い時間に女子高生一人とはいただけないな。悪漢とかいたらどうするんだ」


 「その時は勿論戦うよ!」


 「バーカ。出来ないことを言うんじゃない」


 三嶋徹は苦笑すると私のおでこにデコピンをした。

 三嶋徹。男子陸上長距離走のエースで部長。中学校からの知り合いで、今では腐れ縁の仲だ。

 私はおでこを擦り、徹の服装を指摘する。


 「そう言う徹はどうなの? 格好が赤いジャージって。しかも靴も運動靴だし」


  「おれはいいんだよ。大会も近いし自主練しないと他の奴等と差が縮まるばかりだ」


 それなら私も一緒だ。徹はそんな私の思考を読み取ったのか、手をポンと頭におくと子供を諭すような声で


 「けどな夏蓮、お前は別なんだよ。去年の怪我を忘れた訳じゃないだろ? センコーにも聞いたぞ。今日の練習はお前には別メニューを作っていたのにそれを無視したって。また無理して走って足を痛めてもいいのか?」


 それを話に出すのは卑怯だ。ほら何も言い返せなくなる。


 「まぁあれだ。早くお家に帰りな。これは部長からの命令だからちゃんと聞けよ? 雨も降るっていってるしな」


 そうだっただろうか? 空を見上げる。星が厚い雲に覆われ見えない。

 徹はじゃあなと片手をあげ、走り去っていた。徹は家に帰る途中だったのだろうか。

 一人取り残された私の頭に何か冷たい物が当たる。手を空に向けてみると、雨粒が指に落ちた。


 「雨だ.... 」


 雨はポツポツと降ってくると、次第に強くなり激しさを増した。

 家まで三十分はかかる。これはまずい。徹は無事に帰っているだろうか。


 「ひゃぁぁぁぁ!」


 徹を心配してる場合ではない。このままでは風邪をひく。私は辺りをキョロキョロと見渡し、小さなドーム状の遊具で雨宿りすることにした。


 「え.... 」


 ドーム状の遊具には私以外にもう一人いた。背を向け、眠っているのか男性はピクリとも動かない。

 何処か高そうなスーツが泥だらけになっている。


 「あの、大丈夫ですか?」


 体を揺するが起きる気配がない。困ったな。もう一度揺すると、男は寝返りをうった。男の顔がこちらに向く。


 「へ?」


 自分でも間抜けな声が出たと思う。けど仕方ないのだ。まさかここで会うなんて思いもしなかったのだから。


 「お兄さん.... 」

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