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勝ち組

 部長のゴリラ面に辞表を叩きつけても未練など全くなかった。 

 世話になった先輩、社食を一緒に食べた同僚と別れるのだから何かしらの悲しみが沸いてもおかしくないと思ったのだが、俺の心は自分でも驚くほどに無だった。


 何故俺はあの会社に就職しようと思ったのだろうか? 

 面接の時俺はなんと言ったのだろうか? 志望動機は何を書いたのか?

 わからない.... 全然思い出せない。初の就職だからきっと熱い事を書いたのだろうが....

「まぁどうでもいいか」

 忘れた事を思い出そうなんて時間の無駄だ。それに思い出せたとしても、俺がそれを言うことなんて二度とないのだから。


 「さてと.... 」


 もうここにいる必要はない。

 ぐーと伸びをし、去り際、四年間勤めた会社を振り返る。

 今頃オフィス内は大騒動しているだろうか。

 部長は俺を呼び出すように大声で誰かに言ってるかもしれない。


 「それにしても部長のあの顔.... ぷっ! 間抜けだったな 」


 目が点になってポカンと開いた口。まさにアホ面。写真におさめとけばよかった。

 俺はひとしきり笑い、目尻に溜まった涙を拭うと一歩踏み出した。


 「待ってよ! 鈴木くん」


 腕を掴まれ、俺は不意を食らったように足を止めた。

 後ろを振り向くと、そこには茶色の髪を乱し、呼吸を荒らげた佐藤さんが訴えかける瞳で俺を見ていた。

 そうだ。俺は佐藤さんに何か言わないといけなかったような.... あれ? 何を言おうとしてたんだっけ?


  「鈴木くん.... 一週間も会社休んで何をしてたの?」 


 「ああそれは.... 」


 口が滑りそうになり、俺は慌てて口を閉じた。

 佐藤さんはいい人だ。どんな悩みも乗ってくれるし信用できる人だ。口も固いことだろう。

 しかし、こんなことを簡単に言っていいものだろうか? 

 いくら佐藤さんがいい人でも、ひょっとしたらということもあり得る。

 俺は佐藤さんから目を背け、


 「まぁ色々あったんすよ」


 「わかった。何があったかは後から聞くから、取りあえず一緒に会社に戻ろ?」


 会社に戻る? 冗談だろ。俺はもう一生働かなくていいんだ。

 俺は強めに佐藤さんの手を振り払う。


 「鈴木くん.... ?」


 予期せぬ出来事に佐藤さんは目を丸くした。

 何かを言おうとしているのだろう。彼女は口を開いては閉じ、モゴモゴさせると、


 「どうしたの鈴木くん? まさか戻るのが怖いとか? 大丈夫だよ、私も一緒に部長に謝るからさ。今ならきっと部長もわかってくれるよ。ね? だから戻ろ?」


 佐藤さんは苦笑を浮かべ、子供に言い聞かせる大人みたいにそう言った。


 俺は何時も不思議に思っていた。

 何故この人は俺に世話を焼くのだろうと。

 一緒に入社したから? 大して話をした事もないのに?  それとも....

 一週間前に感じたあのどす黒い感情が腹の底で沸々とわいてくる。

 毎日叱られている俺に哀れみを感じて同情しているのか?

 ふざけんなよ....

 黒い感情が表に出そうになる。いけない。俺は大きく息を吸い、空を仰ぎ見る。

 鳥が大きな羽を広げ青空を自由に飛び回っていた。 


 「佐藤さん.... 貴方にはあの鳥がどう見えます?」


 「どうって.... 」


 質問の意図が分からないのだろう。佐藤さんはポカンとしていた。

 当然だ。会社に連れ戻そうとしているのに、急に鳥の話をされたら誰でも困惑するだろう。

 それでも佐藤さんは困惑しながらでも俺に付き合ってくれた。

 暫く空を見上げ、視線を俺に戻す。


 「えっと鳶にしか見えないけど。ねぇどうしたの鈴木くん? 今日なんかおかしいよ」


 鳶に見えるか.... まぁそういう答えになるよな。飛んでいる鳥は確かに鳶だ。

 だが俺の見方は違う。


 「佐藤さん.... 俺は何時もあの鳥が羨ましくて仕方なかったんですよ。

 自由に空を飛んで、行きたいところに行ける。上空から人を見下ろせるのはさぞ気持ちいいじゃないでしょうか。

 俺も何時かあの鳥のように誰かを見下ろしたいそう思っていました」


 そして、俺はその羽を手に入れることができた。

 自由になれるその力をこの一週間で手に入れることができたのだ。


 「連れ戻そうとしている所悪いんですが、俺はもうあの会社に戻るつもりなんてありませんよ。

 あそこは俺にとって檻だったんですよ。窮屈で狭くて苦しい檻だったんです。あんな所じゃ、自由に飛べない」


 「それって会社を辞めるってこと? 会社を辞めてどこにいくつもりなの?」


 「どこにもいきませんよ」


 佐藤さんは鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くした。


 「どこにも行かないって.... ニートにでもなるつもり?」


 ニートとは心外だ。俺は親の金に頼るのではなく、自分の金で生活するのだから、そこいらのニートと一緒にしないでほしい。

 しょうがない。ニートと勘違いされるのは嫌だから、何故働かないのか説明するとしよう。

 俺は手に持ったスーツ鞄から通帳を取りだし、中身を佐藤さんに見せる。

 佐藤さんは期待通り、いやそれ以上の反応を示してくれた。

 目を白黒させ、息を吸う鯉のように口をパクパクさせている。

 勝ったと俺は内心ガッツポーズをした。天と地の差があった佐藤さんにこんな顔をさせたのだ。

 俺は佐藤さんを追い越したのだと実感する。


 「な、何で? こんな大金どうしたの?」


 「当たったんですよ、七億の宝くじに!」


 興奮で俺の声は大きくなっていることだろう。しかし、それも仕方ないのだ。なんせ七億もの大金だ。

 今でも忘れはしない。宝くじが当たった衝撃。夢を見ているのかと何度頬をつねったことか。銀行で当選くじを換金するまで周りの人が敵にも見えた。

 今だってそうだ。誰も信用できず、宝くじが当たった事を佐藤さんを除いて誰にも話していない。


 「これが俺の働かなくてもいい理由ですよ。俺は勝ち組になったんです。このスーツも靴も鞄も全部五万ごえですよ。今日の為だけに買いました。

 もう誰にも馬鹿にされることもないんです。これからは自由に羽ばたきますよ」


 「.... お金が全てなの?」


 佐藤さんはプルプルと震えていた。口調も何処か怒っている。

 なるほど嫉妬しているのか。俺もそうだった。何時も仕事が出来る人が羨ましくて嫉妬していた毎日だった。

 「わかりますよその気持ち.... あ、そうだ。ほんの少しですが、これを受け取ってください。少しは気持ちが和らぐと思いますよ」


 俺は鞄からぶ厚い白い封筒を取り出す。


 中身は福沢諭吉百枚。百万円だ。佐藤さんには色々とお世話になったのだ。感謝の気持ちをこめ俺は佐藤さんに手渡す。


 「こんなもの.... いらない!」


 佐藤さんは俺の向けた手を振り払うと、反対の手で俺の頬を叩いた。

 熱い痛みが頬を支配する。


 「何するんで.... 」


 最後まで言葉が続かなかった。目の前の女性を見て、俺は酷く動揺していた。

 佐藤さんは泣いていた。化粧が崩れるのをお構いなしに唇を噛み締め、肩を震わせていた。

 どうして? 何で怒るんだ? 金が足りなかったのか?


 「鈴木くん君には失望したよ」


 失望? 失望だって? 羨望の間違いじゃないのか? 

 だって俺は勝ち組なんだぞ。


 「気持ちがわかる? ふざけないでよ。鈴木くんは何もわかっていない。お金で人の心を買おうとするなんて最低だよ!」


 何でだ。嬉しくないのか? 

 百万円だぞ。百万が努力せずとも手にはいるんだぞ? 何が不満なんだ。何で俺を認めてくれない!


 「.... いくら欲しいんですか?」


 「最低」


 渇いた音が空の下に響き渡った。

 

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