彼のいない席ーー 真子視点
私は彼のデスクを見ていた。
パソコンは一週間前から閉じられたままでそこには当然彼の姿はない
重い溜め息がついでてしまう。私のせいだ。ビンタなんてしたから、そのせいで彼は....
「駄目駄目! 暗いことなんて考えちゃ」
私は周りに聞こえないよう好きな曲を口ずさむ。あの時彼と一緒に聞いた曲だ。そう言えばそのあと彼をビンタしたんだっけ。
また気分が落ち込んだ。
「どうした真子? 最近何か変だぞ」
同僚の結花が隣のデスクから話しかけてきた。
結花は私と同期で、男らしいさばさばとした性格をしている。そしてとても勘が鋭い。
以前私のペンが紛失したことがあった。別に安物だからよかったのだが、結花は紛失は落としたのではなく、盗まれたから無くなったと言い張った。
私はあんな安いペン誰が盗むんだと思った。何処にでも売ってあるペンだ。珍しい物ではない。
しかし結花が言うには盗んだ人はペンが欲しかったのではなく、誰かが私に嫌がらせをしたくて盗んだらしい。
そんな馬鹿なと思っていたが結花の考えは当たっていた。
翌朝、結花が化粧の濃い花さんをつかんで私のデスクにつれてきたのだ。
花さんは不貞腐れた様に私のデスクの上にペンを置き、低い声で謝った。
どうしてこんなことをしたのかと聞くと、私が男性社員にチヤホヤされてるのが許せなくて嫌がらせのつもりで盗んだと花さんは白状した。
私は溜め息しかでなかった。花さんの考えは馬鹿馬鹿しい。まだ学生気分が抜けていないようだ。
ペン紛失事件で私は二つの事を学んだ。一つは花さんが子供じみていること。そしてもう一つは、結花の勘がとても鋭いこと。
いや、それだけではない。結花は行動力が凄いのだ。何せ犯人を私の前に連れてきた程だ。
もし鈴木君をビンタしたことを相談したら、結花はどうするだろうか? 嫌な予感しかしない。
私は心中を悟られまいと、努めて明るい声を出す。
「え、そう? 変わらないと思うけど」
「鈴木のことが心配か?」
思わず咳き込む。
「え! 何で?」
「アホ。視線でまるわかりだ。ずっと鈴木のデスクを見てただろうが。アイツ一週間も休んでるが.... 何かあったのか?」
「そ、それは.... 」
どうしよう。結花に相談するべきか。彼女は口が軽くない。周りに言いふらしたりしないだろう。けど聞いて何をするかわからない。
もしかしたら鈴木君を引っ張って連れてくるかもしれない。
どうするか決めあぐねていると、オフィスが急にざわめきだした。
何事かと、辺りを見渡すと、高そうなスーツを着た男が鈴木君のデスクを片付けていた。
「ちょっと! 貴方何して.... 」
椅子から立ち上がり、男に注意しようとした私を結花が待てと静止した。
「見ろ。部長が話している。ここは部長に任せるべきだ」
確かに不審な人物が来たときは、上の者が対処するようになっている。
結花の言う通り私がいく必要はないかと席に腰を下ろし、成り行きを見守ることにした。
「いや、君。勝手な事をされたら困るんだよ。君うちの社員じゃないでしょ?」
部長は冷静に男に問いただす。男は暫く黙って聞いていたが急に笑いだした。
何が可笑しいと部長は声を荒らげるが、男は笑いを止めない。
そして充分笑ったと目尻の涙を指で拭うと、床に置いた鞄から白い封筒を取りだし、部長の顔に叩きつけた。
ひきつった悲鳴が何処からともなく聞こえる。男は鞄を持ち上げると、
「そいうことなんでさよなら」とオフィスを出ていった。
聞き覚えのある声だった。
まさか!
私は席を立ち、結花に手を掴まれた。
「待て真子! まさか追うきか?」
「私が行かなきゃ.... 」
使命のように自分に言い聞かせる。私は結花の手を振り払い、彼の後を追った。