ロボット
会社という地獄にに向かう電車内はやはり満員で、座席にありつけなかった俺は昨日と同じように吊革に掴まっていた。
電車に揺られ、三十分。そろそろ吊革を掴む手も疲れてきた。
座席には新聞を広げたサラリーマン、学生がスマホを構いながら座っている。
いい気なものだ。俺はむさ苦しい奴等に囲まれ、おしくら饅頭状態だというのに。
あー、仕事してないのに、もうこれだけで疲労MAXだよ。
スマホを構えない俺は辺りの広告を何となく見つめる。
塾や雑誌.... 何れも興味が引かれない物ばかりだ。
それでも何かの暇潰しになればと広告を見ていくと、
「宝くじか.... 」
宝くじの広告を見つけ、俺は溜め息の様に呟く。
昨日といい、今日といいそればっかりだ。
当たった後の夢をみたって虚しいだけなのに。
虚しさに追い討ちをかけるように車内アナウンスが、
『次はーー駅、ーー駅』
さて、鬱な一日が今から始まる。今日はどれだけ時間が長く感じるのだろうか?
電車の扉が開くと俺は緩んだネクタイを締め、鉛の様な足を一歩踏み出した。
始業開始から、三十分も経たないうちに、オフィス内がカタカタとキーボードを叩く音に支配された。
同僚に先輩、誰もが無表情で打ち込んでいる姿は、さながら感情を持たないロボットのようだ。
あの笑顔が素敵な佐藤真子さんですら今は笑み一つも見えない。
ひたすら資料とにらめっこし、データをパソコンに打ち込んでいる。
はぁー、いつ謝ればいいんだ。やっぱり昼休みか?
そんな事を考えていると、肩にドンと衝撃が走った。
「巧夢くーん。パソコンにデータ入力した?
俺から見ると画面に一文字も打たれてないように見えるけど?」
声の主は上司だった。口では笑っているようだが、その実、目が笑っていない。
朝から絡んでくんなよ。そう言いたかったが勿論口には出さない。
「すみません.... キーボードの調子が少し悪いようで」
その発言に上司の顔が曇る。そして、バン!! 上司はキーボードを力の限り叩いた。
「あ? 物のせいにしてんじゃねぇよ。テメーの脳みそが空っぽだからこんな簡単な入力も出来ないだけだろーが!!」
そう言ってものすごい剣幕で俺を睨みつけると荒い鼻息を立て席に戻っていった。
物のせいにするな? ふざけんなよ、お前が毎回キーボードを馬鹿みたいに叩くから反応が悪くなってんだろーが!
そんな事言える筈もなく、俺は反応の悪いキーボードを叩きデータを入力する。
必死にデータを打っていると、また肩がトントンと叩かれた。 しかし先程とは違い、優しさが込められているような軽い感じた。
「鈴木くん。今いいかな?」
佐藤さんはにこりと白い歯を見せ笑った。
屋上は昨日と同じように青空で、じりじりと肌を焦がすように太陽がぎらぎらしていた。
「ブラックで良かった?」
「え? あ.... はい」
俺の返事を聞くと佐藤さんはいつ買っていたのか、手元のコーヒー缶をポイと投げる。
かっこよくキャチしようと手を広げるが、コーヒー缶はするりと落ち、地面にかつんと落ちた。
「あ、ごめんね。コントロール悪かった」
「いえ、全然。上手くキャチ出来なくてすみません」
「また謝って.... まぁいいや。とりあえず座ろうよ?」
屋上のベンチに腰かけると、佐藤さんはプルタブを持ち上げ、カフェオレを一口飲む。
俺もそれにつられてブラックコーヒーに口をつけた。
お互いなかなか言葉を切り出さず、静寂をまぎらわすために缶に何度も口をつける。
何故俺を呼び出したのだろうか.... やっぱり昨日の事だよな。
だったら俺から言うのが筋の筈。よし!
「鈴木君はさ、音楽とかよく聴く?」
言う前に話を切り出されてしまった.... 情けない。
音楽はここ最近聞いていないので、素直に答える。
「音楽ですか.... 最近は聴いてないです」
「はぁ~ また敬語になってるよ? タメでいいのに」
「すみません.... 」
「また謝ってるし」
あ、これじゃ昨日と同じだ。進歩ないな、俺。
「まぁいいや。それよりもこれ聴いてみて」
そう言うと佐藤さんはスマホを取りだし、緑のイヤホンと繋げる。
「言っておくけど、耳掃除もしてるし、ちゃんと綺麗に使ってるからね」
少し照れたようにそう言って片方を俺の耳にいれる。
昇天しそうになった。
え、マジで! 佐藤さんの使用イヤホンだと!
俺がバクバクしてるとは裏腹に、佐藤さんは冷静にもう片方を自分にあて音楽を再生する。
しかし、俺は音楽どころではなかった。
柑橘の匂いがする! いや、それだけじゃない。なんか優しい匂いが.... そうかこれはシャンプーだな!
「鈴木君聞いてる?」
おっと、冷静になるんだ。音楽に集中しなければ。
聞くことに集中する。
流れてくる曲は頑張れば必ず報われるという、何ともありふれた様な歌詞だった。
この人は何でここまで....
「これね鈴木君にぴったりかなって思ったんだ。
私もね挫けそうな時があるんだけど、そんなときはこの歌を聴いて、よし頑張るぞ!って思うようにしてるの」
佐藤さんはにこりと微笑む。
その笑顔は俺に罪悪感を突き立てた。
昨日といい、今日といい俺を元気づけようとしてくれる気持ちはとても嬉しい。
けど佐藤さんには悪いがこの歌は俺には向いてない。
頑張れば報われる。
けど俺は報われるほど頑張ってるのだろうか?
よく小説やドラマでは主人公は頑張っているが、周りの悪役が妨害するせいでなかなか報われないという場面がある。
主人公はそれでも諦めず、最後に報われめでたしめでたし。
それが俺の人生に当てはまればどれ程幸せだろうか。
俺はこの歌に合う様な頑張りをしてるのだろうか?
いやわかってる。答えは、していないだ。
毎日をただ流れるように生きている。
周りをロボットと思っていた俺こそ、ロボットじゃないか。
機械のようにつまらない一日を毎回毎回繰り返していく。
変化だってしない。ただ繰り返すだけ。
「鈴木君? 何か顔が暗いけど大丈夫?」
無反応の俺を心配したのか佐藤さんは顔を覗きこんできた。
「あ、いえ。素敵な曲ですね」
表面だけの感想を述べると俺はギギと口角を上げた。