表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/27

日常

 禿げ頭の部長から呼び出しがかかり俺はまたかと内心で舌打ちした。

 まだ午前中なのに説教は勘弁してもらいたい。アイツの説教は午後の業務に響くのだ。

 渋々、部長が座っている席の前に立つと、


「バカヤローが!」 


 部長は資料をくしゃくしゃに丸め、俺に投げつけた。こてんと当たった資料が地面にころころ転がる。

 あれは、俺がまとめた資料じゃないか。

 苛立った時の癖で赤ペンを何度もこめかみにとんとんと当て、部長はおいとドスの聞いた声で一睨みする。


 「もっと分かりやすくまとめろって言ったよな? あれのどこがわかりやすいんだ?」


 あれのどこがって.... 部長に言われた通りに直すところは直したつもりだ。

 部長が懇切丁寧に何度も赤ペンで線を引いた箇所やグラフも円グラフから棒グラフに変更した。

 しかしそんな反論は勿論言葉にならない。俺に出来る事はただ一つ、


 「申し訳ありません‼」


 頭を深く下げ謝罪する、それだけだった。

 丸まった資料だったものが視界に入る。俺が徹夜して作った努力の結晶。それがごみ当然に転がっている。我ながら情けなくて、失笑がこみ上げてくる。


 「申し訳ありませんってお前いつもそう言ってるよな? もう聞きあきたんだよお前の謝罪は!」


 俺だって聞きあきたよあんたの説教は。そんな反論を心の中で押し殺して、


 「すみません」


 か細い声でまた謝る。

 謝る度に自分が嫌になる。部長の言う通りだ、俺は何回謝ってんだ....


 「声が小さくて何て言ってるか聞こえねーよ! もっとはっきり言えよ鈴木巧夢!」


「すみません!」


 静寂に包まれた社内で俺の声だけがいやに響いた。どこからともなく小さな笑い声が聞こえてくる。


 「鈴木さん、また怒られているよ。」

 「どうして毎回失敗して、怒らせるんだろうね。」


 なぜ失敗するのか、それは俺が知りたい。


 「もういい。資料は他の奴に任せるから。お前はそのごみを拾って席に戻れ」


 話は終わりだと言わんばかりに、部長は手もとの書類に視線を落とす。

 俺は腰を落とし、部長の足元に転がる資料を拾う。その時部長の足が少し動いた。幸い資料を拾った後なので踏まれずに済んだが。

  部長は俺の手を踏もうとしたのだろうか? それとも単なる偶然?

 もう一度謝罪の言葉を口にし、自席に戻った。


 どの部分が駄目だったか....  ぐしゃぐしゃにされた資料を広げ、何度もシワをのばす。

 赤ペンで線を引かれている箇所は直っているし、グラフだってちゃんと....


 「あ.... 」


馬鹿なミスを侵していた。なぜこんな簡単な事に気がつかなかったのだろうか?

 いや理由はわかっている。

 徹夜して頭がぼぉっとしていたことに加え資料の提出期限がギリギリで焦っていたからだ。

 焦るほど人間はミスをしやすいと誰かが言っていたが本当にその通りだ。

 だが今更気づいてももう遅い。人間は悔やむことは出来ても過去には戻れない。

 誤字脱字の多いごみをくしゃくしゃに丸め、近くのゴミ箱に放り投げた。



 「ハァ~」


 昼休み。

 屋上の手すりにもたれ、溜め息をつきながら、さっき自動販売機で買った缶コーヒーをちびりと飲む。

 夏中盤ということもあり、ジリジリと肌を焼くように陽射しが照りつける。

 何となく空を見上げれば、そこには自由に羽を広げ、鳥が優雅に飛んでいた。

 空の風を感じて町を見下ろすのはどれ程気持ちがいいのだろう?

 あいつらが羨ましい。俺にも鳥みたいに羽が生えれば嫌な事から逃避出来るのに。

 空に手を伸ばす。伸ばしても鳥と俺との距離は遠い。

 空を飛ぶには羽が必要だ。誰にもへし折られない羽が。


 「何やってんの?鈴木君」


 可愛らしい声が耳に届き、慌てて手を引っ込める。


 「あ、佐藤さん。お疲れ様です.... 」


 「お疲れさま」


 手にもった紙コップをゆらゆらと揺らしながら、佐藤さんは俺の隣に背をあずけ、「暑いね」と微笑んだ。


 子供みたいな悪戯気な瞳に俺の心はドギマギし、ふいに顔を反らしてしまう。


 「そ、そうっすね」


 佐藤真子。スーツはきっちりと着こなしシワ一つない。可愛らしい顔立ちで優しく仕事も出来るといった正に完璧超人。

 男性社員に嫁にしたい社員は誰かと聞けば、真っ先に佐藤さんが上がるほど、モテモテでもある。

 佐藤さんは唇を尖らせ人差し指を立てると、


 「また敬語になってるよ。同期なんだからタメ口でいいといつも言っているのに」


 「すみません、馴れなくて・・・・」


 佐藤さんは俺と一緒の時期に入社した。

 この人と共に働けるなんてと当初は心が踊ったりしたものだが、それは数週間で絶望へと変わっていった。

 俺がなかなか仕事を覚えられない中、佐藤さんはスポンジの如く仕事内容を吸収していき、四年経った今では部長に一目おかれる存在へとなった。

 そんな彼女に俺みたいな四年経っても何も変わらない人間が敬語になってしまうのも仕方のないことだろう。


「ほらーまた敬語になってるよ?」


 そういいながら頬を膨らます佐藤さん。やべ、チョーかわいい。

 「さっき部長に言われたこと気にしてんの?」


 佐藤さんは仕事が出来るだけではない。人の心中を察するのも得意なのだ。

 的確に的を得られ俺は返答出来ずに黙り混み、悩んだ挙げ句、

 「いえ」

 ただ一言そういった。


 「なるほどね」


 柔らかな風がふき、ふわりと柑橘類の香水が鼻腔をさした。佐藤さんってこういうのつけてるのか。何となく落ち着く匂いだ。

 「だったらいいんだけど。」


  佐藤さんはくすりと笑い、空を見上げる。俺もつられるように空を見上げる。

 鳥が飛んでいた。

 佐藤さんにあの空は、あの鳥達はどう見えているのだろうか?

 .... 仕事が出来る人にこの空はどう映るんだろう。

 きっと鳥が羨ましいなんて思わないんじゃないだろうか。羽が生えて、逃げたいなんて思わないんじゃ。


 「.... すみません」


 誰にたいしての謝罪なのか。何時もの癖でつい口からついでた。

 「何が? 何で謝るの」


 佐藤さんは空から俺に視線を移す。その顔は何処か不機嫌で。

  えーとこういう場合はどうしたら。


 「あ、いえ、すみません」


 しまった!! いつもの癖でまた謝ってしまった!!


 「あ~もう! だから謝らないでよ!」


 急にズイッと佐藤さんの顔が目の前に来る。ヤベーめっちゃ怒ってるー


「えーと、その.... 」


 駄目だ言葉がすみませんしか浮かばない。何で俺はそうなんだ。 

 何時も肝心な時に頭に浮かぶのはすみませんや申し訳ありませんの言葉。俺の人生は謝罪で出来てるのか?


 「部長のこともそうだけど何ですぐに謝るの?」


 「え、俺が失敗したことですし.... 」


佐藤さんは盛大に溜め息をつくと、出来の悪い子供に言い聞かせるように、


 「でも失敗ばかりじゃなかったよ? 色々と解らないことを他の人に聞きながら、自分なりにやってたじゃん!

 「でも結局ミスしたから・・・・・」


 「そうやってミスばかり見るから繰り返すんだよ!どこがいけなかったのか反省しないから、また同じことをするんだよ!」


 佐藤さんの言うことは至極もっともだ。俺は失敗ばかりしか見ていなかった。

 けど.... 佐藤さんに言う言葉が見つからない。俺はただ黙り混み、出来たことは手元の缶コーヒーを力強く握る事だけだった。


「.... ごめん、言い過ぎた。これじゃ部長と同じだね。でも自分が駄目だと思いこむのは一番駄目だよ」


  そう言って、佐藤さんは太陽みたいに笑った。


 そうか佐藤さんは俺のことを心配してくれてたんだ.... だからわざわざ屋上まで上がって。

 何やってんだよ俺は! お礼を言わなきゃいけないだろ。何黙ってんだよ!! 言うんだ! 言え!!


「あ、いえ.... すみません。」


 情けなく出た言葉は結局謝罪なのか。俺は佐藤さんの顔が見れず顔を伏せた。

 我ながら最低だ。こんなことしか言えない。ありがとうも言えない。


「.... そろそろ昼休み終わるから、私先に戻るね。」

 

  佐藤さんが屋上から出るまで俺は顔を上げれなかった。

ほんと、自分が嫌になる。


  変わってほしいくらいにこんな日々を毎日過ごしていく。それが俺の日常だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ