サリアンテ
「もうすぐ仕事か…」
僕は夜ご飯のお皿を片付けて仕事着に着替え始めた。時計は午後6時を指している。
着替えていて思い出すのはカイルに僕を紹介してくれた、かぐやさん。
あの声を聴いたとき、本当に心臓が止まるかと思った。2週間、まともに食べずにふらふらになりながら探した「彼女」。
着替え終わったら外に出る。時間は6時15分。仕事場はすぐだから間に合うだろう。
彼女の…かぐやさんの綺麗な金色の目を想いつつ、僕は小道を急いだ。
―
トレーいっぱいに乗せられた空のグラスが音を立てる。薄暗い店の中、テーブルをよけながらオーダーをとる。
「にーちゃん これ一杯追加で」
「かしこまりました」
カウンターに急ぐ。奥の一番暗いところ…マスターのいるカウンターはいつもカラフルな国中のお酒が並んでいる。
最近、僕はこのサリアンテというバーで働き始めた。さっき着ていたのはウェイターの服。いちどカイルに見せたら、「なんでこいつはこの服が似合っちまうんだ…」と言われた。そんな言い方、不本意でしかない。
…別に似合いたくて似合ってるわけじゃないんだけど。
じゃあカイルはこれが似合うようになりたいのかよ。いいことなんて特にねぇぞ。お前もっといい仕事してるじゃんか。
ここのマスターは変わった人で、悪魔じゃない僕を何のためらいもなく雇ってくれ、働いている間は悪魔に見えるように魔力のペンダントを持たせてくれた。
たぶんマスターは僕と同じで違う国から来た人だろうと思っているが……の色も周りを取り巻くオーラも、悪魔そっくりだ。
「マスター。注文です。」
そういえば、マスターの名前知らないな…
カイルに聞いたらわかるかな
そう思いながらトレーを抱え、ぼーっとしていると
「早くもってけ」
いつもむっとしたような顔のマスターの眉間のしわが、1本増えた。マスターのしわは3本くらい増えると、知らない間に給料を引かれる。カイルに頼ってばっかりの僕が、給料をひかれてしまったら、カイルに申し訳ない。
あわててマスターの近くにあったグラスをトレーに載せて客のもとにいく。急いでいる感じを出さないように、にっこりスマイル。ちょっと遅くなったから、一番の笑顔で。テーブルにグラスをおく。軽く礼をして、そのまま踵を返そうとした。
「…俺、こんなの頼んだか?」
え。後ろから聞こえたつぶやきに振り返り、テーブルを見ると頼まれたルビーのように光る赤い酒…ではなくマスターのいつも飲んでるコーヒー牛乳の瓶がおいてあるのが見えた。
「…やば」
殺気を感じて後ろを振り向くと、マスターがこちらを睨んでいる。
…しわ、何本増えてるかな
氷華です。
月夜さんがお仕事してます。
次は桜梨のターンです